【研究の背景】
ヒトの腸内に存在する細菌の集まりである腸内細菌叢は、その種類や数が肥満、自閉症などの様々な生理状態と密接に関わることが明らかになり、注目されています。生活において腸内細菌叢に著しい影響を及ぼす因子として抗菌薬・抗生物質の服用が挙げられます。抗菌薬は細菌感染症の治療・予防に対して使用される薬です。ですが、抗菌薬が効かないウイルス性の急性呼吸器感染症(いわゆる風邪)に対しても、処方の必要がないにも関わらず、米国および日本において60%以上の患者さんに対して抗菌薬が処方されているという報告があります。
さらに、治療途中での感染症の併発の予防のため、治療のための薬と抗菌薬や抗生物質を同時に服用します。つまり、不必要な抗菌薬・抗生物質の投与によって引き起こされた腸内細菌叢の変化が、同時に服用している治療に必要な薬の効果を変えてしまう可能性も考えられます。そこで、腸内細菌叢の変化が薬の効果に及ぼす影響の全体像を明らかにするため、腸内細菌叢の総量が低下しているモデルマウスを用いて、様々な薬の効果に大きな影響を及ぼす臓器である肝臓と腎臓のタンパク質の量の変化を、最先端プロテオミクス技術(タンパク質の大規模な解析技術)を用いて全て明らかにし、特に薬の代謝および輸送に関わるタンパク質について詳しく解析を行いました。
【研究の内容】
腸内細菌叢の総量が低下しているモデルマウスとして、長期間(出生時から)腸内細菌を有さない無菌マウスと、抗菌薬を短期間(5日間)投与したマウスを使用しました。その結果、正常な腸内細菌叢を有するマウスに対し、これら2つのモデルマウスの肝臓および腎臓で量が変動している薬の代謝および輸送に関わるタンパク質を、最先端プロテオミクス技術によって明らかにしました。
最も顕著に量が減少した薬物代謝(薬の解毒)酵素であるcytochrome P450 2b10(Cyp2b10)は、その量が最大96%減少しているだけでなく、肝臓における薬の代謝能力が最大82%低下していることを明らかにしました。同様に薬物代謝酵素であるCyp3a11も両方のモデルマウスの肝臓で、その量が最大88%減少していました。この2つのマウスの薬物代謝酵素(Cyp2b10およびCyp3a11)に対応するヒトの薬物代謝酵素(CYP2B6およびCYP3A4)は、市場の半分以上の医薬品の代謝に関わることが報告されています。
さらに、薬物輸送体であるbreast cancer resistance protein 1(Bcrp1)は両方のモデルマウスの肝臓でその量が50%以上減少していました。Bcrp1は多くの種類の抗がん剤を運ぶタンパク質ですが、抗がん剤はその副作用である骨髄抑制(血液の成分を作り出す骨髄の機能がうまく働かなくなる状態)に伴う感染症の治療・予防のために、抗菌薬が併用されることがあります。
つまり今回の研究によって、これらのタンパク質で代謝もしくは輸送される薬は、腸内細菌叢の変動(例えば抗菌薬・抗生物質との併用)によって薬効もしくは副作用の発現が減弱・増強される可能性が明らかとなりました。加えて、Cyp3a11およびBcrp1に関しては抗菌薬を短期間投与したマウスにおいても、無菌マウスと同等の量の減少であったため、短期間の腸内細菌叢の変動であっても薬の効果に影響を与える可能性があります。
本研究の成果は、多くの薬の効果が腸内細菌叢によって影響を受ける可能性を示しています。今後、ヒトにおいても同様のメカニズムが働いていることが確認されれば、腸内細菌叢の変化による薬の副作用の低減や個々の患者さんに最適な投与設計に貢献できることが期待されます。
本研究は、内閣府最先端・次世代研究開発支援プログラム、科学研究費補助金及び国立研究開発法人日本医療研究開発機構AMED-CREST「疾患における代謝産物の解析および、代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」の支援を受けて行われました。本研究成果は「Molecular Pharmaceutics」オンライン版で平成28年7月5日にオンライン公開されました。
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【論文名】
Effect of intestinal flora on protein expression of drug-metabolizing enzymes and transporters in liver and kidney of germ-free and antibiotics-treated mice.
DOI:10.1021/acs.molpharmaceut.6b00259
URL:http://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acs.molpharmaceut.6b00259
【著者名・所属】
Takuya Kuno1,2, Mio Hirayama-Kurogi1,3,4, Shingo Ito1,3,4, and Sumio Ohtsuki1,3,4
1 Department of Pharmaceutical Microbiology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kumamoto University
2 Department of Drug Metabolism and Pharmacokinetics, Drug Safety Research Center, Tokushima Research Institute, Otsuka Pharmaceutical Co., Ltd.
3 Department of Pharmaceutical Microbiology, Faculty of Life Sciences, Kumamoto University
4 AMED-CREST, Japan Agency for Medical Research and Development
【掲載雑誌】
Molecular Pharmaceutics
Journal
Molecular Pharmaceutics