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メッセンジャーRNA医薬の新しい展開:脳虚血性疾患に対する新たな治療法開発

Tokyo Medical and Dental University

Research News

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IMAGE: Brain-derived neurotrophic factor (BDNF) serves as a potential candidate neuroprotective agent, but there are almost no successful clinical trials due to high hurdle in brain access and short half-life. Fukushima... view more 

Credit: Department of Biofunction Research,TMDU

 東京医科歯科大学生体材料工学研究所生体材料機能医学分野の位髙啓史教授と福島雄大助教は、ナノ医療イノベーションセンター片岡一則センター長、東京大学大学院工学系研究科内田智士特任助教(現京都府立医科大学大学院医学系研究科准教授)、東京大学大学院医学系研究科齊藤延人教授、中冨浩文准教授(現杏林大学医学部脳神経外科教授)、今井英明特任講師(現JCHO東京新宿メディカルセンター脳神経外科主任部長)との共同研究で、新しい医薬品モダリティとして注目を集めているmRNA医薬を用いて、脳虚血による神経細胞死の抑制、及び記憶力の改善を得ることに成功しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)Center of Innovationプログラム、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Biomaterialsにオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 脳への血管がつまることで発症する脳梗塞や、心停止による脳血流低下がもたらす蘇生後脳症などの、虚血性中枢神経疾患は、誰にでも発症し(高い罹患率)、また突然に起こる(急性発症する)ことが特徴ですが、特に一度発症するだけで、麻痺や失語、記憶力障害などの様々な後遺症を一生残すことは大きな問題です。この後遺症の原因である神経細胞死を抑制する神経保護治療を確立するために、様々な研究がなされてきましたが、臨床応用可能な薬剤は限られていました。

 本研究グループは、メッセンジャーRNA(mRNA)を体内に直接投与するmRNA医薬の研究開発を進めてきました。mRNAは、細胞内でゲノムDNAからコピー(転写)され、タンパク質合成(翻訳)の設計図として働く物質です。mRNA医薬はこのmRNAをクスリとして体内に投与することで、mRNAがコードするタンパク質を標的臓器で直接発現させることによって治療を行う新しいタイプの医薬品で、現在COVID-19に対するワクチンとしても高い注目を集めています。本研究では、mRNA医薬を虚血性神経細胞死に対する神経保護治療に応用し、その治療効果を検証しました。

【研究成果の概要】

 本研究では、神経保護効果を持つ脳由来神経栄養因子BDNF※1をコードしたmRNAを、海馬※2に神経細胞死をもたらす全脳虚血モデルラット※3に投与しました。mRNAを送達する方法として、研究グループが先行研究にて開発を進めてきたナノミセル型mRNAキャリア※4を活用しました。まず、mRNA搭載キャリアをラットの脳室※5内に投与すると、海馬や脳脊髄液中で、迅速かつ3日間程度の持続的なmRNA由来のタンパク質合成が確認されました。

 次いで、全脳虚血モデルラットの治療実験を行いました。海馬の神経細胞は、虚血に対し特に脆弱なことが知られており、ラットの場合6分間の血流遮断を行うと、その後1週間程をかけた緩徐な細胞死プロセスで、海馬に存在するほぼ全ての神経細胞が細胞死に陥ります。そこで、本研究では海馬神経細胞に着目して、BDNF mRNAの神経保護効果を組織学的に解析しました。全脳虚血を生じたラットの脳室内に、虚血直後または数日経過後にBDNF mRNAを脳室内投与したところ、驚くべきことに、虚血直後のmRNA投与より、虚血の2日後にmRNAを投与した場合に最も高い神経保護効果の得られることが分かりました。さらに、全脳虚血から2日後・5日後に2回投与することで、永続的な神経保護効果が得られることが分かりました。

 次いで、海馬の機能である記憶や空間学習能力を評価するために、ラットの行動試験を行いました。全脳虚血後20日で、mRNA投与していないラットと比べて、BDNF mRNAを2日後・5日後に2回脳室内投与したラットでは、記憶力の有意な改善が得られ、BDNF mRNAが脳機能改善に効果を示すことが分かりました。

 最後に、脳組織内でのBDNF mRNAの標的細胞を免疫組織学的解析で調べたところ、mRNAは神経細胞の周囲に存在するアストロサイト※6に広範に取り込まれていました。すなわち、mRNAから翻訳されたBDNFタンパク質がアストロサイトから分泌され、神経細胞への保護効果を発揮したものと推察されました。mRNA医薬を取り込んだアストロサイトが中枢神経組織における“治療用タンパク質分泌拠点”の役割を担い、神経細胞が生存しうる“環境”を創り出すという、従来の医薬品では実現できないユニークなメカニズムによる脳疾患治療への可能性が示されました。

【研究成果の意義】

 本研究のBDNF mRNAによる治療は、脳虚血性疾患へのmRNA医薬の応用の可能性を示した、世界で初めての報告です。ナノミセル型キャリアで投与されたBDNF mRNAはアストロサイトを標的として作用し、脳組織内の“治療用タンパク質分泌拠点”として機能させます。この作用機序は従来薬では実現できなかったユニークなもので、治療困難な疾患として代表的な存在である脳虚血系疾患に対して、新しい治療法実現の可能性を提示するものです。またmRNA医薬は、どのような治療用タンパク質を発現させることも可能で、今後虚血性病変に限らず、多くの脳・神経疾患・外傷への応用が期待されます。

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【用語解説】

※1脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor: BDNF)

 神経細胞の生存・成長・シナプスの機能亢進など機能調節に働く液性タンパク質。タンパク質のまま投与する薬剤の開発はこれまでほとんど成功していない。

※2海馬

 大脳辺縁系の一部である海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。

※3ラット全脳虚血モデル

 脳に血液を送る4本の動脈全てを6分間遮断することで、全脳に高度の一過性虚血傷害をもたらす動物モデル。虚血に対する抵抗性が弱い中枢神経組織の中でも特に脆弱な神経細胞が細胞死を示す。中でも海馬組織の選択的細胞死は特徴的で、一過性虚血後1週間程度の経過で進行する細胞死プロセスを示す。

※4ナノミセル型mRNAキャリア

 本研究グループによって開発されたmRNA送達用ナノ粒子。ナノミセルとは、親水性ポリマー(ポリエチレングリコールなど)と、疎水性や電荷をコントロールした機能性ポリマー(ポリアミノ酸誘導体など)の2つの部分から成るブロック共重合体が凝集して形成されるナノ粒子で、周囲を親水性ポリマーの外郭で覆われた粒子の内部に、薬物や核酸分子を封じ込めることができる。mRNA送達用に最適化されたナノミセルを用いて、これまで脳、脊髄、関節軟骨など種々の臓器、組織に対してmRNAを安全に送達し、機能させることに成功している。

※5脳室

 脳脊髄液で満たされた脳内の腔。

※6アストロサイト

 神経細胞(ニューロン)周囲を支持するグリア細胞のひとつ。脳は組織支持のための膠原線維は乏しく、アストロサイトなどの支持細胞がその役割を果たしている。近年、構造的な支持機能だけで無く、神経機能の制御に積極的な役割を果たすことが明らかとなり、活発な研究が進められている。

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