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内在性機能と外来性機能を併せ持つ人工酵素を開発  〜金属イオンをタンパク質の中で精密に並べて機能を生み出す〜

Peer-Reviewed Publication

National Institutes of Natural Sciences

内在性機能と外来性機能を併せ持つ人工酵素

image: 内在性機能と外来性機能を有する人工三核亜鉛酵素(左)および設計構造と実験構造の重ね合わせ(右)。 view more 

Credit: 岡本泰典

発表のポイント

  1. ヒトサイトカインに人工的な三核亜鉛中心を精密に移植し、三核亜鉛中心に由来する外来性機能と内在性機能の両方を持つ人工酵素の創製に成功しました。
  2. 幾何学的探索と量子化学計算を用いることで、従来の有機合成配位子と同等の精度で、タンパク質を配位子として、複雑な多核金属中心の構築が可能であることを実証しました。
  3. 自然界の高難度反応を触媒する多核金属酵素に倣ったグリーンな物質変換技術といった合成化学への寄与や、生命現象適応型のケミカルツールとしての生命科学研究への貢献が期待されます。

 

研究の背景

これまでのノーベル化学賞の歴史が示すように、人類は、金属イオンの特性を合成配位子によって引き出し、多様な物質変換を実現し、医薬品や機能性物質など様々な物質を手にしてきました。一方で、自然界は長い時間をかけて進化させてきたタンパク質によって、金属イオンの反応性を制御し、呼吸、代謝、光合成など実に多彩な機能を実現してきました。その中には、現在の高い技術力をもってしても合成化学では困難な物質変換を行うことのできる金属タンパク質(あるいは金属酵素)が存在します。このような高難度反応の実現を目指し、近年では、自然界と同じようにタンパク質を合成配位子のように用いて、天然にない機能を持つ酵素、すなわち人工(金属)酵素 注2)の開発が進められています。

合成配位子のようにタンパク質を利用するには、タンパク質の設計技術が必要となります。タンパク質の自在設計に向けた一つの集大成として、2024年には「計算機を用いたタンパク質の構造予測と人工設計」にノーベル化学賞が与えられました。計算機科学の飛躍的発展に伴い、ほんの数年前までは考えられなかった画期的かつ挑戦的な研究が世界中で次々と報告されています。

しかしながら、原子レベルで配置の正確性が要求される酵素、中でも金属イオンを活性中心とする酵素の設計は未だ困難とされています。一方で、自然界は一つの金属イオンだけでなく、複数の金属イオンの配置を自在に制御しています。このような背景の下、本研究では、複数の金属イオンを狙った通りに配置することで、人工多核金属酵素の合理的設計に挑戦しました。

 

本研究の内容

研究グループは、タンパク質を用いて構築する多核金属構造として、合成配位子での構築事例のある亜鉛三核錯体を選定しました。また、利用するタンパク質としては、ヒトのマクロファージ遊走阻止因子(MIF)注3)に着目しました。MIFは三量体構造を持ち、その中央に空洞があることから、ここに人工的な金属中心を導入できると考えました。

まず、計算プログラムを用いた幾何学的な配置探索により、三核亜鉛中心を安定に保持できるアミノ酸残基の配置の候補を網羅的に割り出し、密度汎関数理論(DFT)計算 注4)により、最適な配置を絞り込みました (図1)。実際にMIF変異体を作製し、亜鉛イオンと混合したところ、X線結晶構造解析により、設計通り中央の空洞に三核亜鉛中心が形成されていることが確認されました(図2)。MIFは元来加水分解活性を有していませんが、この三核亜鉛中心が形成されたMIF、すなわち人工多核亜鉛酵素は外来性機能として高い加水分解活性を発現しました。この活性は既報の人工酵素と比較してもトップクラスの値を示しました。

今回用いたMIFは、サイトカインとしての役割以外にも様々な機能を有するムーンライティングプロテイン 注5)として知られています。それらの機能はMIF内部の空洞部分に由来するものではないため、三核亜鉛中心を構築した後でもMIF本来の機能の一つであるトートメラーゼ活性 注6)も保持されており、外来性機能と内在性機能の両立が実現されました。

 

本研究の成果の意義および今後の展望

化学的に不活性かつ高い温室効果を示すメタンを合成化学的に扱いやすいメタノールへと変換するメタンモノオキシゲナーゼ、空気中の窒素を肥料の材料となるアンモニアへと変換するニトロゲナーゼに代表されるように、多核金属中心を有する天然酵素は、現在の有機合成化学的手法では困難な高難度物質変換を行っています。しかし、これらの多核金属中心は極めて繊細なバランスの上に成り立っており、その改変などは困難とされています。本研究は、タンパク質の中で金属イオンを精密に多点配置するための方法論を提案するものであり、高機能な天然酵素に倣ったグリーンな物質変換技術につながることが期待できます。

加えて、本研究では、テンプレートとして用いられたサイトカイン元来の機能を損なうことなく、新しい機能をインストールすることに成功しています。サイトカインの生体内動態は様々な生命現象に応答していることから、サイトカイン元来の機能を維持した本研究の人工酵素は、生命現象適応型ケミカルツールとしての発展も期待されます。

 

用語説明

注1)サイトカイン:細胞から分泌される生理活性物質の総称。免疫応答、炎症反応、細胞増殖など様々な生命現象の調節に関わる。

注2)人工酵素:人工的に設計・改変された金属を含む酵素。天然にない触媒機能を持たせることができる。

注3)マクロファージ遊走阻止因子(MIF):免疫・炎症反応に関わるサイトカインの一種である三量体タンパク質である。トートメラーゼ活性を含む様々な機能を有する。

注4)密度汎関数理論(DFT)計算:量子化学計算の一手法。分子の電子状態や安定構造を理論的に予測できる。

注5)ムーンライティングプロテイン:複数の機能性を有するタンパク質の総称。

注6)トートメラーゼ活性:分子内のケト基とエノール基の間で二重結合の位置を変える異性化反応活性。


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