細胞の力学的特性は、傷の治癒や病気、細胞の老化、細胞分化に至るまで、あらゆる生物学的プロセスに影響を及ぼします。現在、細胞の力学的特性の測定には、一般的に原子間力顕微鏡(AFM)が用いられています。簡単に説明すると、原子間力顕微鏡はカンチレバーに取り付けられた非常に細い針をサンプル表面に沿って移動させることによって動作し、カンチレバーの変形がレーザーで直接測定されるしくみです。この手法だと、非常に高分解能(ナノスケールまで)の測定が可能であり、イメージング、力測定、細かい操作に使用できます。
ところが、微小な生物学的サンプルの特性を測定するために使用される原子間力顕微鏡などのツールは、改善されてはいますが依然として高価です。また、原子間力顕微鏡は経験豊富なユーザーにとっても操作するのは困難で、分析対象の細胞を損傷してしまうことも少なくありません。このため、熊本大学の研究者らは細胞の力学的特性を容易に評価するための装置を新しく開発しました。この装置は侵襲性を最小限に抑えるため、非常に薄くて柔らかい隔膜を細胞圧縮のために使用しており、細胞圧縮をリアルタイムで観察することができます。最近の研究プロジェクトにおいて、骨芽細胞のヤング率(弾性率としても知られる)を計算し、他の方法で測定した値と比較することで、このマイクロデバイスの有効性を評価しました。
細胞の変形について、30秒間の圧縮後にCMOSカメラで撮影したデジタル画像から評価しました。マイクロデバイスの隔膜に0.5MPaの間隔で空気圧をかけて圧縮を行い、0〜2.0MPaで測定しました。得られた圧力を度変形率で割ることによって骨芽細胞のヤング率を推計したところ、およそ3.5〜4.2kPaという数値が得られました。これは、別の研究による測定結果と同等の数値であることが明らかになりました。
本マイクロデバイスの開発者であり研究プロジェクトのリーダーである中島雄太准教授は、以下のように説明しています。「別の研究によると、骨芽細胞では1.0〜2.0kPa、骨髄間質細胞では4.0〜200kPaのヤング率が報告されており、これは我々の結果とほぼ同等の数値です。しかしながら、細胞は球形状であり、応力と歪の関係は一様ではありません。したがって、手法のように一次元的なモデルを使って正確なヤング率を推定するのは困難です。我々の測定値は、簡易的な評価による見かけ上のヤング率として表現するのが適切だと考えられます。」
中島准教授らは、今後、数値シミュレーションなどを用いて力学的特性の計算精度を向上させる予定です。
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本研究成果は「ScienceDirect's International Journal of Engineering Science」に掲載されました。
[Citation]
Tairo Yokokura, Yuta Nakashima, Yukihiro Yonemoto, Yuki Hikichi, and Yoshitaka Nakanishi. Method for measuring Young's modulus of cells using a cell compression microdevice. International Journal of Engineering Science, 114():41-48, 2017. DOI: 10.1016/j.ijengsci.2017.02.002
Journal
International Journal of Engineering Science