Public Release: 

生きている個体の脳で正確なゲノム編集を行う新技術「SLENDR」

~脳内のタンパク質の網羅的観察が可能に~

Max Planck Florida Institute for Neuroscience

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1.発表者: 三國 貴康、西山 潤、安田 涼平      (マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所、米国フロリダ州ジュピター)

2.発表のポイント:

  • 生きている個体の脳で正確にゲノム編集を行う「SLENDR法」を開発した。
  • 生きている個体の脳の細胞で標的遺伝子に目印となる配列を挿入し、標識されたタンパク質を迅速、正確、かつナノメートルレベルの高解像度で観察することが可能となった。
  • 網羅的なタンパク質の標識と観察は、脳細胞の分子レベルでの理解を飛躍的に向上させる。さらに、統合失調症や自閉症などの疾患遺伝子の変異を脳細胞に導入することにより、生きている個体の脳の中で疾患の細胞モデルを作成できる。これにより、精神神経疾患の病態を解明するための新しい切り口を提供できる。

3.発表概要:

近年のゲノム編集(注1)技術のめざましい進歩は、遺伝子の破壊や遺伝子配列の組み換え(注2)を簡単かつ迅速にできるようにし、ヒトや動物の生理および病態の解明を急速に進めると考えられている。しかしながら、脳の神経細胞においては、ゲノム編集による遺伝子の破壊は実現されているものの、遺伝子配列の正確な組み換えはできていなかった。これは、成熟した神経細胞のような非分裂細胞では遺伝子組み換えを引き起こすことが難しいとされてきたからである。このため、脳神経科学の研究分野においては、ゲノム編集技術の応用は著しく限られていた。

今回、米国のマックス・プランク・フロリダ神経科学研究所の三國貴康研究員、西山潤研究員と安田涼平ディレクターらは、生きている個体の脳で正確なゲノム編集を可能にするSLENDR法(注3)を開発した。研究グループは、マウスの子宮内胎児の脳に存在し、細胞分裂により脳の構成細胞を産み出す神経前駆細胞(注4)に着目した。胎生期の特定の時期の神経前駆細胞にゲノム編集操作を行うことにより、遺伝子配列の正確な組み換えを起こすことに成功した(図1)。遺伝子配列の正確な組み換え操作の有用な応用として、様々な種類の遺伝子に目印となるタグ配列(注5)を挿入することにより、胎児および成体脳で様々なタンパク質を細胞内においてナノメートル(10億分の1メートル)レベルの高解像度で可視化した。また、SLENDR法は様々な脳領域(大脳皮質、海馬、嗅球、線条体、扁桃体、小脳など)で応用できることを示した。さらに、生きている脳組織においてタンパク質の動きを正確に経時観察できることも示した(図2、3)。

脳のように細胞密度が高く、極めて複雑な組織においては、タンパク質の詳細な細胞内局在を観察するのはこれまで容易ではなかった。SLENDR法により、脳細胞でのタンパク質の局在を網羅的、特異的かつ高解像に観察することが可能になり、脳細胞の分子レベルでの理解を飛躍的に向上させることが期待される。さらに、SLENDR法は、これまで困難とされてきた、生きている個体の脳で自在にゲノム編集を利用する可能性を切り拓いた。これにより、自閉症や統合失調症などの細胞モデルを生きている個体の脳の中で再現できると考えられるため、精神神経疾患の病態を解明するための新たなアプローチを提供するものである。 

4.発表内容:

①研究の背景・先行研究における問題点

CRISPR-Cas9(注6)に代表される最近のゲノム編集技術の進歩により、従来よりもはるかに迅速かつ簡単に、遺伝子の欠損や変異をゲノムに導入できるようになった。これにより、様々な遺伝子やその産物であるタンパク質の機能が迅速に解明され、さらには疾患の病態解明が格段に進むと考えられている。CRISPR-Cas9はゲノムの特定の場所でDNA二重鎖を切断し、この切断は細胞の内因性の仕組みである不正確な「非相同末端結合(注7)」または正確な「相同組換え修復(注8)」により修復される。脳の神経細胞においては、非相同末端結合によるゲノム編集で遺伝子を破壊することは報告されているが、相同組換え修復によるゲノム編集は困難とされてきた。これは、成熟した神経細胞のような非分裂細胞は相同組換え修復の仕組みが備わっていないため、正確な遺伝子組み換えを引き起こすことが難しいからである。このため、脳神経科学の研究分野においては、ゲノム編集技術は主に遺伝子破壊の目的に限られ、ゲノム編集技術の進歩の恩恵を充分に得られていなかった。

