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最初の笑顔: ニホンザルの赤ちゃんにおける自発的微笑

Kyoto University

1.背景

 ヒトは楽しいときだけではなく,さまざまな場面で笑顔を見せ,ときには笑顔を巧みに使って他者との関係を維持しています。その笑顔の起源とされているのが,睡眠中の自発的微笑です。この自発的微笑は生まれた直後から生後2,3か月までのヒトの乳児だけが見せるものと考えられてきました。しかしながら,近年のわれわれの研究で,ヒトは胎児期から少なくとも1歳過ぎまで自発的微笑を見せることがわかっています。さらに,ヒトに最も近い種であるチンパンジーの赤ちゃんにも自発的微笑が見られることが明らかになってきました。自発的微笑はヒトにのみ出現するものではないのです。  

ヒトもチンパンジーも日常生活で笑顔を見せます。自発的微笑が笑顔の起源であるなら,笑顔を見せる種では自発的微笑が見られる可能性があると考えられます。ヒトやチンパンジーとは約3000万年前に共通祖先から枝分かれして進化してきたニホンザルも,遊びのときに口を開けて笑顔を見せます(プレイフェイス)。そのことから,ニホンザルの赤ちゃんも睡眠中に自発的微笑を見せる可能性があります。  

これまで,自発的微笑は生後2,3か月で消失すると考えられてきました。その時期は一般的に「笑顔」とされる,覚醒中に他者に対して見せる社会的微笑が多く見られるようになる時期と重なります。その点と形状の類似から,自発的微笑は後の笑顔につながるものであると考えられてきました。しかし前述のように,最近のわれわれの研究から自発的微笑は1歳を過ぎても見られ,その後の笑顔と共存する期間が長いことから,これら2種類の笑顔の関係の再検討が必要になってきました。さらに,自発的微笑がチンパンジーの赤ちゃんにも見られたことが2つの笑顔の関係をより複雑にしました。チンパンジーもヒトと同じように普段の生活で笑顔を見せるのですが,その形状は自発的微笑と異なります。チンパンジーの笑顔は,自発的微笑のように唇の端が上がることは少なく,口を丸く開ける形で表出されます。ニホンザルが普段見せる笑顔も,チンパンジーによるものと同じです。

 われわれがこれまでにおこなってきた予備的観察から、ニホンザルの赤ちゃんが自発的微笑を見せることは示唆されていました。しかしながら、それがどのような頻度で出現し、どのような形で現れるのかについてはまったくわかっていませんでした。そこで、今回われわれは体系的に観察を行い、ニホンザルの赤ちゃんにおける自発的微笑を比較認知発達の観点から詳細に検討しました。

2.研究手法・成果

 7個体のニホンザルの赤ちゃんについてそれぞれ2回ずつ,1回1時間程度,安静な状態の下で観察を行いました。観察時の日齢は4日から21日でした。そのときに偶発的に見られた合計93分の睡眠をビデオで撮影しました。その中で,すべての赤ちゃんが少なくとも1回,合計58回の自発的微笑を見せました。微笑の頻度や継続時間に日齢や体重の影響は見られませんでした。

 ヒトとチンパンジーによる自発的微笑との類似点と相違点から,ニホンザルの自発的微笑の特徴が明らかになりました。類似点は2 つあります。1つはすべての自発的微笑が浅い眠りの状態である不規則睡眠中に見られたということです。これはヒト,チンパンジーと同じです。不規則睡眠中は脳も活動しているため,その脳活動が自発的微笑の出現に影響している可能性があります。もう1つの類似点は,ヒトでもニホンザルでも生後1か月までの新生児期は,自発的微笑が頬の片側に見られることが多かったという点です。ヒトではその後,頬の両側に現れる自発的微笑が増えていきます。

 相違点も2つあります。1つは,自発的微笑の形状が一番強くなるまでに要する時間をヒトとニホンザルで比較した結果,ニホンザルの方がその時間が短かったという点です。これはニホンザルの自発的微笑では口角が瞬時につり上がることを意味しています。そのため見た目としてより引きつったような印象を与えます。生物の身体が大きいほど動作が遅くなるという法則が知られています。この研究でのニホンザル新生児の平均体重は530グラムでヒト新生児(平均2915グラム)に比べ小さいため,その法則が影響した可能性があります。2つ目の相違点は,不規則睡眠時間あたりの自発的微笑の頻度に見られました。ニホンザルは1.4時間に58回(41.43回/時間),チンパンジーは304時間で60回(0.20回/時間),ヒトは10時間で24回(0.42回/時間)でした。つまりニホンザルの赤ちゃんは非常に多くの自発的微笑を見せたことになります。

 ニホンザルの赤ちゃんにもあきらかに自発的微笑は存在しました。比較認知科学の観点からみてこの結果にはどのような意義があるでしょうか。自発的微笑は養育者の育児に対する態度を変化させるために存在するという説があります。養育者が赤ちゃんの自発的微笑を見ると,その幸せそうな可愛らしさから,より育児に積極的になるのかもしれません。しかし,この説はニホンザルの自発的微笑には当てはまりません。前述のように,ニホンザルの笑顔は自発的微笑の形とは異なります。そのため養育に関わる母親がもし自発的微笑を見たとしても,それを笑顔とは感じず,育児する意欲をかき立てる幸せな表情として映らないのです。それはチンパンジーについても同じです。実際、チンパンジー乳児が2か月頃から示す笑顔には養育者や他のおとな個体の積極的なかかわりを引き出す効果があるようです。では、何のために自発的微笑は存在するのでしょうか。1つには、頬の筋肉の発達を促す可能性が挙げられるでしょう。ニホンザルやチンパンジーは笑顔を見せるときには頬の筋肉を動かす必要はありませんが,恐れや相手に対する服従を意味する表情(グリメイス)にはその筋肉を使います。グリメイスはその形状の類似と,他者との関係を平穏に保つという機能から,ヒトの笑顔の進化的起源のひとつであるという議論があります。今回の結果は,自発的微笑がヒトの笑顔やそれと進化的に関わる表情の発達的起源として機能している可能性を示唆しています。自発的微笑にはまだ謎が多く,今後もさらなる研究の進展が期待されます。

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