News Release

羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)の頭蓋骨の形態多様性を生み出す 分子レベルの仕組みを世界で初めて特定

Peer-Reviewed Publication

Toho University

羊膜類の頭蓋骨の形態的多様性と胚側頭部における骨形成関連遺伝子の発現パターン

image: 爬虫類、鳥類、哺乳類から構成される羊膜類の頭蓋骨(上段の写真、スケールバーは1cm)は、側頭部に開いた穴である側頭窓の下側を縁取る弓状の骨要素である側頭弓の数によって、無弓型、単弓型、双弓型という大きく3つのタイプに分類される。無弓型の頭蓋骨は、側頭部が骨によって完全に覆われているため側頭弓がなく、現生の爬虫類ではカメ類のみにみられる。単弓型の頭蓋骨には1つの側頭窓と、その下側を縁取る1本の側頭弓がみられ、哺乳類の系統のみでみられる。双弓型の頭蓋骨には上下2つの側頭窓があり、それらの下側を縁取る2本の側頭弓がみられる。現生の爬虫類ではカメ類以外の系統(トカゲ・ヘビ類、ムカシトカゲ類、ワニ類)と、恐竜の子孫である鳥類が双弓型の頭蓋骨をもつ。胚の頭部の側面を描いたイラスト(下段)において、側頭部における3つの骨形成関連遺伝子、Msx2(青)、Runx2(赤)、Sp7(緑)の発現パターンを示す。ここでは説明を容易にするため、胚頭部のイラストならびに各遺伝子の発現パターンは単純化してある。胚頭部のイラストの下には、動物系統の間の類縁関係を系統樹の形で示してある。爬虫類・鳥類の胚の側頭部では、Msx2は種によらず広範囲にわたって発現するが、Runx2は、カメ類では広範囲に発現するのに対し、カメ以外では将来側頭窓が形成される領域以外の領域に限局して発現する。Sp7は、Msx2およびRunx2発現領域内の将来骨が形成される領域のみで発現しており、爬虫類・鳥類の種ごとにその発現パターンは異なっている。哺乳類であるマウスの胚側頭部では、Msx2、Runx2、Sp7は、いずれも将来骨が形成される領域に限局して発現する。 view more 

Credit: 土岐田 昌和 博士

東邦大学理学部生物学科の土岐田昌和准教授の研究グループは、羊膜類(注1)に属する複数の種の胚を材料に用いて、その頭蓋骨(注2)の形態多様性を生み出す分子基盤を探索しました。調査の結果、羊膜類では、3つの骨形成関連遺伝子Msx2、Runx2、Sp7の発現パターンの違いによって、頭蓋骨形態の多様性が生み出されている可能性が示唆されました。本成果は、初めて完全な形での陸上進出を果たした脊椎動物であり、我々ヒトもその一員である羊膜類の頭蓋骨の形態がいかにして多様化してきたかを解明するための土台を構築し、ヒト頭蓋骨の形態異常をもたらす先天性疾患の治療法開発のヒントが得られることにも期待が寄せられます。

 この成果は2023年11月15日に米国の科学誌「Science Advances」にて発表されました。

発表者名

佐藤 大夢(東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士後期課程1年)
足立 礼孝(研究当時:東邦大学理学部生物学科 博士研究員、
      現:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 助教)
近藤 理美(認定NPO法人 エバーラスティング・ネイチャー)
北山 知代(認定NPO法人 エバーラスティング・ネイチャー)
土岐田 昌和(東邦大学理学部生物学科 准教授)

発表のポイント

  • 羊膜類の頭蓋骨には、側頭窓(注3)と呼ばれる側頭部に開いた穴がみられる場合があります。側頭窓の下側を縁取る側頭弓(注4)の数によって、羊膜類の頭蓋骨は無弓型、単弓型、双弓型の大きく3つのタイプに分類されます(図1)。
  • 爬虫類である3種のカメ、2種のヘビ、1種のワニと2種の鳥類および2種の哺乳類を材料に用いて、頭蓋骨形成期の胚において、骨形成関連遺伝子Msx2、Runx2、Sp7の発現パターンを調査しました。
  • 頭蓋骨形成期の爬虫類および鳥類の胚の側頭部において、Msx2はいずれの種でも広範囲にわたって発現していましたが、Runx2の発現パターンは、広範囲で発現するカメ類と将来側頭窓が形成される領域以外の領域に限局して発現するそれ以外の系統の間で異なっていました。
  • 爬虫類および鳥類の胚の側頭部において、Sp7は将来骨が形成される領域に限局して発現しており、種ごとに発現パターンが異なっていました。
  • 哺乳類の胚の側頭部では、Msx2、Runx2、Sp7は、いずれも将来骨が形成される領域に限局して発現していました。
  • 羊膜類では、Msx2、Runx2、Sp7の発現パターンの違いによって、頭蓋骨の形態多様性がもたらされる可能性が示唆されました。

