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慢性閉塞肺疾患、創薬研究が進展! 忠実なモデルマウス作製に成功

「酸化ストレス」、「セリンタンパク質分解酵素」が症状改善の鍵

Kumamoto University

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IMAGE: Crossing of C3B6 and C57BL/6 mouse lines results in low-mortality βENaC-Tg mice. A multifaceted evaluation of the pulmonary pathology shows the new mouse line to have various obstructive pulmonary disease... view more

Credit: Associate Professor Tsuyoshi Shuto

 難治性の肺疾患の中でも,慢性閉塞性肺疾患 (COPD) は,患者数は増加の一途をたどる一方,詳細な病気のメカニズムが不明であるため, 原因究明と根治療法の開発が望まれています.今回,熊本大学大学院生命科学研究部 (薬学系) 遺伝子機能応用学分野の首藤剛准教授,甲斐広文教授らは,ヒトのCOPDの病態を忠実に再現するモデルマウスを国内で初めて作成し,「酸化ストレス」*と「セリンタンパク質分解酵素」*が,COPDの病気の進行に強く関わることを明らかにしました.この成果は,COPDなどの難治性肺疾患に対する新規の薬物療法の開発につながるものと期待されます.本研究の成果は,英国 Nature Publishing Groupの科学雑誌「Scientific Reports」で12月16日 (英国時間午前10:00) に公開されました.

 COPDは,慢性の咳,痰(たん),階段の上下りの疲れなど日常生活の中での呼吸困難(息切れ等)を特徴とする疾患で,日本人の40歳以上のCOPD患者数は530万人 (推定) にものぼり,また,全世界におけるCOPDによる死者は,現在までに300万人を超えています (世界の死亡順位第3位).一般に,COPDは喫煙型と非喫煙型が存在しますが,多くは喫煙型にあたるため,禁煙が第1選択治療となっています.しかし,禁煙の徹底の難しさから,患者数は増加の一途をたどります.現在,COPD患者には,気管支拡張薬とステロイド剤による治療が行われていますが,これらは,あくまでも対症療法 (症状を抑える治療) であり,根治療法ではありません.したがって,病気のメカニズムに基づいた新しい治療薬の開発が望まれていますが,ヒトの病気の症状を忠実に再現するモデルマウスが存在しないことがボトルネックになっていました.

 首藤剛准教授らは,喫煙暴露を必要としないCOPDモデルマウスの作成を,国内において初めて成功し,その症状 (粘液の気管支内への貯留,肺機能の低下,肺気腫,肺の炎症など) が,COPD患者のものと極めて類似性が高いことを明らかにしました.このため喫煙型・非喫煙型に関わらず,全てのCOPDの病気の理解と薬物治療に有益な情報を提供することを可能にしました.また,薬学的および遺伝学的なアプローチを駆使して,「酸化ストレス」を抑制する既存の抗酸化薬N-アセチルシステイン (NAC) と,抗酸化ビタミンであるビタミンC (VC) が,このモデルマウスの症状の進展に関与することを明らかにしました.さらに,「セリンタンパク質分解酵素」を抑制するONO-3403が,高い治療効果を発揮することを明らかにしました.

 なお,首藤剛准教授らが開発したモデルマウスで活性化されているENaC (上皮型ナトリウムチャネル) という分子は,欧米で極めて頻度の高い遺伝病である嚢胞性線維症 (CF) の患者の肺においても過剰に活性化されていることから,COPDのみならず他の難治性の閉塞性肺疾患の理解と薬物治療に対しても有益な情報を提供するものとなります.

 本研究は,熊本大学薬学部を主体とした研究成果ですが,その他に,熊本大学動物資源開発研究施設 (CARD),武蔵野大学薬学部,東京都健康長寿医療センター研究所,山梨大学医学部,米国ジョージア州立大学などの機関との共同研究の成果です.また,研究の実施には,首藤剛准教授に対する科学研究費補助金 (JP25460102,JP21790083) と,甲斐広文教授に対する日本学術振興会「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」研究費 (S2510) や熊本大学HIGOプログラムの予算が活用されました.

(本研究のポイント)

