News Release

指定難病の鏡-緒方症候群はRTL1遺伝子の過剰発現で発症する

RTL1が胎児・新生児期の筋肉にだけ発現する理由は?

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Figure 2.  RTL1 protein is co-localized with DESMIN in neonates.

image: Immunofluorecence staining of RTL1 protein in the neonatal forelimb muscles from the mouse with Rtl1 overexpression. Long axis (left) view and cross-sectional views (right) of the muscle fibers. Co-immunostaining with RTL1 (red; arrowheads) and DESMIN (green; arrows) demonstrates that the RTL1 protein exists around the Z-disc in the muscle fiber. DAPI (blue) indicates nucleus. view more 

Credit: Department of Epigenetics,TMDU

 東京医科歯科大学難治疾患研究所エピジェネティクス分野の石野史敏教授の研究グループは東海大学の金児-石野知子教授および国立精神・神経医療研究センターおよび日本医科大学との共同研究で、ゲノムインプリンティング疾患であるテンプル症候群と鏡-緒方症候群における筋肉形態異常がそれぞれRTL1遺伝子の欠損あるいは過剰発現によることをマウスモデルを用いて実証しました。この研究は文部科学省科学研究費助成金ならびに旭硝子財団、上原記念生命科学財団助成金の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学雑誌Developmentに2020年9月2日オンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 鏡-緒方症候群はヒト14番染色体の父親性2倍体により引き起こされるゲノムインプリンティング疾患※1で、羊水過多、胎盤過形成、肋骨形態異常を伴う呼吸不全による新生児致死、腹直筋乖離、重度の精神遅滞などを示す重篤な疾患です。国立成育医療研究センターの緒方部長(現浜松医科大学教授)と鏡室長が命名された疾患で指定難病の一つです。一方、テンプル症候群は母親性2倍体により引き起こされ、成長遅延、筋緊張低下、乳幼児期の摂食困難、思春期の早発を示す疾患であり、これまでに石野史敏教授の研究グループは東海大学、国立成育医療研究センターとの共同研究によりRTL1の過剰発現が鏡-緒方症候群の症状の一つである胎盤過形成に関わることを報告しています。しかし、この疾患の患者に見られる新生児致死は肋骨形態異常と関係した呼吸不全と推測されるものの、その原因は不明であり、治療法も対処療法しかないことが問題でした。

【研究成果の概要】

 本研究グループはRtl1※2欠損マウス、Rtl1過剰発現のマウスがそれぞれテンプル症候群、鏡―緒方症候群と同様の症状を示し、それに関連する筋肉構造の異常をつきとめました。(1)モデルマウスではRtl1領域だけを欠失させています。父親から欠失が伝わるとRtl1 mRNAが発現しないのでRtl1欠損マウスになります。一方、母親から欠失が伝わると、 Rtl1 mRNAを分解する機能を持つ母親性発現ノンコーディングRNA※3 antiRtl1の発現がなくなることで過剰のRtl1 mRNAが蓄積します。(2)Rtl1欠損および過剰発現のどちらもマウス新生児で呼吸に重要な肋間筋、横隔膜、腹壁の筋線維の構造異常(直径が小さくなる、または大きくなる)が生じていました。また組織を固定すると、後者に異常な筋線維の収縮が起こり筋膜から剥離される異常が見られました。(3)Rtl1は筋肉の幹細胞である筋衛星(サテライト)細胞の増殖・分化の制御に関わり、これから分化する筋芽細胞ではRtl1欠損および過剰発現のどちらでも構造の脆弱化が見られました。(4)RTL1タンパク質は筋線維の強化や収縮に関わるデスミンタンパク質と共局在しており、この過程に関係していると思われます。興味深いことに、Rtl1は筋肉では胎児期から新生児期にかけて時期特異的に発現すること、すなわち大人の筋肉には発していないので、この時期の筋肉に特異的な機能を与えていると考えらえます。

【研究成果の意義】

 本研究グループのマウスモデルの研究により、RTL1の過剰発現が鏡-緒方症候群の発症を引き起こす主原因と考えられます。RTL1が発生途中の胎児筋肉に影響を及ぼすこと、呼吸に関係する筋肉組織の異常が呼吸不全による新生児致死の原因と考えられることから、今後はRTL1を標的とした本疾患の新規治療法開発に繋がることが期待されます。一方、RTL1は哺乳類だけが持つ獲得遺伝子で、レトロウイルス様のタンパク質をコードする外来の獲得遺伝子です。この研究は鏡-緒方症候群、テンプル症候群の病態解明のみならず、なぜ哺乳類では胎児・新生児期の筋肉だけにRTL1遺伝子が発現するのかという、おそらく哺乳類の胎生と関係した発生生物学および進化学にも新しい知見を提供するものです。

なぜ赤ちゃんの力は弱いのか? 

母親の胎内で長期間育つ胎児や生まれたての子供で筋力が弱いのは、母親・赤ちゃん双方にとって有利なことなのではないか?このような胎生への適応としてデスミンタンパク質が完全に発揮できないようにセーブするため、RTL1が機能するのではないかという仮説を提唱しています。

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【用語解説】

※1ゲノムインプリンティング疾患:遺伝子は通常どちらの親から由来しても同じように働きますが、哺乳類では一部、片親から由来したときのみ働くインプリント遺伝子(Paternally expressed genes (PEG) とmaternally expressed genes (MEG))があり、そのため父親と母親からそれぞれ受け継いだ染色体は個体発生において異なる機能を担います。このため、稀に一対の染色体が片親から重複して受け継がれた場合(片親性2倍体)などに、ゲノムインプリンティング疾患が発症します。RTL1は別名PEG11と呼ばれる父親性発現遺伝子の一つです。

※2 遺伝子は斜体で表しますが、ヒト(または動物一般)ではRTL1、マウスではRtl1と表記します。一方、タンパク質は動物種によらずRTL1と表記することになっています。

※3ノンコーディングRNA: タンパク質をコードしないmRNAのこと。ただし、AntiRTL1にはRTL1 mRNAを分解するsiRNAが6個含まれています。


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