News Release

電気刺激で電子伝導性と白色発光を同時に示す物質を発見

- リング状炭化水素とヨウ素を混ぜ、電気をかけるだけ -

Peer-Reviewed Publication

Institute of Transformative Bio-Molecules (ITbM), Nagoya University

Electric-Stimuli-Responsive Porous Carbon Nanorings with Iodine

image: An electric stimulus induces the hydrocarbon nanoring cycloparaphenylene (CPP)-iodine assembly to show electronic conductivity and white light emission. view more 

Credit: ITbM, Nagoya University

 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎(いたみ けんいちろう)研究総括(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)拠点長/大学院理学研究科 教授)、尾崎 仁亮(おざき のりあき) 研究員(名古屋大学大学院 理学研究科 研究員)、坂本 裕俊(さかもと ひろとし)分子集積グループリーダー(名古屋大学大学院理学研究科 特任助教)、名古屋大学ITbMの土方 優(ひじかた ゆう)特任助教、ステファン・イレ前ITbM教授、信州大学の藤森 利彦(ふじもり としひこ)准教授らの研究グループは、ベンゼン環を環状につなげた化合物であるカーボンナノリング注1)分子の空間内にヨウ素を閉じ込めた複合体を合成し、この複合体に電気刺激を加えることで、電子伝導性および白色発光という、従来の有機材料では得ることが難しかった2つの機能を同時に発現させることに成功しました。

 電圧や光などの刺激に応答して性質が変化する刺激応答性機能物質は、記録素子や人工筋肉など、多岐に渡る応用が期待されていますが、刺激応答性と機能性の両方の発現を思い通りにコントロールすることが難しく、こうした材料の合成は容易ではありませんでした。研究グループは、まずカーボンナノリング分子集合体が電気刺激に応答することを発見しました。さらにこのリング内の空間に機能性分子を導入すれば、電圧や光などの刺激に応答した機能性発現が可能になると考えました。検討の結果、カーボンナノリング分子−ヨウ素の複合体を合成し、電気刺激を加えることにより電子伝導性および白色発光を発現することを見いだしました。本発見は、刺激応答性の構造体に、機能性分子を閉じ込めるという簡単な合成手法に基づくものであり、今後、この手法を応用することで、さらに多様な刺激応答性機能材料の発見につながると期待されます。

 この研究成果は、ドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン公開されました。

【本研究のポイント】

    ■ カーボンナノリング内の空間にヨウ素を閉じ込めた複合体を合成した。ヨウ素はカーボンナノリング内でリングの直径に応じた特異的な分子配列をとることを明らかにした。

    ■ この複合体に電圧をかけると、ヨウ素は鎖状構造に変化し、電子伝導性と白色発光を示した。従来の有機材料では得ることが難しかった2つの機能を同時に発現させることに成功した。

    ■ 刺激応答性の分子空間に機能性分子を閉じ込めるという簡単な手法は、今後、さらに多様で魅力的な刺激応答性機能材料の発見につながると期待される。

【研究の背景と内容】  

刺激応答性機能物質は、電圧や光といった刺激に応答して性質が変化し、その変化により特定の機能性を示します。これらは、すでにコンピューターのメモリなどに用いられる一方、人工筋肉やドラッグデリバリーシステム注2)など、多岐に渡る応用が期待されています。しかし、このような物質を狙い通りに合成することは必ずしも容易ではなく、さらなる高機能・新機能物質の開発のためには、より簡単な合成手法の確立が必要です。これまでに合成された刺激応答性機能物質の多くは、刺激に応答する物質と機能性をもつ物質を、分子レベルで上手に並べることで実現されてきました。しかし、その「並び方」を思い通りにコントロールするための普遍的な方法は確立されていません。そこで、研究グループは、刺激応答性を示す分子が「ナノ空間」をもっていれば、その空間内に機能性分子を効率的に並べることができ、刺激応答性と機能性の両方を発現させることができると考えました。

 研究グループは、「ナノ空間」をもつ分子として、カーボンナノリング分子である[n]シクロパラフェニレン([n]CPP)を用いました。CPPは固体状態でベンゼン環数nに応じて均一な「ナノ空間」を形成し、その空間の大きさに合う分子を取り込む性質をもっています。研究グループは、まずCPPが固体状態で、電気刺激に応答して構造を変化させることを発見しました。さらに、ヨウ素をCPPの「ナノ空間」内に閉じ込めた複合体を合成したところ、電気刺激に応じて、カーボンナノリング−ヨウ素複合体([n]CPP-I)が電子伝導性および白色発光を同時に示すという、これまでにない刺激応答による機能発現を見いだしました。

