image: 図1:アナターゼ型TiO2光触媒における界面水の構造と反応性の関係。(左) 水蒸気環境下における赤外吸収分光(IR)とリアルタイム質量分析(MS)の模式図。水蒸気圧を精密に制御しながら単分子層未満から数分子層まで吸着水量を系統的に変化させ、種々のアナターゼ型TiO2上の界面水の分子構造と光触媒反応性を定量的に評価した。(右) 水分解によるH2の生成速度を比表面積および吸着水層数で規格化して得られた界面水の反応性指標と、H2O-TiO2相互作用を特徴づける表面水酸基量および水素結合強度との相関。表面水酸基量が少なく、より弱く柔軟な水素結合ネットワークを形成する界面ほど、界面水の反応性が高いことを示している。
Credit: Zhongqiu Lin, Hikaru Saito, Hiromasa Sato, and Toshiki Sugimoto
【発表のポイント】
- ・ 赤外吸収分光とリアルタイム質量分析を、単分子層レベルで水分子の吸着量を精密に制御できる水蒸気環境下で組み合わせ、界面水(1)の量の影響を切り分けることで、界面水そのものの反応性(2)を定量評価する新たな枠組みを構築しました。
- ・ 従来、光触媒反応には強いH2O-TiO2界面相互作用をもつ親水性の高い界面が有利と考えられてきましたが、本研究ではH2O-TiO2相互作用が相対的に弱く、より柔軟な水素結合ネットワーク(3)を形成する界面水ほど高い反応性を示すことを明らかにしました。
- ・ 界面水の構造と反応性の相関を、光触媒表面設計における新たな分子レベルの設計指針として提示し、界面水の状態を制御して触媒性能を高める「界面水デザイン・エンジニアリング」の方向性を示しました。
【概要】
分子科学研究所の林仲秋博士研究員(研究当時)と杉本敏樹准教授(兼 総合研究大学院大学准教授)は、同研究グループの斎藤晃特任助教、佐藤宏祐特任助教とともに、異なる表面特性をもつ4種類のアナターゼ型TiO2光触媒を用い、界面水の微視的構造とその水分子の水素生成反応性の関係を系統的に調べました。水蒸気圧を精密に制御しながら赤外吸収分光とリアルタイム質量分析を組み合わせ、水の量の違いによる影響から界面水そのものの反応性を分離して比較しました。その結果、H2O-TiO2相互作用が強い親水的な界面では界面水の反応性が低い一方、H2O-TiO2相互作用が相対的に弱く、より疎水的な界面では、柔軟な水素結合ネットワークを形成する界面水ほど高い反応性を示すことを明らかにしました。本成果は、界面水の構造を系統的に評価し、その構造と反応性を分子レベルで結び付けることで、光触媒表面設計に新たな分子論的指針を提示するものです。
この研究成果は米国化学会の学術誌『The Journal of Physical Chemistry Letters』に、2026年9月5日付で掲載されました。
1. 研究の背景
光触媒による水分解を利用した水素(H2)生成は、太陽光エネルギーを化学エネルギーへ直接変換できる持続可能なエネルギー変換技術として期待されています。光触媒反応は光触媒と水が接する界面で進行するため、この界面における分子間相互作用は光触媒性能を左右する重要な要因です。しかし、光触媒反応は通常、水中で行われるため、反応条件下で界面水の分子構造を直接捉えることは困難です。加えて、見かけのH2生成活性は光触媒の表面積だけでなく界面に存在する水の量にも強く左右されるので、異なる水-触媒界面で観測される活性の差が、界面水そのものの反応性に由来するのか、それとも単に反応に利用できる水の量の違いによるのかを切り分けることも大きな課題でした。そのため、長年にわたる研究にもかかわらず、界面水の分子構造と反応性との関係は十分に明らかにされておらず、分子レベルの理解に基づく合理的な光触媒表面設計の指針も確立されていませんでした。
2. 研究の成果
本研究では、表面特性の異なる複数のアナターゼ型TiO2光触媒微粒子を用いて、界面水の微視的構造と光触媒反応活性の関係を系統的に調べました。水蒸気圧を精密に制御し、単分子層未満から数分子層まで吸着水量を変化させながら、赤外吸収分光とリアルタイム質量分析を組み合わせて測定しました(図1)。さらに、H2生成速度を光触媒の比表面積と吸着水層数の両方で規格化することで、界面に存在する水の量の違いによる影響を取り除き、界面水そのものの反応性を定量的に比較可能にしました。
図1:アナターゼ型TiO2光触媒における界面水の構造と反応性の関係。(左) 水蒸気環境下における赤外吸収分光(IR)とリアルタイム質量分析(MS)の模式図。水蒸気圧を精密に制御しながら単分子層未満から数分子層まで吸着水量を系統的に変化させ、種々のアナターゼ型TiO2上の界面水の分子構造と光触媒反応性を定量的に評価した。(右) 水分解によるH2の生成速度を比表面積および吸着水層数で規格化して得られた界面水の反応性指標と、H2O-TiO2相互作用を特徴づける表面水酸基量および水素結合強度との相関。表面水酸基量が少なく、より弱く柔軟な水素結合ネットワークを形成する界面ほど、界面水の反応性が高いことを示している。
この評価枠組みに基づき、研究グループは、界面水の吸着強さや吸着様式(分子吸着または解離吸着)などの吸着状態を系統的に調べました。H2O-TiO2相互作用が強く、表面水酸基の存在割合が高い親水的な界面は、光励起キャリア(4)を捕捉し、電荷再結合を抑制してキャリア寿命を延ばすため、光触媒反応に有利であると考えられてきました。しかし本研究では、これとは対照的に、H2O-TiO2相互作用が相対的に弱く、表面水酸基量が少ない、より疎水的な界面を形成する試料ほど、界面水そのものの反応性が高いことが明らかになりました(図1)。また、界面水はTiO2表面と相互作用するだけでなく、水分子同士が水素結合ネットワークを形成し、集団的な構造とダイナミクスを示すため、本研究グループは、水素結合環境と界面水の反応性との関係についても詳しく調べました。その結果、より弱く柔軟な分子間水素結合ネットワークを形成する環境ほど、界面水の反応性が高いことを見いだしました(図1)。
