News Release

人間の記憶の理解に役立つコンピュータモデル

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

Computer Model Helps Make Sense of Human Memory

image: An excitatory circuit, μ, comprises a pattern of neurons that are firing (1) or not (0). Local and global inhibitory circuits acted on the excitatory circuit, allowing the circuit to remember a pattern for longer. This artificial network represents memory processes taking place in the hippocampus. view more 

Credit: OIST

脳は、神経回路が重なり合う迷路のようなネットワークで、活動を促進する回路と、抑制する回路が存在しています。 これまで行われてきた研究でもっぱら焦点が当てられてきたのは興奮性回路でしたが、今では抑制性回路も、脳の機能において同様に重要な役割を果たすことがわかってきています。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の深井朋樹教授と理化学研究所脳神経科学研究センターの芳賀達也博士は、脳をモデル化する人工ネットワークを作成し、抑制性回路を操作することが記憶の拡張につながる可能性を示しました。

関連性のない情報を結びつけて記憶に保存する仕組みを連想記憶といいますが、この連想記憶は、同時に入ってきた情報を同じエピソードとして関連づける働きをします。研究チームは、記憶をシミュレーションするため、時系列的な関係性を表すように順番に並べたパターンを使用したところ、モデルに抑制性回路を取り入れると、より長い時間範囲に渉るエピソードを表現するパターンをコンピューターで記憶できることを発見しました。チームは、この発見がどのように人間の脳の理解に応用できるかについて、次のように説明しています。

「このシンプルな情報処理モデルは、脳が一連の順序で与えられた情報をどのように処理するかを示してくれます。ニューロンをコンピューター上でモデル化することで、人間が脳内でどのように記憶を処理しているかを理論的に研究することが可能になるのです。」と、研究を率いた深井朋樹教授(OIST神経情報・脳計算ユニット)は、Physical Review Letters誌に掲載された論文について説明しています。

神経科学の分野では脳を物理的、非生物学的現象の観点から考えることが一般的なアプローチとなっており、物理学から生まれた多くのアイデアが動物実験ですでに実証されています。脳が記憶する仕組みをアトラクターネットワークとして理解することもその一つです。アトラクターネットワークとは、活動パターンを表示して特定の状態に向かう結合したノードの集まりのことで、本研究の基礎となっています。

神経生物学では「同時に発火するニューロンは結合する」という原則が知られています。同時に活動する複数のニューロンが同期すると考えると、人間の脳の経時変化が部分的に説明できるのです。研究チームは、興奮性回路(同時に発火するニューロンのパターン)のモデルを作成し、脳内回路を再現しました。このモデルは、ネットワーク全体に広がる多くの興奮性回路を含んでいます。

この研究において重要なのはモデルに二種類の抑制性回路を挿入したことです。これらの抑制性回路は特定の回路に対して局所的もしくは全体的に作用します。抑制性回路は、不要な信号が興奮性回路を妨害するのを阻止するので、相互に関連する情報を表す興奮性細胞が同時に発火、結合しやすくなります。抑制性回路により、興奮性回路はより長い時間範囲にわたり、パターンを関連付けて記憶することが可能になったのです。

この発見は、海馬(連想記憶に関与する脳の領域)について現在わかっていることと一致しています。 興奮性と抑制性の活動のバランスが、新しい関連性を形成できると考えられるのです。 抑制活性は、海馬の中の記憶で役割を果たすことが知られているアセチルコリンと呼ばれる化学物質によって制御されている可能性があります。 本研究は、記憶プロセスのデジタル版とも言えるモデルを提供しています。

ただし、このアプローチの難点は、シミュレーションにおけるランダムサンプリングの使用です。ネットワークにおける可能なアウトプット、すなわちアトラクター状態の膨大な数は、コンピューターメモリの容量を超えるものです。そこで研究チームは、考えられるすべての組み合わせを系統的に調査するのではなく、選択したアウトプットのみに頼る必要がありました。これにより、モデルの予測を危険に晒すことなく、技術的な困難を克服することができました。

抑制性ニューロンが連想記憶において重要な役割を果たしているという本研究の結果は、私たちの脳にも適用できると期待できます。 深井教授によれば、本研究の計算手法の妥当性を正確に判断するには、さらなる生物学的研究が必要であると言います。シミュレーションのコンポーネントを生物学的な対象物にマッピングすることができれば、海馬と連想記憶のより完全な全体像を構築することが可能になります。

チームの次の段階として、単純なモデルを超えて海馬の生物学的リアリティをよりよく表すパラメーターを追加したモデルに移行し、局所的及び全体的な抑制回路の相対的重要性を研究する予定です。現在のモデルは、0または1のオンまたはオフのニューロンで構成されています。将来のモデルでは、ニューロン間の複雑な信号の伝達経路を制御する樹状突起を含めます。生物学的な脳の解明に向け、このより現実的なモデルはより適切なシミュレーションを可能にするでしょう。

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