脳において相同組換え修復による正確なゲノム編集が可能になれば、様々な研究に応用できる。生きている個体の脳で直接、遺伝子にタグ配列を挿入し、標識されたタンパク質の細胞内局在を迅速かつ正確に観察することはその良い応用例である。タンパク質の詳細な細胞内局在を知ることは細胞を理解するうえで必須にも関わらず、脳のような密度の高い組織では、タンパク質の詳細な細胞内局在を観察することは、従来の方法ではしばしば困難であった。

②研究内容

本研究では、まず、生きている個体の脳での正確なゲノム編集を可能にするSLENDR法を開発した。研究グループは、分化した神経細胞には相同組換え修復の仕組みがないものの、分裂能を有する神経前駆細胞にはその仕組みが存在することから、神経前駆細胞では相同組換え修復による正確なゲノム編集を誘導できる可能性があると考えた。そこで、マウスの子宮内胎児の脳の神経前駆細胞に、CRISPR-Cas9発現ベクターおよび遺伝子組み換えに必要な鋳型DNAを子宮内電気穿孔法(注9)で導入した(図1)。この仮説通り、導入後数日以内に、導入細胞の数%で遺伝子配列の正確な組み換えを確認できた。

SLENDR法では、生きている個体の脳において、単一細胞レベルで標的の遺伝子に特異的にタグ配列を挿入することができる。タグ配列を特異的に認識する抗体を使って免疫組織化学(注10)的にタグ標識されたタンパク質を可視化することで、従来よりもはるかに迅速かつ正確にタンパク質の細胞内の局在を可視化できる。研究グループは、様々な種類の遺伝子にタグ配列を挿入することにより、胎児および成体の脳内の様々なタンパク質の局在を可視化した。SLENDR法と電子顕微鏡(注11)を組み合わせることにより、脳内のタンパク質の局在をナノメートルレベルの高解像度で可視化することに成功した。また、SLENDR法は様々な脳領域(大脳皮質、海馬、嗅球、線条体、扁桃体、小脳など)で応用できることを示した。さらに、緑色蛍光タンパク質(注12)をコードする配列を挿入し、緑色蛍光タンパク質の蛍光を直接観察することで、生きている脳組織内のタンパク質の動きを経時観察できることも示した。

③社会的意義・今後の予定 など

SLENDR法は、生きている個体の脳で正確なゲノム編集を行うことを可能にした。従来の遺伝子組み換え技術と比べ、はるかに迅速、簡単、かつ安価に、正確な遺伝子組み換えを生きている個体の脳で実現できるため、脳神経科学における分子細胞学的手法を革命的に変化させる可能性がある。SLENDR法により、脳細胞でのタンパク質の局在を網羅的、特異的かつ高解像に観察することが可能になり、脳細胞の分子レベルでの理解が飛躍的に進む。さらに、統合失調症や自閉症などの精神神経疾患の原因遺伝子の変異をSLENDR法で脳細胞に導入することにより、生きている脳の中で疾患の細胞モデルを迅速に作成できる。これにより、統合失調症や自閉症などの病態を解明するための新しい糸口を提供できる。  

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5.発表雑誌:

雑誌名:「Cell」(2016年5月12日オンライン版)
論文タイトル:High Throughput, High Resolution Mapping of Protein Localization in Mammalian Brain by In Vivo Genome Editing
著者:Takayasu Mikuni, Jun Nishiyama, Ye Sun, Naomi Kamasawa, Ryohei Yasuda
DOI番号:10.1016/j.cell.2016.04.044
アブストラクトURL:

6.注意事項:

日本時間5月13日(木)午前1時(新聞の場合は5月13日朝刊)(アメリカ東部標準時間:サマータイム期間:5月12日(木)正午)以前の公表は禁じられています。

7.問い合わせ先: 

