東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科循環生理解析学分野の笹野哲郎准教授と医学部附属病院検査部の濱田里美臨床検査技師らの研究グループは、循環制御内科学分野の平尾見三教授、難治疾患研究所生体情報薬理学分野の古川哲史教授らとの共同研究で、ソニー株式会社(以下「ソニー」)製の誘電コアグロメーター(実験用試作機)を用いて凝固因子 Xa の活性を簡便に評価する方法を開発しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに東京医科歯科大学-ソニー研究サポートファンドの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Scientific Reports に、2018 年 10 月 31 日午前 10 時(英国時間)にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
血液凝固は、多くの凝固因子が連続的に活性化する、凝固カスケードと呼ばれる反応系によって進みます。凝固カスケードは、内因系・外因系という 2 つの経路で始まり、共通系に合流して進行しますが、凝固因子 Xaは共通系の始まりにある、凝固カスケードの中心的な因子といえます。そのため、凝固因子 Xa の活性を評価することは重要と考えられますが、Xa 活性の測定には合成基質を用いた検査を行う必要があり、簡便な検査法はありません。また、近年は抗凝固薬として Xa 阻害薬が広く使用されています。しかし、その効果を通常の臨床検査で評価することは困難であり、抗 Xa 活性検査を行う必要があります。Xa 活性検査や抗 Xa 活性検査は、臨床の場ではほとんど使用されておらず、Xa 阻害薬を投与する際も、年齢や腎機能といった指標をもとに内服用量を決定します。毎回の血液検査をする必要がなく、安定して効果が得られるのは大きな利点ですが、一部の症例では効果が不安定なこともあり、Xa 阻害薬の薬効の簡便な評価が望ましいこともあります。また、Xa 活性を含む血液凝固能にも個人差があると考えられていますが、凝固能の個人差や、Xa 阻害薬の薬効の個人差を考慮した治療などは行われておりません。
【研究成果の概要】
我々は、ソニーの支援のもと、通常の採血による全血検体から誘電コアグロメーターを用いて、Ca 再加法による血液凝固反応における誘電率変化を計測し、その微分波形から Xa 活性と相関する指標を探索しました。凝固に伴う誘電率変化を微分するとシングルピークの波形を示します。我々は以前、この微分波形が元に戻るまでの点(EAT)が全血凝固能の鋭敏な指標であることを報告しております。今回の研究では、凝固開始からピークに到達する点までの時間(maximum acceleration time, MAT)が合成基質法による Xa 活性と最も高い相関を示すことが明らかになりました(図 1, 2)。次いで、Xa 選択性の異なる 3 種類の抗凝固薬(未分画ヘパリン・低分子ヘパリン・Xa 阻害薬)を血液に加えて誘電コアグロメーターで評価を行うと、誘電率変化の微分波形は薬により異なったパターンを示し、Xa 選択性が高い薬剤では MAT がより延長しました。これらの抗凝固薬を加えた血液サンプルで抗 Xa 活性を測定し、MAT との相関を検討すると、全ての薬剤で抗 Xa 活性と MAT は共通の相関を示しました(図 2)。
以上より、誘電コアグロメーターで得られる指標 MAT は、健常者血液において Xa 活性を評価できること、抗凝固薬を加えた血液において抗 Xa 活性を評価できることが明らかとなり、臨床の場での簡便な Xa 活性評価を可能としました。
【研究成果の意義】
本研究成果により、採血した血液サンプルを誘電コアグロメーターで検査することで、簡便に患者さんの Xa活性と全血凝固能が評価できます。これらの個人差をもとに血栓形成や出血のリスクを考え、内服治療を行うことが期待されます。患者さん個々の状態を精密に評価し、それに基づいてきめ細かく治療を行うことをプレシジョン・メディシン(精密医療)と呼びますが、患者さんの Xa 活性評価を元にした抗凝固療法の適応決定、Xa 阻害薬の薬効の定量評価を元にした抗凝固薬の用量決定など、プレシジョン・メディシンへの応用が期待されます。
【用語の解説】
誘電コアグロメーター : 向かい合った電極の間に血液(全血)を入れ、電場を加えると、血球内の正負のイオンが電場に沿って逆方向に移動し、プラスとマイナスの中心位置がずれる。この現象を誘電分極とよび、加えた電場に対する誘電分極の大きさを誘電率という。血液凝固の初期には、血球(主に赤血球)が凝集および変形するため、血液の誘電率が上昇する。誘電コアグロメーターは、交流電場を連続的に加えて血液の誘電率の変化を経時的に計測して血液凝固を評価する機器である。
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Journal
Scientific Reports