  • 「戻し交配」という方法により,国内で初めて,ヒトのCOPDの症状 (粘液の気管支内への貯留,肺機能の低下,肺気腫,肺の炎症など) を忠実に再現するモデルマウス (C57BL/6J-ENaC-Tgマウス) の作成に成功しました.
    →粘液貯留の症状を表すマウスは,本マウスが世界で唯一です.今後,COPDなどの難治性の閉塞性肺疾患に対する創薬に有効活用される可能性を示しました.また,喫煙暴露を必要としないので,今後世界中の研究者が広くこの技術を応用する可能性を秘めています.
  • 本モデルマウスの肺で,「酸化ストレス」が増加し「タンパク質分解酵素」の活動が活発化していることを明らかにしました.
    →「酸化ストレス」の増加と「タンパク質分解酵素」の活発化は,これまでのヒトCOPDに関する研究においても,重要であるとされていた因子です.本モデルマウスが,ヒトのCOPDの症状を再現することが,分子レベルで裏付けられました.今後このモデルマウスを対象に研究を進めることで,根治療法に向けた治療薬の開発が加速することが期待できます.
  • 既存の抗酸化薬N-アセチルシステイン (NAC) と,抗酸化ビタミンであるビタミンC (VC) が,本モデルマウスの病気の進展を有意に抑制しました.
    →NACやVCは,欧米における一部の臨床試験において,COPDに有効性が示されています.本成果は,そのような臨床研究成果を裏付ける重要な知見です.
  • 「セリンタンパク質分解酵素」を強力に抑制する薬物(ONO-3403)の投与は,本モデルマウスが持つ遺伝子の約7割の発現に影響し (263遺伝子中186遺伝子),病気の進行を顕著に抑制することを明らかにしました.
    →「セリンタンパク質分解酵素」は,既存の膵炎治療薬(メシル酸カモスタット)が標的とする分子です.今後,メシル酸カモスタットやONO-3403の関連化合物を,新規のCOPD根治療法薬として,開発していくことになります.

(この研究の社会的意義)

ヒトCOPDの肺症状を忠実に再現するモデルマウスを作成したことで,国内外における難治性肺疾患治療薬開発に貢献し,特に,酸化ストレス及びセリンタンパク質分解酵素を標的とした新たなCOPD治療薬の開発が加速されることが期待されます.

(論文情報)

Shuto T, Kamei S, Nohara H, Fujikawa H, Tasaki Y, Sugawara T, Ono T, Matsumoto C, Sakaguchi Y, Maruta K, Nakashima R, Kawakami T, Suico MA, Kondo Y, Ishigami A, Takeo T, Tanaka K, Watanabe H, Nakagata N, Uchimura K, Kitamura K, Li JD and Kai H. Pharmacological and genetic reappraisals of protease and oxidative stress pathways in a mouse model of obstructive lung diseases. Scientific Reports. 6, 39305; doi: 10.1038/srep39305 (2016).

(著者情報)

首藤剛,甲斐広文,Mary Ann Suico,亀井竣輔,野原寛文,藤川春花,田崎幸裕,菅原卓哉,小野智美,松本千鶴,坂口由起,丸田かすみ,中嶋竜之介,川上太聖(以上,熊本大学 大学院 薬学教育部 遺伝子機能応用学分野)
石神昭人,近藤嘉高(以上,東京都健康長寿医療センター)
中潟直己,竹尾透(以上,熊本大学 動物資源開発研究施設(CARD))
田中健一郎(武蔵野大学 薬学部)
北村健一郎,内村幸平(山梨大学 医学部)
Jian-Dong Li(ジョージア州立大学)

(用語説明)

  • 酸化ストレス: 私たちの体内の様々な活動に必須な化学反応の中でも,特に,物質の酸化により引き起こされる生体にとって有害な作用のこと.通常,加齢や病態時に,活性酸素種と呼ばれる反応性の高い物質により引き起こされるものを指す.
  • セリンタンパク質分解酵素:生体内では,あらゆる反応にタンパク質分解酵素が作用していますが,セリンというアミノ酸を構造内に持って機能するタンパク質分解酵素のことをセリンタンパク質分解酵素とよびます.急性膵炎などの病気で過剰に活性化されていることが知られていて,これらの病気の治療薬の標的にもなっています.

【お問い合わせ先】

熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系)
遺伝子機能応用学分野
担当:准教授 首藤 剛

◯付録:研究の背景と内容の詳細(図はプレスリリース本文参照)
慢性閉塞性肺疾患(COPD)とは?

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は,慢性の咳嗽,喀痰,労作時呼吸困難を主徴とする疾患であり,その最大の危険因子は喫煙です.これまで,日本人の40歳以上のCOPD患者数は530万人と推定され,その有病率は8.6%であり,極めて高いことが示されてきました (福地ら,Respirology,2004).また,厚生労働省の統計によると,2015年のCOPDによる死亡者数は,15,756人であり,疾患分類別死亡順位は第10位です (厚生労働省: 人口動態統計2015).今後,2020年までにCOPDの推定患者数は810万人まで上り,その死亡順位は,さらに増加の一途をたどるものと考えられています.一方,WHOの報告によると,全世界におけるCOPDによる死者は,現在までに300万人を超え(世界の死亡順位第3位),2030年には,さらに30%の死亡者数の増加が推定されています (WHO : Causes of death in the world, 2012).したがって,COPDは,日本のみならず,全世界の人類の健康に大きな影響を与える疾患であることは,周知の事実となっています.

