News Release

世界初! 液中で原子の動きを観ることができる高速原子間力顕微鏡を開発 鉱物の表面が溶解する様子を原子レベルで捉えた

Peer-Reviewed Publication

Kanazawa University

Figure 1

image: (a) Atomistic model of calcite surface. (b) The dissolution processes of calcite surface in water observed with high-speed FM-AFM. It is observed that the step is moving from lower-right to upper-left. Along the step is also seen the transition region. (c) Averaged height profile measured along the line PQ indicated in (b). The height of a monolayer step is ~0.3 nm, but that of the transition region is smaller. A terrace described in the Figure indicates a flat area at the atomic level on the crystal surface. The upper terrace is higher by one monolayer of CaCO3 than the lower terrace. view more 

Credit: Kanazawa University

【研究の背景】

 カルサイト(方解石,CaCO3)は,地球の最外殻(地殻)に最も豊富に存在する鉱物であり,地球規模での炭素循環システムの中で最大の炭素貯蔵庫として機能しています。したがって,カルサイトの溶解は,大気中の二酸化炭素濃度や海水の酸性度など,地球規模での気候,地形,水性環境に多大な影響を及ぼすことが知られています。特に最近では,大気中の二酸化炭素を地中に貯蔵する二酸化炭素貯留技術における重要性から,カルサイトの溶解機構には大きな注目が集まっています。このような大規模かつ長期的な現象を高精度に予測するためには,カルサイトの溶解機構を正確に原子レベルで理解することが望まれます。カルサイトの結晶(図1a)を水中に浸漬すると,水に接した表面に約0.3 nmの高さを持つ単分子ステップが形成され,そのステップから原子が次々に溶液中に脱離し,結晶の溶解が進みます。したがって,このステップ近傍における原子レベルの挙動を理解することが,溶解過程の根本的な理解につながります。しかしながら,従来の計測技術では溶解によって高速に移動し続けるステップの近傍において,原子レベルの構造変化を直接観察することは困難でした。そのために,カルサイトをはじめとする数多くの結晶の成長・溶解機構は原子レベルでは未解明の点を多く残しています。

AFMは,液中で絶縁体の表面形状をナノレベルの分解能で観察できるという他に類を見ない特長を持っています。そのため,上記の問題を解決できる可能性が最も期待される計測技術です。しかし,従来のAFMでは,分解能もしくは速度のいずれかが不足していたために,上記の問題の解決には至らず,原子の動きを見ることはできませんでした。

【研究成果の概要】  

本研究グループでは,液中で原子分解能観察が可能なFM-AFMの動作速度を飛躍的に向上させるための技術開発を長年にわたって進めてきました。その結果,従来1分/フレーム程度であった観察速度を1秒/フレーム程度まで高速化することに成功しました。この新たに開発した高速FM-AFMを用いて,水中におけるカルサイト表面の溶解過程を観察し,ステップ近傍における原子レベルの構造変化を直接観察することに世界で初めて成功しました。さらに,得られたFM-AFM像から,ステップに沿って幅数nmの遷移領域が,溶解過程における中間状態として形成されることを発見しました(図1b)。この遷移領域の形成は,過去の研究でも全く予見されておらず,今回の高速FM-AFM観察によって初めて発見された新しい現象です。

 さらに,この遷移領域の起源と溶解機構を解明するために,密度汎関数法を用いた第一原理計算と古典的分子動力学法を用いたシミュレーションにより,さまざまな遷移領域モデルの妥当性を検討しました(図2)。その結果,遷移領域はカルサイトが溶解する過程で中間状態として形成されるCa(OH)2膜である可能性が非常に高いことが分かりました。この結果を踏まえ,本研究グループは以下のような原子レベルの溶解機構を提案しました(図3)。

    ① ステップで水の分解が生じ,表面に束縛されたCaOH+と遊離 が生成される。

    ② が分解され,表面に吸着したCa(OH)2と遊離CO2が生成される。

    ③ この繰り返しにより,ステップにCa(OH)2単層膜から成る遷移領域が形成される。

    ④ 遷移領域の端部では,ステップからの距離が離れるにしたがって,表面に吸着したCa(OH)2の安定性が低下し,ある程度の距離(典型的には数nm)離れると脱離する。

これほど直接的な実験的証拠に基づいて原子レベルの溶解過程が提案された例はこれまでにありません。また,カルサイトに関して遷移領域の形成を考慮した溶解機構を提案したのもこれが初めてです。したがって,本研究により,カルサイトの溶解機構の原子レベルでの理解を大きく進展させることができました。

【今後の展開】

 カルサイトの溶解過程に関する原子レベルでの詳細な理解が得られたことにより,これまで巨視的な溶解過程のシミュレーションに用いられてきた経験的パラメータが持つ物理的意味を根本的に理解することができます。これにより,自然界でのさまざまな溶液環境中における溶解挙動を正確に予測することが可能となり,将来的には大規模な炭素循環の予測精度向上にも貢献できるものと期待されます。また,本研究で開発した高速FM-AFMは,カルサイトの溶解過程だけでなく,さまざまな鉱物,有機分子,生体分子の結晶成長・溶解,自己組織化,さらには金属腐食,触媒反応などの幅広い固液界面現象の原子スケール観察に用いることができます。これらのいずれの現象に対しても,従来原子レベルで直接観察する手段はなかったため,この技術によってさまざまな未知の現象が発見されるものと期待されます。

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