News Release

同じ型の陶器から無名の職人は区別できるか

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

Figure 3

image: Cross recurrence plots of hand position sequences A. Two trials by the same potter.?B. Two trials by different potters. The light blue regions show when similar hand positions occurred in the two sequences. view more 

Credit: ©2020 Gandon et al.

神戸大学大学院人間発達環境学研究科の野中哲士教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのEnora Gandon博士(考古学)、ディーキン大学のJohn A. Endler名誉教授(生態学)らの学際的な研究チームは、世代をまたいで制作方法が共有される伝統的な定型陶器について、制作した職人を識別可能とする定量的な差があること、また、制作途中の形状および職人の動作にはっきりとした独自性があることを発見しました。

これは、これまで「模倣」や「情報伝達」によって行われると見なされていた文化の伝承に、個人の対応能力や探索の過程など、模倣以上のものが関与することを定量的に示すものです。また、本成果をもとに、作者不詳の考古学遺物群等について、同一作者か、複数の作者の手によるものかの特定ができるようになることが期待されます。

本研究成果は2編の論文として、それぞれ9月22日と10月1日に、科学誌「PLoS ONE」へ掲載されました。

ポイント

  • 定型の伝統的陶器であっても、それを作った個々の職人を識別可能とする定量的な差があった
  • 陶器の形態発生のプロセスには、職人ごとに完成形よりもはるかに大きな変異幅があった
  • 職人の動作には、個人を識別可能な独自の動作系列がそれぞれにあった

研究の内容

人間はさまざまな技術を同じコミュニティや異なる世代へ伝えてきました。古くから伝わるこうした技術のひとつが陶芸です。本研究では、この陶芸という伝承技能のうち、特に大衆向けの定型陶器を制作する無名の職人について、その制作プロセスに浮かび上がる職人の個性を検討しました。

まず、インドのウッタル・プラデーシュ州において、2つの異なるコミュニティ(棒ろくろを使うヒンドゥーコミュニティと蹴ろくろを使うムスリムコミュニティ)の工房で、職人たちが伝統的な定型の陶器をつくる映像を記録し、この映像記録に楕円フーリエ解析と呼ばれる手法を用いて、陶芸制作におけるかたちの発生のプロセスを検討しました(図1)。

その結果、(1)市場で大衆向けに流通している定型の伝統的陶器であっても、それを作った個々の職人を識別可能とする定量的な差があること、(2)同型の陶器がつくられる形態発生のプロセスには、職人ごとに完成形とは比べものにならないほどの大きな変異幅があること(図2)が明らかになりました。

つぎに、ネパールのバクタプルの工房で、伝統的な定型の陶器をつくる映像を同様に記録し、制作プロセスにおける手の動作パターンとその推移を、既存のインドの職人との比較も含めて検討しました。同定された31の手の動作パターンのうち、約半数の動作は異なるコミュニティ間で共通して見られるもので、10の動作はネパールのコミュニティに固有のもの、5つの動作は個人のみに見られるもので、残りは個人の中でも一度しか見られないものでした。さらに動作の時系列での発展パターンを、クロスリカレンス解析と呼ばれる、時系列信号の一対のペア間における共有状態のダイナミクスを定量化する手法で検討したところ、動作の時系列パターンという水準ではそれぞれの職人が区別可能な独自の動作系列を見せることが明らかになりました(図3)。

本研究の意義

本研究により、代々技術の受け継がれてきた伝統的な型の陶器であっても、そのかたちが生まれる過程やかたちを作る職人の動作は実にさまざまであることが明らかになりました。このことから、個々の職人は土の素材の違いやろくろなどの道具の制約の中で、それぞれ独自に定型の陶器を成形する方法を探索してきたことがうかがえます。

従来の文化伝達理論においては、技術の伝播を、「模倣」や「情報の伝達」と見なすさまざまな理論モデルが提唱されてきました。これに対し本研究は、「伝承」された伝統技能に模倣以上のものがあることを定量的に示すものであり、これまでのモデルで見過ごされてきた、個々人が環境を探索し柔軟に対処する能力やその過程に光をあてるものです。これは、技術の伝播を「模倣」と「情報伝達」へと還元してきた既存の理論へ見直しを迫るインパクトを持っています。

また、今回の手法とデータを用いることで、作者不詳の考古学遺物群等について、同一作者か、複数の作者の手によるものかの特定ができるようになる可能性があります。

###

※また、WEBサイト上に陶器写真、記録風景、実際の制作動画などを記載しておりますので、是非ご覧ください: https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2020_10_09_01.html

論文情報

タイトル “Traditional craftspeople are not copycats: Potter idiosyncrasies in vessel morphogenesis” (伝統職人は模倣者ではない:陶芸の形態発生における陶芸家の個性) DOI:10.1371/journal.pone.0239362

著者  Enora Gandon*, Tetsushi Nonaka*, John A. Endler, Thelma Coyle, Reinoud J. Bootsma * 共同筆頭著者

掲載誌PLoS ONE

タイトル “Assessing the influence of culture on craft skills: A quantitative study with expert Nepalese potters” (工芸のわざに対する文化の影響:ネパールの熟練陶工の検討)

DOI: 10.1371/journal.pone.0239139

著者 Enora Gandon, Tetsushi Nonaka, Raphael Sonabend, John A. Endler 掲載誌 PLoS ONE


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.