1. 背景
細胞膜表面に存在する膜タンパク質受容体は、神経伝達物質やホルモン等の化学物質を受け取り、細胞内へ情報を伝達する重要な機能を示すタンパク質群です。現在市販されている約半数の薬剤がこれら膜タンパク質受容体を標的としているように、創薬ターゲットとして有望なため、その生理機能の解明は極めて重要です。機能を詳細に調べるためには、解析したい膜タンパク質受容体のみを選択的に活性化する必要があります。しかしながら、細胞表面には構造が似ている膜タンパク質受容体が多種類存在していることから、選択的活性化は現在でも困難です。そこで、狙った膜タンパク質受容体のみを活性化できる新たな手法の開発が求められていました。
2.研究手法・成果
本研究では、グルタミン酸受容体を対象に実験を行いました。グルタミン酸受容体は、大きくイオンチャネル型 とGタンパク質共役受容体 (GPCR)型 の2種類に分けられます。これらグルタミン酸受容体は、リガンド (活性化剤)であるグルタミン酸が結合すると、リガンド結合部位と呼ばれる一部分が、まるでパックマンが口を閉じるかのような構造変化を示します。そこで本研究では、この「口を閉じる構造変化」を強制的に起こすことで、グルタミン酸受容体を人工的に活性化できると考えました。具体的には、金属錯体に結合する性質を持つアミノ酸であるヒスチジンをグルタミン酸受容体に導入し、ヒスチジンと金属錯体との結合により「口が閉じた」構造へ導くことで、グルタミン酸受容体を活性化できることを発見しました。
(1)イオンチャネル型グルタミン酸受容体の活性化
本研究グループでは、まず初めにイオンチャネル型グルタミン酸受容体(iGluR)の活性化に着手しました。このiGluRは、細胞外から細胞内へCa2+などを透過させるタンパク質で、既に活性化における構造変化が詳細に報告されています。そこで不活性化状態と活性化状態の構造を比較することで、活性化時に近づく「くちびる」部分を発見し、ヒスチジンを導入しました。続いて、構築した変異型iGluRの活性を細胞内のCa2+濃度上昇により評価しました。その結果、ヒスチジンを導入した変異型iGluRはパラジウム錯体が存在すると強い活性を示すことがわかりました。活性化の詳細を検討したところ、パラジウム錯体が存在することでグルタミン酸が結合しやすくなることが明らかとなりました。すなわち変異型iGluRの活性化において、パラジウム錯体は導入したヒスチジンと結合を形成することでリガンドの親和性を変化させるアロステリック作用 を示すことがわかりました。
(2)GPCR型グルタミン酸受容体の活性化
本研究で開発した活性化法を異なる受容体に適用できるかを確認するため、GPCR型グルタミン酸受容体(mGluR)の活性化を検討しました。iGluRと同様に、ヒスチジンを導入し評価した結果、iGluRと同じくパラジウム錯体存在下において、強い活性を示すことがわかりました。また活性化の様子を注意深く観察したところ、変異型mGluRはパラジウム錯体のみで活性化されることがわかりました。すなわち変異型mGluRでは、その活性化においてリガンドであるグルタミン酸が不必要であり、パラジウム錯体が変異型mGluRのリガンド(活性化剤)として機能することが明らかとなりました。
(3)培養神経細胞における変異型iGluRの選択的活性化
最後にグルタミン酸受容体を元々発現している神経細胞においても、本手法が適用できることを発見しました。ヒスチジンを導入した変異型iGluRを培養神経細胞に発現させ、低濃度のグルタミン酸とパラジウム錯体を作用させたところ、変異型グルタミン酸受容体のみが活性化しました。さらに、選択的に活性化した変異型iGluRを発現している細胞については、細胞内に情報が伝達されCREBと呼ばれる転写因子 がリン酸化されていることもわかりました。以上の結果から、本手法は神経細胞においても、ヒスチジンを導入した変異型iGluRのみを選択的に活性化できることが明らかとなりました。
3.今後の予定
今回、活性化に成功したグルタミン酸受容体は、記憶や学習などの脳機能に関与していることが知られています。しかしながら、グルタミン酸受容体には、iGluR・mGluRの中でも複数の種類が存在し、各々の詳細な機能はいまだ不明な点が多いです。本手法を応用することで、記憶や学習のメカニズムを詳細に解明できるだけでなく、神経疾患(アルツハイマー病・パーキンソン病・筋萎縮性側索硬化症など)に対する創薬研究につながることが期待されます。
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Journal
Nature Chemistry