発表概要

 爬虫類、鳥類、哺乳類で構成される羊膜類の頭蓋骨の形態は極めて多様です。しかし、羊膜類の頭蓋骨の形態多様性を生み出した分子レベルの仕組みについてはよくわかっていませんでした。今回、研究グループは、爬虫類に属する3種のカメ、2種のヘビ、1種のワニと、2種の鳥類ならびに2種の哺乳類を材料に用いて、頭蓋骨形成期の胚において、骨形成関連遺伝子であるMsx2、Runx2、Sp7の発現パターンを調べ、種間で比較を行いました。その結果、爬虫類と鳥類の胚の側頭部において、Msx2は種によらず広範囲にわたって発現していました。一方で、Runx2の発現パターンは、広範囲で発現するカメ類と将来側頭窓が形成される領域以外の領域に限局して発現するそれ以外の系統との間で異なっていました。また、Sp7は将来骨が形成される領域に限局して発現しており、種ごとにその発現パターンは異なっていました。哺乳類の胚の側頭部では、爬虫類および鳥類とは大きく異なり、Msx2、Runx2、Sp7は2種において、いずれも将来骨が形成される領域のみに限局して発現しており、2種間で発現パターンに大きな違いは認められませんでした。以上の結果から、羊膜類、すなわち爬虫類、鳥類、哺乳類の頭蓋骨の形態多様性は、Msx2、Runx2、Sp7の発現パターンの違いによって生み出されていることが示唆されました。

発表内容

 脊椎動物は、ヌタウナギ類、ヤツメウナギ類、軟骨魚類、硬骨魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類から構成され、背骨(脊椎)をもつことで特徴づけられる動物群です。なかでも、爬虫類、鳥類、哺乳類で構成される羊膜類は、胚を直接覆い、その内部を羊水で満たす胚膜である羊膜を獲得することで完全な形での陸上進出を果たし、陸上の様々な環境に適応し、繁栄を遂げました。陸上の様々な環境に適応するにあたり、彼らは餌を食べる上で不可欠な顎や、眼、耳、鼻などの感覚器が備わる頭部の形態を著しく多様化させました。羊膜類の頭蓋骨は、側頭部に開いた穴である側頭窓の下側を縁取る弓状の骨要素である側頭弓の数によって、無弓型、単弓型、双弓型という大きく3つのタイプに分類されてきました。無弓型の頭蓋骨は、側頭部が骨によって完全に覆われているため側頭弓がなく、現生の爬虫類ではカメ類のみにみられます。単弓型の頭蓋骨には一つの側頭窓と、その下側を縁取る一本の側頭弓(下側頭弓)がみられ、哺乳類の系統のみが単弓型の頭蓋骨をもちます。双弓型の頭蓋骨には上下二つの側頭窓があり、それらの下側を縁取る二本の側頭弓(上および下側頭弓)がみられます。現生の爬虫類ではカメ類以外の系統(トカゲ・ヘビ類、ムカシトカゲ類、ワニ類)と、恐竜の子孫である鳥類が双弓型の頭蓋骨をもちます。
 これまで、羊膜類の頭蓋骨、特にその側頭部の形態多様性が、どのような分子レベルの仕組みによって作り出されるのかについてはよくわかっていませんでした。そこで研究グループは、骨の形成に重要な役割を果たす3つの遺伝子、Msx2、Runx2、Sp7に注目しました。Msx2は骨形成の最初期に発現する遺伝子です。細胞内におけるMsx2の発現を阻害するとRunx2は発現しなくなります。Runx2は骨の形成に必須の遺伝子であり、Runx2の発現を阻害するとSp7は発現しなくなります。Sp7も骨の形成に必須の遺伝子であり、Sp7の発現を阻害すると、Sp7の発現制御により、骨の成熟に必要なSparcSpp1、Bglapなどの遺伝子が発現しなくなります。研究グループは、3種のカメ(アオウミガメ、スッポン、クサガメ)、2種のヘビ(コーンスネーク、マムシ)、1種のワニ(シャムワニ)、2種の鳥類(ウズラ、オカメインコ)、2種の哺乳類(マウス、キクガシラコウモリ)を材料に用いて、頭蓋骨形成期の胚においてこれら3つの遺伝子の発現パターンを、in situハイブリダイゼーション法(注5)を用いて調べました。

 調査の結果、爬虫類・鳥類の胚の側頭部において、Msx2はいずれの種でも広範囲にわたって発現していました(図1)。Runx2は、カメ類の側頭部では広範囲に発現するのに対し、カメ以外の爬虫類・鳥類では、将来側頭窓が形成される領域以外の領域に限局して発現していました。Sp7は、Msx2およびRunx2発現領域内の将来骨が形成される領域のみで発現しており、爬虫類・鳥類の種ごとにその発現パターンは異なっていました。一方、哺乳類であるマウスおよびキクガシラコウモリの胚側頭部では、Msx2、Runx2、Sp7はいずれも将来骨が形成される領域に限局して発現していました。

