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流体力学のパラドックスに終止符:実験室で生成される人工ハリケーンが導いた新理論

長年、流体力学の世界で議論されてきた回転乱流の理論的矛盾に、ついに答えが見つかりました。パラドックスに対する答えを見つけました。乱流研究に新たな指針が示されました。

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

エネルギースペクトルの再スケーリングにより、コルモゴロフの枠組みと一致するデータ収束が明らかになった

image: 左のグラフは従来の手法に従い、波数kで表されるさまざまな渦サイズにエネルギーが分布するエネルギースペクトルE(k)をプロットしたもの。波数は渦サイズに反比例し、大きなkは小さな渦に対応する。 慣性領域とは、容器の全幅に及ぶ最大の渦よりも小さいが、エネルギーが熱として失われる最小の渦よりは大きい渦のスケールを指す。コルモゴロフは、慣性領域内においてエネルギースペクトルが渦の大きさに比例し、エネルギーが-5/3の定数率で減少すると予測した。この有名な「-5/3乗則」は、テイラー・クエット流れという”残念な”例外を除き、事実上すべての乱流において普遍的に見出されている。ここでは、グラフが示す通り、ほとんどのエネルギースペクトルはコルモゴロフのべき乗則には一致していない。 右のグラフは、コルモゴロフの一般法則(-5/3乗則が導出され、エネルギーが熱として散逸するスケールを含む慣性領域を超えた範囲を扱う)に基づいて再スケーリングされた同一スペクトルを示している。ここでは、コルモゴロフは、粘性vと最小運動スケールηを用いて再スケーリングされたエネルギースペクトルが、小スケール領域では普遍関数F(kη)に一致すると予測した。再スケーリングされたデータが、灰色で示された普遍的曲線F(kη)に収束し、両端部でのみわずかに乖離していることは、乱流全体にわたるコルモゴロフの枠組みにおける小規模なスケールでの普遍性を実証している。 view more 

Credit: バホス他(2025年)

コーヒーにミルクを混ぜるといった日常的な動作から、台風の暴風に至るまで、回転乱流は私たちの身の回りの至る所に存在しています。しかし、そのように身近な現象であるにもかかわらず、その挙動は、科学的には極めて複雑です。乱流の流れを記述・モデル化・予測することは、気象予報から新生星の降着円盤における惑星形成の研究に至るまで、さまざまな分野において重要な意味を持ちます。

乱流研究の中核をなすのは、主に二つの理論体系です。一つは、コルモゴロフによる小規模乱流の普遍的枠組みで、エネルギーが次第に小さな渦へと伝播・散逸していく過程を記述します。もう一つは、生成が極めて容易でありながら、非常に複雑な挙動を示すテイラー・クエット(Taylor-Couette, TC)流れで、複雑な流れの基本的特性を研究する上での基準となります。

過去数十年にわたり、これら二つの強力な理論体系の間に存在する根本的な矛盾が、乱流研究分野の研究者を悩ませてきました。広範な実験的研究によって、コルモゴロフの枠組みがほぼすべての乱流に対して普遍的であることが確認されているにもかかわらず、 テイラー・クエット流れには明らかに適用できないとされてきたのです。

しかし今回、沖縄科学技術大学院大学(OIST)において9年をかけた実験装置「OIST-TC実験装置」を開発した研究チームが、従来の通説に反し、コルモゴロフの枠組みがテイラー・クエット流れの微小スケールに普遍的に適用されることを実証し、この矛盾を解決しました。これはまさに、理論的予測通りの結果でした。この研究成果は、学術誌『Science Advances』に掲載されました。

研究を主導したOIST流体力学ユニットのピナキ・チャクラボルティ教授は次のように述べています。「この問題は長年、流体力学の分野で際立つ矛盾点として存在していました。このパラドックスが解決され、OIST-TC実験装置が稼働したことで、これらの複雑な流れを研究するための新たな基盤が確立されました。」