<研究内容に関するお問い合わせ(日本語可)>
西山 潤(マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所 研究員)  
TEL:+1-919-937-3497/FAX:+1-561-972-9001 
Email: Jun.Nishiyama@mpfi.org

安田 涼平(マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所 ディレクター)  
TEL:+1-561-972-9202/FAX:+1-561-972-9001 
Email: Ryohei.Yasuda@mpfi.org

8.マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所について
マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所(米国フロリダ州ジュピター)は、脳の神経回路網の構造、機能及び発達の研究に特化した研究所である。独国マックス・プランク学術振興協会における米国ではじめての研究所である。

9.用語解説:

(注1)ゲノム編集:部位特異的な核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)を利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術。ヌクレアーゼとしては、ZFN、TALENやCRISPR-Cas9(注6参照)などがある。

(注2)遺伝子配列の組み換え:遺伝子をコードするDNA鎖を鋳型をもとに組み換えて再編成する現象。

(注3)SLENDR:single-cell labeling of endogenous proteins by CRISPR-Cas9-mediated homology-directed repair の略語

(注4)神経前駆細胞:前駆細胞とは、ある分化細胞の系譜に入り、限られた回数の分裂の後に分化を遂げるように運命づけられた細胞である。神経に分化する未分化細胞を神経前駆細胞と呼ぶ。

(注5)タグ配列:特定の抗体に認識されるアミノ酸配列をコードする塩基配列。HA、FLAGやMYCなどがある。

(注6)CRISPR-Cas9:CRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeats)-Cas9システムは、ウイルスやプラスミドといった侵入物を排除するための細菌の適応免疫の一つである。ZFN、TALENに続くゲノム編集技術として応用されたCRISPR-Cas9は、標的遺伝子の変更や複数遺伝子の標的が容易であることから、様々な種類の細胞や生物種において利用されている。

(注7)非相同末端結合:DNA二重鎖切断のDNA修復メカニズムの一つ。DNA末端を直接繋ぎ合わせるため、相同組換えと異なり、すべての細胞周期内において機能する一方、DNA末端の接合部において変異が起こりやすい。

(注8)相同組換え修復:DNA二重鎖切断のDNA修復メカニズムの一つ。切断部の修復の際に鋳型となるDNA配列を必要とする。この機構は細胞周期において、SまたはG2期において主に用いられると考えられている。

(注9)子宮内電気穿孔法:子宮の外から胎児脳室内に核酸を注入し、子宮の外側を電極で挟んで電気穿孔し細胞膜の透過性を上げることにより、核酸を胎児脳細胞に導入する方法。

(注10)免疫組織化学:抗体を用いて、組織標本中の抗原を検出する組織化学的手法。

(注11)電子顕微鏡:光学顕微鏡では対象に光をあてて観察するのに対し、光の代わりに電子(電子線)をあてて観察する顕微鏡を指す。

(注12)緑色蛍光タンパク質:オワンクラゲから単離される蛍光タンパク質の一種。

10.添付資料:

(図1)SLENDR法による正確な遺伝子配列の組み換え
胎生期のマウス脳において、細胞分裂により脳細胞を産み出す神経前駆細胞を標的とする。正確なゲノム編集に必要なCRISPR-Cas9プラスミドベクター、鋳型DNAを子宮内電気穿孔法を用いて導入する。

(図2)相同組換え修復による目印となるタグ配列の挿入
Cas9タンパク質は標的となる塩基配列を含むガイドRNAにより、ゲノムの特定の配列を切断すする。目印となるタグ配列を含む鋳型DNA存在下において、相同組み換えと呼ばれる修復機構が働き、タグ配列が切断されたゲノムに挿入される。転写、翻訳により、タグ配列が結合したタンパク質が産生される。タグ配列を目印として標的となるタンパク質を観察することが可能となる。

(図3)SLENDR法の応用例
上段:SLENDR法により、脳細胞でのタンパク質の局在や動きを高解像に観察したり、疾患の細胞モデルを生きた個体の脳で再現することが可能となる。
下段:電子顕微鏡による神経細胞樹状突起の3次元再構築。黒点はCaMKIIβと呼ばれるタンパク質が分布する詳細な位置を示す。CaMKIIβの分布は一様ではなく、例えば赤色で示す神経細胞同士の接続に重要な構造(シナプス後肥厚)に集積していることがわかる。

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