News Release

なぜ私たちの脳は学習や記憶をすることができるのか

海馬興奮性シナプスにおける長期増強/長期抑制発現ણ

Peer-Reviewed Publication

Toyohashi University of Technology (TUT)

Transport System

image: AMPAR transport system in postsynapse reproducing LPT/LTD of hippocampal excitatory neurons view more 

Credit: COPYRIGHT (C) TOYOHASHI UNIVERSITY OF TECHNOLOGY. ALL RIGHTS RESERVED.

<詳細> 海馬興奮性ニューロンのシナプスにおけるNMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR) (注2)依存長期増強(LTP)および長期抑制(LTD)は、学習や記憶に関わる神経回路形成に不可欠な分子基盤であると考えられています。哺乳類においては、LTPおよびLTD誘導の主要な要因は、カルシウムイオン量に応じたシナプス後膜でのAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)の増加および減少に帰着することが確かめられています。しかしながら、その増減の機序は未だに解明されていません。さらに、シナプス後膜へのAMPAR輸送経路に関しても、主要な経路を巡る以下の論争があります。

 Pennらは、シナプス後膜以外の領域(例えば樹状突起シャフト)からシナプス後膜へ向かうAMPARの長距離側方拡散が、LTPにおける主要なAMPAR供給経路である事を示し[1]、近年では長距離側方拡散経路が最も有力な候補として考えられる様になりました。ところが一方、WangらはミオシンVb分子モーターによるAMPAR含有再循環エンドソームの能動的輸送の重要性を示し[2]、またWuらは、LTP 発現中にAMPAR含有再循環エンドソームのエキソサイトーシスが起きることを観測しました[3]。これらの研究により、再循環エンドソーム経路におけるAMPAR供給素過程がより具体化されました。現在、どちらのAMPAR輸送経路が主経路であるのかまだ確定していませんが、この主経路論争は基本的にLTP誘導に関するものであるため、LTD誘導を含めて矛盾無く説明できることが望ましいと考えられてきました。

 墨准教授と原田助教はLTP/LTDを統一的に説明するため、シナプス後膜へのAMPAR供給経路として、ミオシンVb分子モーターによるAMPAR含有再循環エンドソームの「能動的」輸送を以下の4つのプロセスとしてモデル化しました(図1)。

  • AMPARを構成するサブユニットGluA1とGkuA2のリン酸化/脱リン酸化を制御するAKAP150シグナル伝達複合体(図1左上)
  • カルシウム結合タンパク質PICK1によるAMPARの細胞質へのエンドサイトーシス(図1右上)
  • AMPAR含有再循環エンドソームのミオシンVbによるシナプス後膜方向への定常的能動輸送(図1右下)
  • Syt1/7によるエキソサイトーシスによるAMPARのシナプス後膜周辺への取り込み(図1左下)

これらに基づく後シナプスモデルを用いたシミュレーションを実行し、実験で観測されているLTPおよびLTD誘導に対応するAMPAR数の時間変化を再現することに成功しました(図2右下)。加えて、ミオシンVb輸送の阻害によるLTP誘導の減少、PP2BによるAMPARの脱リン酸化反応率の低下によるLTD誘導の減少、PICK1発現量の減少によるLTPおよびLTD誘導の減少、並びにSyt1カルシウム結合ドメイン変異体におけるLTP誘導の減少等、報告されている観測結果を定性的に再現できることを示し、モデルの妥当性を実証しました。本シミュレーションから導かれた結論は以下の通りです。

  1. LTP(LTD)の発現は、Syt1/7活性化によるエキソサイトーシスがPICK1活性化によるエンドサイトーシスより優位(劣位)になり、シナプス後膜上AMPAR数が増加(減少)することに起因する。
  2. カルシウムセンサPICK1およびSyt1のカルシウム依存活性化の差は、これらのカルシウム結合定数の違いに帰着する。
  3. ミオシンVbはカルシウム濃度に依存しない定常的なATP駆動輸送により、AMPAR含有再循環エンドソームをシナプス後膜周辺方向へ運搬している。
  4. その結果として、次回のSyt1依存エキソサイトーシスに即時対応できるように、再循環エンドソームは細胞膜上で待機しており、迅速なLTP誘導を可能にしている。
  5. エキソサイトーシスによってシナプス後膜周辺へ取り込まれたAMPARは、側方拡散によりシナプス膜へ即座に再配置する。

<今後の展望>

 脳の高次機能を模倣したニューラルネットワークモデルでは、シナプス結合係数の変化が学習に対応しており、最も基本的な学習則としてヘブ則が知られています。ヘブ則あるいはその拡張/変形したものが、現在でも学習則として用いられており、NMDAR依存LTPと密接に関係することが知られています。本研究成果はヘブ則あるいはシナプス結合の変化に対する分子基盤を与えており、分子レベルから脳の高次機能を理解する手がかりとなることが期待されます。

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<論文情報>

Tomonari Sumi, Kouji Harada (2020). Mechanism underlying hippocampal long-term potentiation and depression based on competition between endocytosis and exocytosis of AMPA receptors. Scientific Reports, 10:14711,
DOI: 10.1038/s41598-020-71528-3
http://www.nature.com/articles/s41598-020-71528-3

<謝辞>

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP16K05657、JP18KK0151、 JP16K00389)の助成を受け実施しました。


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