image: LHDとHIBP計測器。左枠内は負イオン源からタンデム加速器入射側の拡大図。 view more
Credit: 核融合科学研究所
研究背景
核融合は、太陽がエネルギーを生み出す仕組みと同じ原理を利用する、将来の持続可能なエネルギー源として期待されています。核融合発電を成立させるためには、密度が1020 m⁻³以上で、温度が一億度を超えるプラズマを磁場によって安定に閉じ込め、高いエネルギーの状態を維持する必要があります。このとき重要となるのが、プラズマ内部の電位です。電位は、プラズマ内部での粒子やエネルギーの流れを左右し、エネルギーが外に逃げにくい良好な閉じ込め状態を形成する鍵となります。そのため、プラズマ内部の電位を正確に把握することは、核融合炉の性能向上に不可欠です。
プラズマ内部の電位を非接触で直接測定する手法として、重イオンビームプローブ(HIBP)※2が用いられます。HIBP は、マイナスの電荷を持つ金イオン(Au⁻)を加速し、プラズマとの相互作用で電荷状態が変化する様子をとらえることで、内部電位を推定する高度な技術です。ただし、高精度な信号を得るためには、より強く安定したイオンビームが必要となります。
これまで負イオン源の性能向上によりビーム電流を増加させることはできていましたが、加速器へ効率よく導入することが難しく、思うように測定精度を高められないという課題が残されていました。
研究成果
■空間電荷効果という“渋滞”を解消
大型ヘリカル装置(LHD)では、プラズマ電位を計測するためにHIBP計測器が開発されてきました(図1)。HIBPはAu⁻ビームをタンデム加速器※3に入射し、Au+ビームに変換し、加速器出口で6メガ電子ボルト※4まで加速したAu+ビームをプラズマ中に入射します。プラズマとの衝突でAu+からAu2+になったビームのエネルギーを測定することで、Au2+となった位置の電位を求めることができます。電位信号を高精度で明瞭にするには、プラズマへの入射電流を高くする必要があります。これまでAu-ビームを生成する負イオン源の出力電流を上げることに成功していました。しかし、タンデム加速器への入射ビーム電流は単純に比例して増加させることが出来ませんでした。
その原因を明らかにするために、イオンビーム軌道シミュレーションコード(IGUN)を使い、負イオン源からタンデム加速器入口までの低エネルギー側の重イオンビーム輸送効率を解析しました。その結果、金負イオンビーム電流が10マイクロアンペア以下では(図2(a))のように入口スリットを通過出来ますが、それ以上になると、空間電荷効果※5によりビームが広がってしまい、タンデム加速器に入射する前に損失していることが明らかになりました(図2(b))。金のような重たいイオンビームは、負イオン源からのビーム電流を増加させても空間電荷効果により電流量の制約が顕著に表れました。そこで、ビーム輸送効率を向上させるアイデアとして、負イオン源とタンデム加速器の入口間にある多段加速器をビームの加速だけでなく、電圧の最適配置により静電レンズとして作用させることを考えました(図2(c))。数値シミュレーションを用いてアイデアを検証した結果、多段電極の電圧配分の最適解を求めると図3のように透過率95 %以上の領域が存在し、既存の電圧組み合わせである青丸から、重イオンビーム輸送効率が大幅に改善できることが判明しました。この結果をもとに実際の実験を行い、Au⁻ビームの加速器への入射電流量が2~3倍に向上することを実証しました。
■高温プラズマ中の電位分布の変化を“直接”観測
Au-ビーム電流が増加したことにより、プラズマに入射するAu+ビームも増加し、LHDのプラズマ電位の測定可能領域が線平均電子密度1.75×1019 m-3まで拡大するとともに、電位信号が明瞭化したことで、プラズマの閉じ込め状態の変化に伴う内部電位分布の遷移現象を捉えることが可能になりました(図4)。時刻t = 4.0 sで電子加熱、t = 6.1 sは電子加熱を止めて0.1 s後、t = 7.0 sは180 keVの中性粒子入射加熱で維持したプラズマになっています。電子加熱停止後に急激にプラズマ電位が全体的に低下し、その後平坦化するという、閉じ込め状態の変化と連動した内部電位のダイナミクスを捉えることに成功しました。これは、プラズマ性能を予測するための重要な基礎データであり、新しい閉じ込めモデルの確立に役立ちます。
研究成果の意義と今後の展開
この成果は、
・核融合炉の性能指標となる内部電位の精密診断を実現
・高電流ビームを安定生成できる新しい加速器運用法を提示
といった、核融合研究と加速器技術の両面において大きな前進を意味します。核融合炉の制御研究を飛躍的に進めるものであり、次世代エネルギーの実現に向けた鍵となる技術です。今後、より高性能なプラズマ運転手法の開発や、商用核融合炉設計の高度化が期待されます。
Journal
Nuclear Fusion
Method of Research
Experimental study
Article Title
Enhanced beam transport via space charge mitigation in a multistage accelerator for fusion plasma diagnostics
Article Publication Date
13-Oct-2025