光触媒によるH2生成を律速する水分子のO-H結合開裂とプロトン生成過程は、H2O-TiO2界面におけるプロトン共役電荷移動(5)を介して進行し、その過程では周囲の水素結合ネットワークの分子再構成を伴うことが報告されています。Marcus理論(6)の観点から、今回観測されたH2O-TiO2界面相互作用の強さや水素結合ネットワークの柔軟性と界面水の反応性との相関(図1)は、界面水の柔軟性や分子揺らぎがこの分子再構成を容易にし、H2生成の律速過程であるO-H結合開裂・プロトン生成を促進することを示唆しています。これらの結果は、界面水の構造と分子運動性をより高活性な光触媒界面反応場の設計に取り入れるという、新たな分子レベルの視点・指針「界面水デザイン・エンジニアリング」を提供するものです。
3. 本研究の波及効果・社会的意義
従来の光触媒設計では、光励起キャリアへの有益な効果を期待して、水を強く吸着する親水的な触媒表面が重視されてきました。本研究では、分子レベルでH2O-TiO2相互作用が相対的に弱い界面ではより柔軟な水素結合ネットワークが形成され、界面水の反応性が高まり、より高いH2生成活性につながることを明らかにしました。今後、光触媒の固体物理学・固体化学的な観点に基づく従来の設計指針に加えて、光触媒表面の微視的構造と、その表面に形成される界面水の分子構造・運動性を設計・制御する「界面水デザイン・エンジニアリング」を展開することで、より高活性な光触媒系の創出に向けた基礎・応用研究の新たな進展が期待されます。
4. 用語解説
(1)界面水
固体表面と接して存在する水分子の集団を指す。バルクの液体水とは異なり、固体表面との相互作用によって分子配向、水素結合、反応性などの物理化学的性質が変化する。
(2)反応性
本研究では、水分解によるH2生成速度を光触媒試料の比表面積と吸着水層数で規格化して評価した、単位表面積・単位吸着水量あたりのH2生成速度を指す。試料の表面積や界面水の存在量の違いを取り除き、界面水そのものの反応しやすさを定量的に比較するための指標である。
(3)水素結合ネットワーク
水分子同士がO-H···O型の水素結合によって互いに結びついて形成する分子集合体。個々の水分子の性質だけではなく、集団としての構造やダイナミクスを示し、界面反応にも影響を与える。
(4)光励起キャリア
半導体が光を吸収したときに生成する光励起電子と光励起正孔の総称。これらの電荷が表面へ移動して反応物と反応することで、光触媒反応が進行する。
(5)プロトン共役電荷移動
プロトン(H⁺)の移動と電子または正孔の移動が互いに連動して進行する反応過程。本研究で対象とする光触媒水分解では、TiO2表面に捕捉された光励起正孔と界面水との反応に伴ってO-H結合が開裂し、プロトンが生成するという初期反応過程に関与する。
(6)Marcus理論
電子や電荷の移動反応を記述する代表的な理論。電荷移動の速度は、反応に伴う周囲の分子や環境の再構成に必要なエネルギーに強く依存する。本研究では、この考え方に基づき、界面水の分子運動や揺らぎと光触媒反応性との関係を考察した。
5. 論文情報
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters
論文タイトル:
"Bridging Interfacial Water Structure and Reactivity in Photocatalytic Hydrogen Evolution at TiO2 Interfaces"
著者:Zhongqiu Lin, Hikaru Saito, Hiromasa Sato, and Toshiki Sugimoto
掲載日:2026年9月5日(オンライン公開)
DOI:10.1021/acs.jpclett.6c01721
6. 研究グループ
自然科学研究機構 分子科学研究所
7. 研究サポート
本研究は、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(S)(26K21748)、基盤研究(A)(22H00296)、特別研究員奨励費(23KJ1003)、JST戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR22L2)、JST創発的研究支援事業FOREST(JPMJFR221U)、および環境省「地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業」の支援の下で実施されました。
8. 研究に関するお問い合わせ先
杉本 敏樹(すぎもと としき)
自然科学研究機構 分子科学研究所 / 総合研究大学院大学 准教授
TEL:0564-55-7280
E-mail:toshiki-sugimoto_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)
9. 報道担当
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7374
E-mail:press_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)
総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1_at_ml.soken.ac.jp(_at_は@に変換してください。)
Journal
The Journal of Physical Chemistry Letters
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Bridging Interfacial Water Structure and Reactivity in Photocatalytic Hydrogen Evolution at TiO2 Interfaces
Article Publication Date
5-Sep-2026