東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科国際健康推進医学分野の藤原武男教授と松山祐輔助教らの研究グループは、ハーバード大学、東京大学、岩手医科大学、福島リハビリテーションセンターとの共同研究で、東日本大震災に被災し家屋が全壊または流出した子どもは、未来の大きな利益よりも目先の小さな利益を選ぶ傾向が高いことを明らかにしました。この研究は厚生労働科学研究費補助金、文部科学省科学研究費補助金、明治安田こころの健康財団の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌PLOSONE(プロスワン)に、2020年12月30日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
目先の小さな利益と未来の大きな利益のどちらを好むか(時間選好性といいます)は将来の健康状態や教育歴などを予測することが知られています。時間選好性は環境により変化することが報告されています。自然災害などのトラウマ体験が子どもの時間選好性にどのような影響を与えるかは明らかではありませんでした。そこで本研究は、東日本大震災の被害と子どもの時間選好性の関係を明らかにすることを目的としました。
【研究成果の概要】
本研究は、東日本大震災当時に宮城県、岩手県、福島県の保育園に通っており、園の協力が得られた167名の子どもを対象に実施されました(被災時平均年齢: 4.8歳)。2014年に研究参加者の時間選好性をtime-investment exercise法で測定しました。参加者はコインを5枚渡され、コイン1枚につき1個のキャンディをいまもらうか、コイン1枚につき2個のキャンディを1ヶ月後にもらうか選びました。つまり、「いま」にコインを多く置くほど、目先の小さな利益を好む傾向が大きいといえます。子どもの年齢、性別、母親の教育歴、震災前の経済状況の影響を考慮した解析の結果、統計的に有意ではなかったものの、家屋が全壊または流出した子どもは、家屋の被害がなかった子どもに比べて、「いま」にコインを0.535枚(95%信頼区間: -0.012, 1.081)多く置いていました(図1)。その他の震災によるトラウマ体験(保護者との分離、親戚や友人が亡くなった、津波を目撃した、火災を目撃した、津波で流される人を目撃した、遺体を目撃した)は時間選好性との関連はみられませんでした(図1)。
【研究成果の意義】
東日本大震災に被災した子どもには、うつや肥満などの健康問題や問題行動が報告されています。本研究は震災の被害が子どもの時間選好性に影響を与えたことを示唆する初めての研究です。震災で環境が変化したことにより、将来に対する不確実性を感じ、目先の小さな利益を選んでしまうことが考えられます。東日本大震災から10年が経とうとするなか、被災したことの影響を多面的に評価していくことが求められます。
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