テイラー・クエット流れにおける、べき乗則の探索で失われた普遍性

テイラー・クエット流れは、回転する二つの同心円筒の間に生じる閉じた流れであり、簡単に作ることができます。一方で、その挙動は極めて複雑で、多様な乱流現象を示します。特に注目すべきは、この流れが回転する乱流渦(テイラー渦)を形成する点です。これは、水平方向に回転する台風の内部で、垂直方向に渦巻く気流を想像すると理解しやすいでしょう。この渦の解析は、現代の流体力学分野において中核をなすいくつかの基本的な仮定の確立に貢献してきました。

1941年、著名な数学者アンドレイ・コルモゴロフは、乱流流体の複雑性に対する洗練された定式化を示した短い論文を発表し、理想化された「エネルギーカスケード」として表現しました。チャクラボルティ教授はこれを次のように説明します。「器の中の水を大きなスプーンでかき混ぜると、大きな渦という形で運動エネルギーが水に加わります。この渦は次第に小さな渦へと分裂し、最終的には熱として消散します。観察は容易でしたが、このカスケードを数学的に記述することは極めて困難でした——コルモゴロフがそれを成し遂げるまでは。」

しかし、コルモゴロフの著名な「−5/3乗則」がほぼすべての乱流に普遍的に適用されることが判明している一方で、重要なテイラー・クエット流れに関しては、明らかにこの枠組みから外れていると考えられてきました。過去数十年にわたって繰り返し実験が行われてきたにもかかわらず、得られた結果は、−5/3乗則が予測する小規模スケールでの普遍性に一致しませんでした。

データの収束が示す普遍性の回復

この矛盾点は、チャクラボルティ教授をはじめとする物理学者たちを長年悩ませてきました。教授が指摘するように、流体力学において最も重要な流れの領域の一つに適用されないのであれば、コルモゴロフのべき乗則がどうして普遍的と言えるでしょうか?この「不整合」が契機となり、OISTでは新たな実験装置の開発が進められました。原理は単純ながら、数千回転/分で回転する円筒内に精密センサーを収容し、さらに一定温度に冷却された液体で囲み、その外側を別の回転円筒で覆うという構造のため、実現には9年に及ぶ技術的工夫が必要でした。この装置は、乱流の乱れ度合いを示す指標であるレイノルズ数が最大10⁶に達する乱流を発生させることが可能であり、世界最高水準の実験環境を実現しています。

「従来の解析手法で新たなOIST-TC実験装置により測定されたエネルギースペクトルを分析したところ、コルモゴロフのべき乗則が適合しないことが判明しました。そこで私たちは、慣性領域にのみ適用される有名な-5/3乗則を超えた領域を調べることを決断しました」と、本論文の筆頭著者であるジュリオ・バホス博士は説明しています。研究チームは、慣性領域から、エネルギーを熱として散逸させる最小の渦を含む、小規模流体の一般領域へと範囲を広げました。このスケールにおいて、コルモゴロフは、散逸効果を考慮すると、再スケーリングされたエネルギースペクトルが単一の普遍的曲線 F(kη) に収束すると予測していました。そして研究チームにとって、コルモゴロフの枠組みの中で比較的あまり研究されてこなかったこの側面を適用したことが、成果につながったのです。「一般理論による測定値の再スケーリングは、コルモゴロフが予測した普遍性を示しました。この枠組みは成立しています。」

コルモゴロフ理論における普遍性の矛盾に対するこのすっきりとした解決策は、特に新たなOIST-TC実験装置と組み合わせることで、理論的・応用的流体力学研究の強力なツールとしてのテイラー・クエット流れの可能性を引き出します。チャクラボルティ教授は次のように総括しています。「OIST-TC実験装置の美点は、それらが閉じたシステムであることです。ポンプも、流れの妨げとなる障害物もありません。堆積物、気泡、高分子など、あらゆる液体と添加剤の流れを研究できます。そしてテイラー・クエット流れとコルモゴロフ理論を調和させることで、確固たる基準を打ち立てたのです。」 


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