理論的には、新しい遺伝子編集技術は、遺伝疾患を治療する手段を提供する。今回、独立した3つの研究グループが、これが可能であるという予備的なエビデンスを提供した。筋肉の機能に関わる遺伝子を編集することで、特定のタイプの筋ジストロフィーマウスの筋機能の一部を回復させたのである。生殖細胞を編集して遺伝疾患を治すことに関しては多数の論争が行われているが、これらの結果は、誕生後に一部の遺伝疾患を治せる可能性を示している。デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は消耗性の遺伝疾患であり、男性3,500人中約1人が罹患し、筋肉の変性、運動機能の喪失が生じ、若くして死に至る。DMDの変異に最も高頻度で関与しているのはジストロフィン遺伝子の1個以上のエクソンの欠損である。このようなエクソンの欠損が生じると、DNA暗号のシフトが起き、ジストロフィン(筋肉の機能に不可欠なタンパク質)が完全に失われる。Christopher Nelsonらは、ジストロフィンタンパク質の発現を回復させるため、CRISPR-Cas9遺伝子編集システムを使用してエクソン23を欠損させ、ジストロフィンタンパク質が発現するように遺伝子暗号をさらにシフトさせた。この例では、Nelsonらはアデノウイルス関連ウイルス(AAV8)を用いて遺伝子編集システムをマウスの筋細胞に導入した。これにより、注射領域の全筋細胞の約2%でエクソン23が欠損し、ジストロフィンタンパク質濃度は正常濃度の約8%まで回復した(過去の報告ではDMDにおいて十分な筋肉機能を達成するにはわずか4%あれば十分なことが示唆されている)。6週齢のマウスを用いた追加試験では、心肺の健康に関わる筋肉(重度に衰弱し、DMD患者の早すぎる死に関与する)の改善が認められた。
2件目の研究では、Chengzu Longらが、筋肉への親和性が高いアデノウイルス関連ウイルス9(AAV9)を用いて、CRISPR-Cas9編集コンポーネントを同じDMDマウスモデルに導入した。Longらはまず、生殖細胞を改変して自分たちの遺伝子編集戦略を最適化し、非常に有効性が高いことを明らかにした。子孫マウスの80%でエクソン23が欠損し、ジストロフィンタンパク質発現が促進されたのである。研究チームは次に、この戦略を、臨床的に意義のある体細胞の遺伝子編集に適用した。腹部、筋肉、または眼球の背部に注射し、AAV9を用いてこの編集システムを生後数日のマウスに導入した。各部位への注射ではそれぞれ独自の効果が認められ、筋肉の機能が改善されたが、筋肉に直接注射したときのジストロフィンタンパク質濃度が最も高かった。
Mohammadsharif Tabebordbarらによる3件目の研究でも、CRISPRとAAV9を使用してエクソン23の編集・削除が行われ、同様な有用な筋肉機能の回復が認められた。研究チームは蛍光マーカーを用いて、遺伝子編集システムがサテライト細胞(注射部位から離れたところにある細胞)に与える影響を解析した。一部のサテライト筋管(「若い」段階の筋細胞)が、ジストロフィン発現を回復したことが明らかになった。このことからTabebordbarらは、AAV-CRISPRがin vivoで持続的な遺伝子修復を行えることを示唆している。
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