image: This new cerium-based catalyst interconverts between two oxidation states with distinct chemical properties, enabling two completely different reactions to occur in the same container.
Credit: Dr. Shinji Harada from Chiba University, Japan
■研究の背景
私たちの身の回りの薬やプラスチック、素材などの多くは化学反応で作られています。特に、高機能な物質は複雑な分子構造を持つものも多く、複数の化学反応を段階的に組み合わせて作られます。しかし、通常の化学反応では、1回の操作で1つの反応しか起こせません。つまり、反応の段階ごとに試薬の追加や有機溶媒注1)の変更が必要で、時間と手間がかかる上に、都度多くの廃棄物を生み出してしまうという課題がありました。
この課題を解決する手法として、複数の反応を連鎖的に起こす技術が開発できれば理想的です。しかし現実には、同じ反応の繰り返しであれば比較的容易に実現可能である一方、全く異なる反応を組み合わせようとすると制御が困難であり、実現には高い障壁が存在します。
■研究の成果
研究チームは、レアアース(希土類元素)の1つである「セリウム注2)」という金属が2つの異なる状態に自在に変化する性質に着目し、この性質が異なる複数の反応を連鎖させる鍵になると着想しました。
同チームは、セリウムの2つの異なる状態からそれぞれ別の触媒機能を引き出しながら、さらにそれらを精密に制御することに成功し、以下の全く異なる2つの反応を連鎖的に起こすことに世界で初めて成功しました(図1)。
・第1段階:環を作る反応
原料に作用して五角形の構造を持つ中間体を作る
・第2段階:酸素(O2)を取り込む反応
状態の変化したセリウムが中間体に作用して、酸素を取り込みながら目的物質を作る
この技術を使うことで、医薬品合成に有用な「α-ヒドロキシシクロペンテノン」という物質を最大99%の収率で合成できます。このように、1つのセリウム触媒が外部からの操作無しにその役割を切り替え、2つの異なる反応のバトンを繋ぐ「酸化還元適応型オートタンデム触媒法注3)」という新しいコンセプトを確立しました。なお、この触媒技術は発火性や爆発性のある危険な試薬を使わず汎用的な実験器具のみで実施できるため、特別な装置を必要としません。
■今後の展望
本研究で確立した「酸化還元適応型オートタンデム触媒法」は、様々な医薬品候補物質や機能性材料をより少ない工程で、環境への負荷を抑えながら製造する革新的な合成プロセスの開発に繋がります。今後は、この触媒技術を多様な化学反応に広げることで、複雑な物質や材料を簡単に作る未来のものづくり技術の創出にも貢献できると期待されています。
■用語解説
注1)有機溶媒:水に溶けない物質を溶かす、常温常圧で液体の有機化合物の総称。エタノール・ベンゼン・アセトン・クロロホルムなどを指す。
注2)セリウム:レアアース(希土類元素)の1つで、原子番号58の元素(元素記号:Ce)。レアアースの中では豊富に採れるため、比較的安価。自動車の排気ガス浄化装置などの身近な製品にも利用されている。化学反応を促進する触媒として優れた性質を持ち、特に電子を1つ失ったり受け入れたりすることで、性質の異なる2つの状態を容易に行き来できる特徴がある。
注3)オートタンデム触媒法:複数の異なる化学反応を、中間生成物を取り出すことなく1つの容器内で連続して行う手法を「タンデム反応」と呼ぶ。その中でも、1つの触媒が複数の異なる化学反応を連続して促進する手法を指す。しかし、性質の全く異なる複数の反応(例えば、イオンが関わる反応と、1つの電子移動が関わるラジカル反応)を1つの触媒で制御することは困難だった。
Journal
ACS Catalysis
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Redox-Adaptive Auto-Tandem Catalysis: Ce(III)/Ce(IV) Interconversion-Mediated Integration of Nazarov Cyclization and Oxidative Hydroxylation
Article Publication Date
3-Aug-2025
COI Statement
The authors declare no competing financial interest.