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「シャルコー・マリー・トゥース病のゲノム編集による治療法シーズを開発」 ― ゲノム編集でPMP22遺伝子領域の重複を正常化する ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: 

AAV gene therapy-based genome editing recovered myelination in human CMT1A patient nerve differentiated from iPS cells

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Credit: Department of Neuropathology, TMDU

 東京医科歯科大学 難治疾患研究所・神経病理学分野の岡澤均教授の研究グループは、京都大学・井上治久教授、京都府立医科大学・中川正法名誉教授、横浜市立大学・松本直通教授との共同研究により、代表的な末梢神経変性疾患であるシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子・PMP22のゲノム編集を用いた新たな治療方法を開発しました。その研究成果は、ネイチャー・ポートフォリオが出版する新しい国際科学雑誌 Communications Medicine において2023年11月 28日にオンライン版で発表されました。

 

【研究の背景】

 シャルコー・マリー・トゥース病※1(CMT1A)は、代表的な末梢神経変性疾患であり、日本には1万人に1人程度の患者さんがいると言われています。厚生労働省の指定難病(指定難病10)にもなっています。17番染色体上にあるPMP22(peripheral myelin protein 22)という遺伝子を含む長いゲノム領域(1.5Mbゲノム領域)が重複して2つ存在するために、 PMP22タンパク量が増加し、このタンパクの機能が必要であるシュワン細胞が機能失調を起こすのではないかと考えられています。シュワン細胞は、脳脊髄から手足の筋肉に運動の指令を伝えたり、手足の感覚を脳脊髄に伝える末梢神経の働きに必須な細胞であり、シュワン細胞の機能失調は手足の運動感覚障害につながることになります。ゆっくりではありますが、患者さんは手足の機能が衰えて生活上の支障を感じることがあります。

 現時点では、根本的な治療法はなく、近年では、shRNA、miRNAあるいは核酸医薬などの治療法も実験的に提案されています。しかし、1.5倍程度のPMP22の発現増加を適切なレベルに正常化することは難しく、根本的治療薬の開発が待たれていました。ちなみに、PMP22の遺伝子変異による機能低下も同様に常染色体優性の遺伝性末梢神経疾患(Hereditary neuropathy with liability to pressure palsies, HNPP)を発症させることから、治療による過度なPMP22発現抑制は症状悪化につながると考えられます。これまでのshRNAなどの治療法開発では、実験的治療対象として10倍近く PMP22が過剰発現しているトランスジェニックマウスを用いるなど、研究に用いるモデルの適切性にも疑問がありました。今回の研究では患者さん由来のiPS細胞を用いることで、この問題を解消しました。

 

【研究成果の概要】

 今回、岡澤教授の研究グループは、ノーベル賞の受賞対象にもなったゲノム編集技術を用いて、患者さんのシュワン細胞では3つある1.5Mbゲノム領域を、2つに戻して正常化することができないかと考えました。そこで、重複する2つのゲノム領域に共通する特異配列(guide RNA:gRNA)を選び、異常なゲノムでは2箇所に切れ目を入れて、その間にある余分なゲノム領域が切り出されることを狙いました。その結果、15−40%の確率で、重複ゲノムの切り出しが狙い通りに生じることを見いだしました。

 次に、その特異配列gRNAとゲノム編集酵素を同時に発現する遺伝子治療ベクターを作成し、これをシャルコー・マリー・トゥース病患者さん由来のiPS細胞あるいはiPS細胞由来シュワン細胞に投与して、治療効果を検討しました。特に、正常者からのiPS細胞由来ニューロンとシャルコー・マリー・トゥース病患者iPS細胞由来シュワン細胞を合わせた培養(normal iPSC-derived neuronとCMT1A-iPSC derived Schwann cellの共培養)では、シュワン細胞が減少して髄鞘化が抑制されていましたが、遺伝子治療ベクターをiPS細胞由来シュワン細胞に投与することで、これらの病的変化が軽減しました。

【研究成果の意義】

 今回の研究成果は、シャルコー・マリー・トゥース病について、これまで開発が試みられてきた治療法とは全く異なる、ゲノム正常化という新しいコンセプトの治療法の可能性を示したものと言えます。ゲノム編集技術は、現在さまざまな疾患治療への応用が試みられています。その多くは、1から数個、あるいは数10個の塩基変異を正常化することを目的とするものですが、今回の研究から1.5Mb(1500,000塩基)ゲノム領域の正常化にも用いうることが可能であると示すことができました。

 ゲノム編集技術にとどまらず、shRNA、miRNAあるいは核酸医薬などの治療法では、副作用としてオフターゲット効果※2という事象が考えられます。これにより、目的とする遺伝子以外の関係のない遺伝子もしくは遺伝子発現に影響を与えるリスクがあります。今回の研究でも、iPS細胞およびマウス末梢神経にゲノム編集遺伝子治療ベクターを投与した場合のオフターゲット効果を検証しました。その結果、非常に低頻度の(生物個体が生きて行く上で体の細胞に自然に起きる遺伝子変異頻度に近いレベル)オフターゲット効果の可能性を認めました。今後の技術改良によって、さらにリスクを低減するなどして、本コンセプトあるいは本技術の実用化を目指します。

【用語解説】

※1 シャルコー・マリー・トゥース病

厚生労働省の指定難病10に指定されている。2つある17番染色体の、1つの染色体のPMP22遺伝子を含む1.5Mb(メガベース)の長さのゲノム領域が重複していることが原因である。常染色体優性遺伝形式の家族性発症を起こす。まれに2つの染色体がともに異常なゲノム領域を持つこともあり得るが(homozygous)、患者さんのほとんどは1つの染色体のみに異常なゲノム領域を持っている(heterozygous)。手足の筋力低下、感覚異常などの症状をきたす。病理学的には、末梢神経の脱髄(ミエリン鞘の脱落)と軸索変性(アクソンの脱落)を見る。PMP22の過剰発現が主な原因であることが、PMP22遺伝子のみ含む短いゲノム領域の過剰発現マウス(トランスジェニックマウス)の実験から示唆されている。shRNA、miRNAあるいは核酸医薬などの治療法も実験的に提案されているが、1.5倍程度のPMP22の発現増加を適切なレベルに正常化することは難しく、根本的治療薬の開発が待たれている。PMP22の遺伝子変異による機能低下も同様に常染色体優性の遺伝性末梢神経疾患(hereditary neuropathy with liability to pressure palsies, HNPP)をきたすことから、過剰なPMP22修正は症状を悪化させると考えられる。

 

※2 オフターゲット効果

ゲノム編集、shRNA、miRNAあるいは核酸医薬などの、遺伝子をターゲットにする治療法では、塩基配列によって、特定のターゲット遺伝子あるいはターゲットmRNAなどを編集、発現抑制、分解することを目指している。しかし、ある程度の確率および特異度で、類似の配列を持つ遺伝子あるいはmRNAが存在するため、これらに対しても同様の影響を与えるリスクが存在している。これをオフターゲット効果と呼ぶ。


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