News Release

筋肉に胎児期の位置記憶が存在することを発見

筋疾患の病態メカニズムと再生医療開発に新たな視座

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

筋再生

image: 筋幹細胞は必要に応じて増殖し筋繊維を新たに生み出す view more 

Credit: Associate Professor Yusuke Ono

熊本大学の研究者グループは、全身に隈なく分布する筋肉と、その再生を担う筋幹細胞は、身体の中での位置情報の記憶を保持していることを共同研究により発見しました。この位置記憶は、胎児期に手足などのからだの形作りに働くホメオボックス(Hox)遺伝子群の発現パターンに基づくことがわかりました。本研究成果から、筋肉の脆弱化する位置が型によって異なる筋ジストロフィーなどの筋疾患の病態解明の手掛かりを得るとともに、位置記憶を応用した再生医療の開発に役立つことが期待できます。

全身に分布する骨格筋の大きさや形状は解剖学的に多様であり、またその機能も身体動作のみならず、姿勢維持、呼吸、咀嚼、嚥下、表情表出等と多岐にわたります。一方で、難治性筋疾患である筋ジストロフィーにはさまざまな病型が存在し、身体内で症状が表出する位置は病型毎に異なることが知られています。たとえば顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、疾患名の通り、主に顔面・肩甲帯・上腕の部位が脆弱になっていきます。また、サルコペニアとよばれる加齢による筋脆弱化も、全身を通して均一には起こりません。これらの筋疾患の身体位置による症状は、筋線維タイプの違いや身体活動様式だけでは説明できないことから、それぞれの病態解明に向けた新たな視座を必要としています。

身体を構成する骨格筋のルーツを遡ると、咀嚼筋など頭部筋の多くは頭部中胚葉由来、前脛骨筋などの四肢筋は体節由来といったように、胎児期の段階で筋肉の基となる細胞の発生起源が異なっています。また、胎児期における四肢筋と頭部筋の発生には、発生起源に応じた特有の分子機構が関与することがわかっています。一方、出生後、成熟した骨格筋の身体位置による性質の違いについては、これまで十分に議論されていませんでした。そこで今回、熊本大学の研究グループは、骨格筋とその再生を担う筋幹細胞のエピゲノム状態や遺伝子発現パターンを調べることで、身体の位置情報を可視化することに取り組みました。

成体マウスの頭部と後肢から単離した骨格筋およびそれに付随する筋幹細胞を用いて、DNAメチローム解析によりエピゲノムレベルでの位置特異性を調べました。その結果、ホメオボックス(Hox)の遺伝子座におけるDNAメチル化状態に特徴的な差がみられました。AからDの4つの領域のうち、頭部と比べて、後肢の骨格筋と筋幹細胞では、特にHox-A遺伝子座が全体的にDNA高メチル化状態になっていたほか、後肢の骨格筋と筋幹細胞ではともにHox-A遺伝子が高発現していることが確認できました。また、これらのHox-A遺伝子の多くは、胎児期での発現パターンを反映していました。以上のことから、骨格筋や筋幹細胞は胎児期の位置情報を記憶しており、位置記憶にはDNAメチル化によるエピゲノム制御が関与している可能性が示唆されました。

続いて、Hox-A遺伝子のうち、頭部筋では全く発現せず、全ての四肢筋でのみ高発現がみられたHoxa10遺伝子に絞って、詳細な解析を行いました。マウスからHoxa10を発現する後肢由来の筋幹細胞を単離し、Hoxa10を発現しない頭部筋へ移植したところ、頭部筋にHoxa10遺伝子の発現が検出されるようになりました。つまり、後肢由来の筋幹細胞は異所性に移植しても位置記憶を強力に保持したまま頭部筋に生着したことを示しています。

次に、筋幹細胞特異的に Hoxa10 遺伝子を欠損するマウスを作成し、Hoxa10の機能を解析しました。その結果、Hoxa10 欠損により後肢筋の再生は著しく障害される一方、頭部筋の再生には全く影響を与えませんでした。後肢筋の再生障害のメカニズムを詳細に調べた結果、筋幹細胞の分裂の際に生じる染色体分配異常によるゲノム不安定性に起因することを突き止めました。さらに、ヒト頭部筋および下肢筋の筋幹細胞を用いて解析したところ、下肢筋のみ HOX-A 遺伝子を発現し、HOXA10 遺伝子の機能を阻害すると細胞分裂異常がみられることから、マウスと同様にヒトの細胞においても位置記憶を保持していることを確認しました。

以上の結果から、位置特異的な Hox 遺伝子発現分布を基盤とした筋幹細胞の位置記憶は、単なる胎児期からの残存ではなく骨格筋の身体の位置に応じた性質を決定している可能性が示唆されました。

研究を主導した小野悠介准教授は次のようにコメントしています。

「今後、本研究で明らかになった筋幹細胞の位置記憶の機能的な側面から、筋ジストロフィーを含む様々な筋疾患でみられる症状の身体位置特異性のメカニズム解明につながることが期待されます。また、採取した位置とは異なる位置に移植する異所性移植実験により、筋幹細胞は位置記憶を維持した状態で生着し筋再生することがわかりました。見方を変えると、異所性移植により再生した骨格筋は,本来の位置情報を持たないため正常な機能が損なわれる可能性があります。近年、iPS細胞からさまざまな組織前駆細胞への分化誘導や大量培養技術の開発が急速に進んでいますが、誘導した前駆細胞の位置情報は考慮されていません。今後本研究グループは、細胞の位置記憶を人為的に制御すること、あるいは位置記憶が刻まれた細胞の性質を適材適所に活用することで筋疾患に対する再生治療応用に展開していきます。」

本研究成果は、科学誌「Science Advances」に令和3年6月9日に掲載されました。

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Source: Yoshioka, K., Nagahisa, H., Miura, F., Araki, H., Kamei, Y., Kitajima, Y., ... Ono, Y. (2021). Hoxa10 mediates positional memory to govern stem cell function in adult skeletal muscle. Science Advances, 7(24), eabd7924. doi:10.1126/sciadv.abd7924


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