 以上の結果から、爬虫類・鳥類では、Runx2の発現パターンの違いによって、無弓型の頭蓋骨と双弓型の頭蓋骨の形成が区別され、Sp7の発現パターンによって各種独自の頭蓋骨の形態が決定されていることが示唆されました。爬虫類・鳥類の側頭部では、Msx2およびRunx2が骨へと分化する能力を備えた広範囲の細胞で発現し、その発現領域内でSp7の発現パターンが変化することで、多様な形態の骨が形成されてくるのかもしれません。一方、哺乳類の頭蓋骨の形態は、側頭部の限られた細胞に限局して発現する上流の遺伝子であるMsx2の発現パターンによって発生の早い時期にすでに決定され、これによって哺乳類の頭蓋側頭部の形態は爬虫類・鳥類に比べ一様になっているのかもしれません。

 我々ヒトでは、胎児期に異常な形態の頭蓋骨が形成されてしまう先天性頭蓋顔面異常が知られており、例えば頭蓋骨が通常よりも小さく形成されてしまう「小頭症」や複数の頭蓋冠縫合が早期に縫合してしまう「頭蓋縫合早期癒合症」などが有名です。本研究で得られた、羊膜類の頭蓋骨の形態多様化の仕組みに関する知見は、これらの先天性疾患の発症機序の理解や治療法開発にも貢献する可能性があります。

発表雑誌

雑誌名
「Science Advances」(2023年11月15日)

論文タイトル
Turtle skull development unveils a molecular basis for amniote cranial diversity

著者
Hiromu Sato, Noritaka Adachi, Satomi Kondo, Chiyo Kitayama, and Masayoshi Tokita*(*責任著者)

DOI番号
10.1126/sciadv.adi6765

論文URL
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adi6765

用語解説

(注1)羊膜類
脊椎動物のうち、爬虫類、鳥類、哺乳類で構成される系統。有羊膜類とも呼ばれる。羊膜類は、卵内もしくは胎内で発生中の胚(胎仔)と羊水を取り囲む胚膜の一つである羊膜をもつことで特徴づけられる。羊膜類は、胚を保水する羊膜を獲得したことで、陸上で産卵および出産することが可能となり、陸上の広範な環境へと進出し、繁栄した。

(注2)頭蓋骨
頭部を構成する骨格。軟骨頭蓋(神経頭蓋)、内臓頭蓋、皮骨頭蓋の3要素に分けられる。軟骨頭蓋は、その名の通りまず軟骨として現れ、多くの脊椎動物ではその後、骨(硬骨)へと置き換わる。“脳を包む箱”という意味合いで脳函とも呼ばれる。内臓頭蓋は、(軟骨頭蓋と同様に)まず軟骨として現れ、のちに骨へと置き換わる。顎や舌骨、鰓骨を構成する。皮骨頭蓋は軟骨の段階を経ず、真皮中に直接骨として現れる。皮骨頭蓋は神経頭蓋と内臓頭蓋、両者に付随する筋組織を外側から覆う。頭蓋骨は頭骨と同義に用いられることもあるが、頭骨から下顎を除いたものを頭蓋骨と呼ぶケースも多く、本稿では後者に従った。

(注3)側頭窓
羊膜類の頭蓋骨に見られる、眼窩後方の側頭部に開いた穴。頭蓋骨を軽量化したり、顎の筋肉の容積を増やす役割があると言われている。

(注4)側頭弓
側頭窓の下縁を構成する弓状の骨要素。羊膜類の分類は、伝統的に、側頭弓の数によって行われてきた。しかし、近年の分子系統解析の結果からは、無弓型の頭蓋骨をもつカメ類は、双弓型の頭蓋骨をもつワニや恐竜類の子孫である鳥類から構成される系統に近縁であることが示されており、それに従えば、カメ類の無弓型の頭蓋骨は側頭窓が二次的に閉じることでもたらされたと考えられる。化石種の形態学的調査からも、羊膜類の進化の過程では、側頭弓の数の頻繁な増減が起こったことが示唆されており、今世紀以降、側頭弓の数に基づいた羊膜類の分類は廃れてしまった。

(注5)in situハイブリダイゼーション法
生物の組織や細胞において、遺伝子にコードされている翻訳領域であるmRNAの分布を検出する方法。mRNAの逆鎖となるDNAもしくはRNAアンチセンスプローブを作製し、細胞内のmRNAに結合させる。次いで、発色物質であるジゴキシゲニン(DIG)や蛍光物質であるフルオレセイン(fluorescein)が付加された抗体をアンチセンスプローブに結合させることで、組織や細胞において、特定の遺伝子が転写されmRNAとして発現している場所を可視化する。


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.