 [n]CPP-Iは、CPPとヨウ素をクロロホルムに溶かしたのちに乾燥させるという非常に簡単な操作により合成しました。[n]CPP-Iについて、単結晶X線構造解析を行うと、CPPの形成する「ナノ空間」内に、ヨウ素分子(I2)が空間の大きさに応じた特異的な並び方で閉じ込められていることが明らかになり、ヨウ素とCPPのナノスケールでの複合化に成功したことを確認しました。また、結晶構造の電子密度解析と分子運動のシミュレーションから、特にベンゼン環を10個もつ[10]CPP-Iにおいて、ヨウ素分子の動きが大きく、ヨウ素分子は[10]CPPの「ナノ空間」内で、環境の変化に最も敏感に応答できる可能性が示唆されました。

 そこで、[10]CPP-Iに直流電圧500 mVを加えると、試料の電気の流れやすさに大きな変化が観測されました。交流伝導度測定によると、電圧を加える前の試料の抵抗は2.2 × 108 オームセンチメートル(Ω cm)という値を示しましたが、150分間直流電圧を加えた後には、抵抗は5.8 × 105 オームセンチメートル(Ω cm)の値を示し、電気抵抗が3桁近く減少することを観測しました。すなわち、1000倍のオーダーで電気が流れやすくなり、[10]CPP-Iは新たな有機伝導体注4)としての機能をもったともいえます。同様の検討を[9]CPP-Iおよび[12]CPP-Iについても行いましたが、電圧を加えることによる抵抗値の変化は[10]CPP-Iに比べてはるかに小さいものでした。このスイッチング現象は、CPPナノ空間内でのヨウ素分子の動きやすさと関連していると考えられます。

 観測された導電性の発現の起源を調べるため、X線吸収端スペクトル測定注5)、ラマン分光測定注6)、X線回折測定注7)を行うと、CPP集合体の「ナノ空間」内で、ヨウ素分子は連結し、陰イオン性の鎖状構造に変化していることがわかりました。ヨウ素の鎖は電子を伝導することが知られており、[10]CPP-Iに電気が流れやすくなったのは、この鎖状構造の形成に起因すると考えられます。

 また、[10]CPP-I複合体の電子構造を調べるため、蛍光スペクトルを測定しました。電圧を加える前は、青緑領域に[10]CPPからの発光ピークが観測されましたが、電圧を加えながら蛍光スペクトルの測定を行うと、時間が経つにつれて発光ピークの幅が広がり、最終状態では、ほぼ可視光領域全体に渡る発光が観測されました。この過程を写真で撮影すると、青緑色発光から白色発光に変化する様子が観測されました。これは、規則的に並んでいた中性のヨウ素分子I2が、電圧により陰イオン性のヨウ素鎖に変化し、ランダムに並ぶようになることで、「入れ物」であるCPP中の個々の電子のエネルギーが様々な値に変化したためであると考えられます。このような、単一組成の物質系からなる白色発光材料注8)は珍しく、次世代の照明装置などへの応用が期待されます。

【成果の意義】  

本研究では、「刺激に応答するナノ空間材料に機能性分子を閉じ込める」という方法で、カーボンナノリング−ヨウ素複合体を新たに合成し、電子伝導性および白色発光という、従来の有機材料では得ることが難しかった魅力的な機能を、電気刺激を与えることで同時に発現させることに成功しました。さらに、カーボンナノリングの直径を変えることにより、電気刺激への応答性も制御できることを明らかにしました。本研究で実践された合成手法は、電気刺激のみならず、光や熱、pHといった他の刺激に応答する材料を合成することにも応用可能であり、今後、この手法を応用することで、さらに多様な刺激応答性機能材料の発見につながると期待されます。  

【付記】

放射光測定実験は以下の施設にて行いました。

粉末X線回折測定は、SPring-8(スプリングエイト)注9)のビームラインBL02B2にて一次元半導体X線検出器を用いて測定を行い、さらに、科学技術交流財団あいちシンクロトロン光センター注10)のビームラインBL5S2にて4連装二次元半導体検出器を用いて測定を行いました。X線吸収端スペクトル測定は、あいちシンクロトロン光センターのビームラインBL5S1にて行いました。

交流伝導度測定は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォームに参画する東京大学微細構造解析プラットフォームの支援を受けて実施されました。

【用語解説】

注1:カーボンナノリング

複数のベンゼンが環状につながった分子。本分子は、Jasti、伊丹、山子らのグループによって合成され、その特異的な物理化学的特性や、吸着挙動についての検討がなされてきている。

