本研究成果のポイント
- 制御性T細胞のマスター転写因子[1] がFoxp3であることは同定されていたが、どのようにFoxp3が発現し制御性T細胞が発生するかは不明だった
- 今回、ゲノムオーガナイザーSatb1によるエピゲノム[2] の成立が制御性T細胞の発生に関わっていることを解明
- 今後、本メカニズムを更に研究することで、自己免疫疾患やアレルギーの病因を理解し、これらの疾患を根本的に治療することが可能に
概要
大阪大学免疫学フロンティア研究センターの坂口志文特任教授(常勤)らの研究グループは、ゲノムオーガナイザーSatb1による制御性T細胞発生のメカニズムを解明しました(図)。
制御性T細胞発生メカニズムを把握すれば、自己免疫疾患やアレルギーの病因を理解し、これらの疾患を根本的に治療することが可能になります。
研究の背景
1980年代に坂口志文特任教授(常勤)は制御性T細胞を発見し、これらが自己免疫疾患、アレルギーなどの免疫疾患防止に必須であることを明らかにしました。2003年には同グループが制御性T細胞のマスター転写因子としてFoxp3を同定しました。免疫制御に必須な細胞として制御性T細胞の研究はその後さらに盛んになり、Foxp3による転写制御などについて多くのグループが研究を進めましたが、どのようにFoxp3が発現し制御性T細胞が発生するかは不明でした。
本研究の内容
制御性T細胞のほとんどは幼少期に胸腺で発生します。研究グループは、核内分子Satb1によるエピゲノムの成立が、制御性T細胞の発生に関わっていることを、マウスを用いた実験で明らかにしました。Satb1欠損マウスモデルでは胸腺での制御性T細胞の発生に障害が起き、多臓器で自己免疫疾患が観察されました。これらの結果から、制御性T細胞発生期のエピゲノム成立と自己免疫疾患のつながりが明らかになりました。
本研究成果の意義
これまでの研究から自己免疫疾患やアレルギーには制御性T細胞による免疫制御の異常が関連している可能性が考えられます。しかし、実際に制御性T細胞の減少や異常が観察されている疾患はごく僅かです。今回得られた知見から、制御性T細胞発生期の異常により、特定の制御性T細胞の減少、発生の遅れなどが原因で免疫疾患が起こることが考えられます。実際、ヒトのSatb1遺伝子付近の突然変異は自己免疫疾患と関連があります。これら病因の理解はより効果的な治療法模索に役立つと期待できます。
また本研究成果は、制御性T細胞を用いた免疫細胞療法にも役立つことが考えられます。通常のT細胞を制御性T細胞に分化させ細胞療法に用いると自己免疫疾患やアレルギーの抑制に効果的であることが期待されますが、現時点で安定した制御性T細胞を試験管内で作製することは難しいです。本研究で示した制御性T細胞発生初期のエピゲノム成立は、そのような試験管内での制御性T細胞作製の指標となると期待されます。
本研究課題は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」(研究開発総括:宮坂昌之)における研究開発課題「制御性T細胞による慢性炎症制御技術の開発」(研究開発代表者:坂口志文)の一環で行われました。大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)は、日本が科学技術の力で世界をリードしていくため「目に見える世界的研究拠点」の形成を目指す文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択されています。
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用語解説
※1 マスター転写因子
転写因子とは遺伝子発現をコントロールするタンパク質で、どのような転写因子が出ているかによりどのような細胞になるかが決まる。マスター転写因子はその中でも一番重要とされ、細胞のアイデンティティーを決める。
※2 エピゲノム
遺伝子配列はすべての細胞で同じであるが、細胞によって違ったパターンのマークが配列につく。このようなパターンをエピゲノムと呼ぶ。転写因子はこのようなマークを認識して遺伝子発現コントロールを行う。
Journal
Nature Immunology