東京医科歯科大学難治疾患研究所分子遺伝分野の三木義男教授らの研究グループは、ハーバード大学医学大学院ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンターのWenyi Wei教授、同大学ダナ・ファーバー癌研究所のGordon J. Freeman教授、Piotr Sicinski教授、国立がん研究センター研究所の尾野雅哉博士との共同研究によって、PD-L1が乳癌をはじめとする様々な癌細胞の核内にて免疫応答や炎症反応に関わる遺伝子の転写誘導を制御していることを明らかにし、その制御機構をつきとめました。また、マウスを用いた解析により、PD-L1の核内移行制御を標的とした阻害剤の投与が抗PD-1抗体による抗腫瘍効果を増強させることを明らかにしました。この研究は文部科学省の科学研究費補助金や日本学術振興会人材育成事業、早石修記念海外留学助成のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Nature Cell Biology 誌に2020年8月24日にオンライン版で発表されました。また、本研究は雑誌内のnews&viewsに取り上げられました。
【研究の背景】
癌細胞は免疫チェックポイント分子とそのリガンドの結合を介して、免疫細胞に免疫抑制シグナルを伝達することで免疫細胞の増殖・活性化を抑制し、その結果として、免疫系による排除機構から回避し、生体内での増殖を可能とします。免疫チェックポイントタンパク質PD-L1は癌細胞上に発現し、免疫細胞に発現するPD-1のリガンドとして免疫抑制シグナルを伝達します。PD-1やPD-L1に対する抗体薬によってこれらの分子の機能を抑制するというアプローチは、癌細胞による免疫細胞への機能抑制の解除を促し、癌細胞の排除につながることが様々な研究結果によって示されています。しかし、このような免疫チェックポイントを標的とした単剤での治療成績には限界がみとめられていることから、現在では抗PD-1/PD-L1抗体と細胞障害性抗がん薬や分子標的薬との併用療法による臨床試験が進められています。また、PD-1/PD-L1を標的とした抗体薬の抗腫瘍効果は他の免疫チェックポイント分子を標的としたものと比べ有効性が高いことから、本研究グループはPD-L1が“PD-1のリガンド”としての機能以外にも何らかの別の機能を有しているのではないかと考え、PD-L1の癌細胞内での機能に焦点をあて解析を進めました。
【研究成果の概要】
ユビキチン化やアセチル化などによるリジン残基の翻訳後修飾は、蛋白質の発現調節や細胞内の局在制御に関与します。PD-L1はユビキチン化による発現制御を受けることが報告されており、PD-L1の細胞内ドメイン内には5つのリジン残基が存在することから、本研究グループはPD-L1がアセチル化修飾を受けるのではないかと仮説を立て、その検証を行いました。その結果、PD-L1はp300によるアセチル化とHDAC2による脱アセチル化によって263番目のリジン残基のアセチル化が制御されていることを見出しました。また、細胞分画法による解析より、癌細胞に限らず様々な細胞でPD-L1の核内での発現が認められ、HDAC2阻害剤の添加によってPD-L1の核内移行が抑制されることが明らかとなりました。更に、核内に発現するPD-L1のアセチル化レベルは細胞膜上に発現するPD-L1に比べ低いことから、細胞膜上に発現するPD-L1はHDAC2による脱アセチル化が引き金となり核内へと局在を変えることが示唆されました。
PD-L1の核内移行の分子機構はこれまでにほとんど明らかになっていなかったため、質量分析解析を行い、新規PD-L1会合蛋白としてエンドサイトーシスに関わるClathrinやAdaptin分子、細胞内蛋白輸送を促す分子であるVimentin、核内移行の制御因子であるImportin ファミリー分子を同定しました。そして、PD-L1は脱アセチル化された細胞内ドメインを介してこれらの細胞内輸送・局在制御因子と結合し、細胞膜上からエンドサイトーシス・細胞質輸送、そして核内へと局在を変えることを明らかにしました (図1)。
続いて、核内でのPD-L1の機能を明らかにする為に、PD-L1ノックアウト細胞を用いて、PD-L1の存在の有無によって発現が変動する遺伝子群の探索を試みました。その結果、免疫応答に関与する遺伝子群、NF-Bパスウェイ関連遺伝子、インターフェロンパスウェイ関連遺伝子などの免疫応答に関与する遺伝子群がPD-L1による発現誘導を受けることが明らかとなりました (図2)。また、培養細胞を用いた実験下において、PD-L1自身がDNAへの結合能を持つことが明らかとなったことから、PD-L1は核内において直接、これらの遺伝子群の発現制御に関わっていることが示唆されました。
また、マウスを用いた解析では、HDAC2阻害剤を抗PD-1治療薬と共に投与することで、抗PD-1治療薬による抗腫瘍効果の増強が認められました。このことから、PD-L1の脱アセチル化酵素の阻害剤は抗PD-1治療薬との併用療法に有効であることが示唆されました (図3)。
【研究成果の意義】
本研究によって、細胞膜上に発現していると考えられていたPD-L1が、細胞質ドメインのリジン残基の脱アセチル化によって、様々な細胞内局在の制御因子との会合を可能とし、その結果、核内へと移行することを明らかにしました。そして、核内に移行したPD-L1はDNAに直接結合し、免疫応答や炎症に関わる遺伝子の転写誘導を制御していることを世界に先駆けて明らかにしました。この核内での機能はPD-L1が癌微小環境の形成に関わっていることを示唆していると考えられます。また、マウスを用いた解析により、HDAC2阻害剤による核内移行の阻害は、抗PD-1治療薬による抗腫瘍効果を増強させることが明らかとなりました。このことから、PD-L1の局在制御を標的とした阻害剤が抗PD-1治療薬との併用治療の新たな選択肢となることが期待できます。
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【用語解説】
※1免疫チェックポイント:免疫細胞が自己の細胞に対する免疫応答を抑制するための仕組みで、過剰な免疫反応を抑制するために存在している。癌細胞はこの仕組み利用し、免疫系からの攻撃を回避し増自律的殖を可能としている。
※2 リジン: アミノ酸の一種。蛋白質は生合成された後、糖鎖付加、脂質付加、ユビキチン化、メチル化、アセチル化、リン酸化などの翻訳後修飾され、これらの修飾によって蛋白質の機能や活性が調節されている。リジンはその構造からリジン残基は、アセチル化やユビキチン化、SUMO化によって修飾されることが知られている。
Journal
Nature Cell Biology