COPD治療の現状

 一般に,COPDの治療の第1選択は,禁煙です (GOLD 2016).これは,患者の90%は,喫煙を原因とするからです.一方,COPD患者には,喫煙を原因としない非喫煙型COPDの患者も報告されています.呼吸機能が低下した安定期のCOPD 患者には,気管支拡張薬とステロイド剤による治療が行われていますが,これらは,あくまでも対症療法 (症状を抑える治療) であり,根治療法ではありません.したがって,病気のメカニズムに基づいた新しい治療薬の開発が望まれていますが,これまで,ヒトの病気の症状を忠実に再現する,創薬に有用なモデルマウスが存在しませんでした.特に,COPD患者における肺病態の進展及びQOL (患者の生活の質) の低下に重要といわれている「過剰な粘液の気管支への貯留と喀痰の生成」を表すモデル動物の開発が望まれていました.

COPDモデルマウスC57BL/6J-ENaC-Tgマウスの創出  

このような背景の中,首藤剛准教授らは,肺における水分量を調節し,粘液を調節する役割を担うENaC (上皮型ナトリウムチャネル) に着目し,ENaCをマウス肺上皮特異的に過剰発現させたC57BL/6J-ENaC-Tgマウスの開発に取り掛かり,そのマウスの詳細な解析を実施することにしました.

 ENaCを肺に過剰発現させたマウスは,海外の先行グループにより既に作成されていました (Mallら,Nature Medicine,2004) が,そのマウスの致死率は非常に高く,COPDモデルマウスとして扱いにくかったため,まず,ENaC-Tgマウスの遺伝的背景を「戻し交配」という方法により変更させました.その結果,致死率が大幅に改善し,ヒトCOPDの病気の症状を忠実に再現 (粘液の気管支内への貯留,肺機能の低下,肺気腫,肺の炎症など) する新たなCOPDモデルマウスを確立することに成功しました (C57BL/6J-ENaC-Tgマウス) .

ENaC-Tgマウスの分子病態解析

 次に,C57BL/6J-ENaC-Tg マウスの肺組織RNAを用いた網羅的遺伝子発現解析を行い,合計272遺伝子の発現が変動 (上昇214遺伝子,減少58遺伝子) していることを見出し,これまでCOPDやCFにおいてその発現上昇が報告されている複数の遺伝子群が,C57BL/6J-ENaC-Tg マウスにおいても同様に変動していることを見出しました.また,pathway解析の結果から,COPD病態の典型である酸化ストレス・抗酸化ストレス不均衡及びプロテアーゼ・アンチプロテアーゼ(タンパク質分解酵素・抗タンパク質分解酵素)不均衡がC57BL/6J-ENaC-Tg マウスの分子病態にも反映されていることを見出しており,本マウスが,分子レベルでCOPD肺病態を模擬したモデルであることを示しています.

ENaC-Tgマウスの薬効・遺伝子改変解析

 C57BL/6J-ENaC-Tg マウスにおける「抗酸化シグナルの強化」が,病気の進行にどのような影響を与えるかについての検討を行いました.その結果,抗酸化剤N-アセチルシステイン(NAC)の投与は,C57BL/6J-ENaC-Tgマウスの肺気腫症状を有意に緩和し,呼吸機能を改善することを見出しました(図3左).また,マウス体内では,抗酸化ビタミンであるビタミンC(VC)が産生されるという点に注目し,マウス体内から遺伝的にVCを欠損するマウスを作成しました.その結果,C57BL/6J-ENaC-TgメスマウスからのVCの欠損は,欠損量に応じて,肺気腫症状・呼吸機能が悪化することが示されました(図3右).この現象は,オスマウスにおいても確認できました.これらの結果は,COPDにおいて,NACやVCなどの抗酸化物質が有用であるという一部の臨床報告と一致するものであり,COPDに対する抗酸化療法の有用性を改めて支持するものです.

 次に,「セリンタンパク質分解酵素」を強力に抑制する薬物ONO-3403の投与実験を行いました.その結果,ONO-3403は,COPDの病気の進行を顕著に抑制することを明らかにしました(図4左).この時,ONO-3403投与は,C57BL/6J-ENaC-Tgマウスで変動するさまざまな遺伝子 (263遺伝子中186遺伝子) の発現を是正することで,病気の症状を抑制していることが分子レベルでも示されました(図4右).「セリンタンパク質分解酵素」は,既存の膵炎治療薬メシル酸カモスタットが標的とする分子です.今後,メシル酸カモスタットやONO-3403の関連化合物を開発し,新規のCOPD根治療法薬としての可能性を追求していくことが可能となります.

まとめ

 首藤准教授らの開発したC57BL/6J-ENaC-Tg マウスは,国内では熊本大学のみが保有する有用性が期待されるCOPDモデルマウスです.なお,本モデルマウスで活性化されているENaC (上皮型ナトリウムチャネル) という分子は,喫煙を伴うCOPD患者の肺においても活性化されていることから,本成果は,喫煙型及び非喫煙型にかかわらず,全てのCOPDの病気の理解と薬物治療に有益な情報を提供するものとなります.また,ENaCは,欧米で極めて頻度の高い遺伝病である嚢胞性線維症 (CF) の患者の肺においても過剰に活性化されていることから,COPDのみならず他の難治性の閉塞性肺疾患の理解と薬物治療に対しても有益な情報を提供するものとなります.

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