注2:ドラッグデリバリーシステム

体内に取り込まれた薬物は血液に乗って全身に広がるが、その薬物の量的・空間的・時間的な広がり方を、物理・化学・生理的にコントロールする手法。これにより、ターゲットとする患部にピンポイントで効率よく薬物の効能を発揮させることができる。

注3:ナノポーラス固体

ナノサイズの穴(細孔)の空いた構造をもつ固体材料。物質の吸着や、細孔内部での物質の特異的挙動の観測など、多岐に渡る研究に用いられている。活性炭やゼオライト、金属−有機物骨格(MOF)などが代表的な物質である。

注4:有機伝導体

電子を伝導できるものは金属に代表される無機固体がほとんどであったが、1950年頃より電子を伝導することができる有機物が合成、報告されるようになった。無機固体に比べて柔軟性、軽量性、加工性が高いことから、ウェアラブルデバイスなどへの応用が期待されている。

注5:X線吸収端(XANES)スペクトル測定

物質にさまざまなエネルギーのX線を照射し、物質がどのエネルギーのX線を吸収しやすいかを表したもの。X線吸収原子の電子状態を知ることができるため、物質中での原子間の結合状態を調べることなどに使われる。

注6:ラマン分光測定

レーザー光を試料に当て、試料によって散乱された光の波長分布と強度を解析することにより、分子の構造や結合に関する情報を得る方法。

注7:X線回折測定

物質の構造を調べる方法。X線を試料に照射し、試料によって散乱・回折されたX線の方向と強度を測定する。回折されたX線は試料の規則構造を反映しているので、これを解析することで、試料の結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定することができる。

注8:白色発光材料

照明などに使われている白色光は、通常、複数の発光色素を混ぜて白色にしている。単一材料からなる白色発光材料は、加工性の高さなどから、次世代の発光材料として注目を集めている。

注9:SPring-8(スプリングエイト)

兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の大型放射光施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

注10:あいちシンクロトロン光センター

愛知県瀬戸市にあるシンクロトロン放射光施設。東海地区における利便性の高い放射光施設として、産学問わず幅広い領域に渡って、研究・開発が行われている。

【掲載雑誌、論文名、著者】

掲載雑誌: Angewandte Chemie International Edition

論文名: Electrically-Activated Conductivity and White Light Emission of a Hydrocarbon Nanoring-Iodine Assembly

(電気刺激による炭化水素ナノリング―ヨウ素複合体の電気伝導性と白色発光の発現)

著者: Noriaki Ozaki, Hirotoshi Sakamoto, Taishi Nishihara, Toshihiko Fujimori, Yuh Hijikata, Ryuto Kimura, Stephan Irle, and Kenichiro Itami (尾崎 仁亮(おざき のりあき)、坂本 裕俊(さかもと ひろとし)、西原 大志(にしはら たいし)、藤森 利彦(ふじもり としひこ)、土方 優(ひじかた ゆう)、木村 瑠杜(きむら りゅうと)、ステファン イレ、伊丹 健一郎(いたみ けんいちろう))

DOI: 10.1002/anie.201703648  

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト:「伊丹分子ナノカーボンプロジェクト」(JPMJER1302)

研究総括:伊丹 健一郎(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長/名古屋大学大学院理学研究科 教授)

研究期間:平成25年10月〜平成31年3月

【本件お問い合わせ先】

JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト

ホームページ: http://www.jst.go.jp/erato/itami/j_index.html

<研究内容>

伊丹 健一郎(いたみ けんいちろう)

JST-ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長

名古屋大学 大学院理学研究科 教授

Tel: 052-788-6098 Fax: 052-788-6098

E-mail: itami@chem.nagoya-u.ac.jp

坂本 裕俊(さかもと ひろとし)

JST-ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 分子集積グループリーダー

名古屋大学 大学院理学研究科 特任助教

Tel: 052-789-5916 Fax: 052-789-5916

E-mail: sakamotoh@nagoya-u.jp

尾崎 仁亮(おざき のりあき)

JST-ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究員

名古屋大学 大学院理学研究科 研究員

Tel: 052-789-5916 Fax: 052-789-5916

E-mail: ozaki.noriaki@k.mbox.nagoya-u.ac.jp

<JST事業に関すること>

大山 健志(おおやま たけし)

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町

Tel:03-3512-3528 Fax: 03-3222-2068

E-mail: eratowww@jst.go.jp

<報道対応>

三浦 亜季(みうら あき)

JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究推進主任

Tel/Fax: 052-789-5916

E-mail: miura.aki@nagoya-u.jp

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