image: バクテリオファージ「Bas63」の分子構造。各タンパク質が異なる色で示されている。長い尾部繊維が頭部キャプシドにつながった構造になっている。 view more
Credit: Hodgkinson-Beanほか、『Science Advances』(2025年)
医療から農業や水産業に至るまで、バクテリオファージ(ファージ)は今後、世界的に大きな影響をもたらす可能性を秘めています。ファージは細菌細胞のみを標的とするウイルスであり、抗生物質が効かない薬剤耐性菌が世界中で増加している中、新たな治療法として期待されています。しかし、ファージの大きさや複雑さ、増殖条件により研究が難しく、この分野の発展が制限されてきました。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とニュージーランドのオタゴ大学の研究チームは、バクテリオファージ「Bas63」の構造をこれまでにない精度で解析し、これらのウイルスがどのように機能するのかというメカニズムに関する新たな理解を示しました。本研究成果は、科学誌『Science Advances』に掲載されました。
本研究の共著者であり、OIST生体分子電子顕微鏡解析ユニットを率いるマティアス・ウォルフ教授は次のように述べています。「分子レベルでここまで詳細に記述されたファージは、ほんのわずかしか存在しません。構造的な発見と生物学的な理解が深まることで、合理的なファージ設計が可能になり、病気の治療法そのものを大きく変える可能性があります。」
複雑なバクテリオファージ
バクテリオファージは地球上で最も豊富に存在するウイルスの一つであり、1910年代に発見されました。初期の段階から、細菌感染症を標的とする可能性が認識されていました。しかしながら、今日に至るまでファージ療法の分野はほとんど発展していません。その背景には、ファージよりも製造や投与がはるかに容易な抗生物質の発見と普及があります。
しかし近年、抗生物質が効かなくなる耐性の問題が深刻化する中で、ファージ研究が再び注目を集めています。こうした革新を進めるには、質の良いデータが欠かせません。そこで研究チームは、大腸菌(E. coli)に感染する100種類以上のバクテリオファージのゲノムと表現型データを収集・提供するBASELコレクションの中から、Bas63を詳細な解析の対象として選びました。
「Bas63は、低分解能の顕微鏡観察の段階でも、同じサブファミリー(亜科)の中で最もユニークなゲノムと構造を持つことが分かっていました。そのため、高分解能での構造解析において真っ先に取り組むべき対象とされました」と、オタゴ大学の教授であり、OISTの客員研究員でもある、本論文の共著者のMihnea Bostina教授は述べています。
完全な構造マッピングの実現
研究チームは、クライオ電子顕微鏡法(cryo-EM)を用い、構造全体を順にたどりながら各段階で再構成の中心を切り替える独自の「パニング顕微鏡技術」を適用することで、Bas63の全構造を高解像度でマッピングしました。アミノ酸配列情報と電子顕微鏡データを組み合わせることで、バクテリオファージの完全な3D構造を明らかにし、Bas63に含まれる重要な構造タンパク質をすべて詳細に特定することができました。本体のキャプシド(殻)に存在するユニークな表面タンパク質や、ファージの頭部と尾部をつなぐ部分に見られる珍しい「ひげ」や「えり」といった構造など、数多くの特徴が明らかになりました。
さらに、同じサブファミリー(亜科)に属する他のファージとのタンパク質比較により、ファージ設計や工学的応用に向けた標的領域も特定されました。「尾部繊維タンパク質には、顕著な配列の違いが見られました。これは、宿主細菌を認識する際に特定の役割を果たしている可能性があり、特定の細菌を狙ったファージ設計において重要なターゲットになるかもしれません」と、Bostina教授は説明します。
新たなファージ研究の領域――バイオテクノロジーからアートへ
研究チームは、この成果がファージ研究を今後さらに多様な分野へ広げるきっかけになることを期待しています。「医療分野以外でも、病原性細菌は農作物や家畜に影響を及ぼします。水処理や食品加工、エネルギー生産などの産業でも、細菌が作るバイオフィルムが課題となっています」とウォルフ教授は指摘します。「また、詳細な3D構造の情報は、デザインやアニメーションにも応用可能です。芸術家や開発者、教育者にとっても、創造的なインスピレーションを得る手掛かりになるかもしれません。」
Journal
Science Advances
Method of Research
Imaging analysis
Subject of Research
Cells
Article Title
Cryo-EM Structure of Bacteriophage Bas63 Reveals Structural Conservation and Diversity in the Felixounavirus genus
Article Publication Date
12-Nov-2025
COI Statement
The authors declare that they have no competing interests.