News Release

FCHSD1の発現抑制がCOPDの進行を抑制することを発見

COPDの病態解明や治療法開発に期待

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Novel regulation mechanism of oxidative stress response by Fchsd1

image: Loss of FCHSD1 leads to amelioration of chronic obstructive pulmonary disease. Proc Natl Acad Sci U S A. 2021 Jun 29;118(26):e2019167118. view more 

Credit: Department of Immune Regulation,TMDU

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科免疫アレルギー学分野の佐藤荘教授らは、COPDの進行が、Fchsd1による酸化ストレス応答の更新によることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費助成新学術領域研究、大塚製薬㈱、Innate cell therapy㈱の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)に、2021年6月24日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 現在、新型コロナウイルスが猛威を振るっている中、肺疾患である慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者はコロナ感染後重症化しやすいこと、また、死亡率は13.0%と全体の死亡率5.6%より明らかに高いことが分かりつつあります。このCOPDは、喫煙や粉じん暴露などの環境要因が誘因となって肺胞壁の破壊が起こり、気流制限を伴う肺機能低下が引き起こされる疾患です。COPDは世界中で高い有病率をもち、WHOによれば全世界で死因の第3位(2019年)を占めています。しかし、わずかに気管支拡張薬の吸入や在宅酸素療法などが症状の緩和に有用であるものの、根治に結び付く治療方法は皆無です。したがって、COPD発症の分子基盤を解明し新たな治療の標的を探索することは極めて重要な課題です。  

COPDにおいては、タバコの煙などの刺激物質によって誘発される酸化ストレス※1が、発症の開始段階において重要な役割を果たしている可能性が示唆されており、肺内の種々の細胞におけるアポトーシス※2、炎症反応なども疾患の進行にかかわることが指摘されています。しかしながら、それらの病態の基盤となるシグナル伝達経路がどのように制御されているのかはよく分かっておらず、これらを標的にした治療方法も確立されていませんでした。また、F-BARファミリー分子※3が細胞内の分子の移動に関与し、さまざまな疾患との関連することが報告されつつありますが、ファミリー分子の一つFCHSD1の呼吸器疾患における機能は全く不明でした。

【研究成果の概要】

 本研究では、肺内の細胞において、FCHSD1蛋白が酸化ストレス応答における鍵分子NRF2※4の核内移行を制御する全く新しいメカニズムを解明し、FCHSD1遺伝子を欠損させるとCOPDの発症が抑制されることを発見しました。

 今回、研究グループは、エラスターゼ気管内投与によってCOPDを発症させたマウスの肺※5、および酸化ストレス刺激を加えた細胞において、F-BARファミリー分子の中でFCHSD1の発現が誘導されることを見出しました。また、マウスの各臓器におけるFCHSD1の発現レベルを調べたところ、他の臓器に比べ肺で高発現していることが分かり、特に肺胞上皮細胞や肺線維芽細胞といった細胞種で高発現を認めました。そこで、FCHSD1がCOPDの病態においてどのような役割を果たすのか解析するために、FCHSD1欠損マウスを作成し、エラスターゼ投与によるCOPDモデルにおいて検討したところ、FCHSD1欠損マウスでは野生型マウスに比べCOPD発症が抑制されることを見出しました。また、このエラスターゼ誘導COPDモデルにおいて、FCHSD1欠損マウスでは肺での炎症反応やアポトーシスが抑制されていることが分かり、これはCOPDにおける炎症・アポトーシス制御の主要な分子の一つSIRT1の発現レベルの上昇を伴っていることが分かりました。そのメカニズムとして、FCHSD1はその構造から他の蛋白質との相互作用により機能を果たしていることが推測され、実際にNRF2とSNX9という分子と複合体を形成することが分かりました。酸化ストレス刺激下では、FCHSD1がこの複合体から解離する代わりにNRF2とSNX9の結合が亢進しており、同時に様々な分子の核内移行に関わる分子Importin8とSNX9の結合も亢進することが分かりました。FCHSD1を欠損させた細胞ではNRF2の核内移行が亢進すること、逆にFCHSD1を過剰に発現させた細胞ではNRF2の核内移行が抑制されることが判明しました。  

以上より、COPD発症の新たな分子基盤としてFCHSD1によるNRF2の核内移行制御を明らかにしました。

【研究成果の意義】  

COPDの管理においては、症状の緩和を目的とする方法が主流であり、肺構造の破壊を抑制するような根本的な病態への介入の試みには乏しく、新規治療薬の開発が望まれています。本研究により同定されたFCHSD1の働きを抑える治療薬の臨床応用が進むことで、COPD患者の肺構造が破壊されるのを抑制することに繋がり、結果として肺機能や生命予後の改善に寄与することが期待されます。

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【用語解説】

※1 酸化ストレス

体内で産生された活性酸素と、これに拮抗する抗酸化物質との酸化還元状態のバランスが崩れ、過酸化物やフリーラジカルが過剰に産生された状態。これらにより細胞、組織を傷害される。

※2 アポトーシス

種々の細胞ストレスによりカスパーゼ依存的に起こる、プログラムされた細胞死。

※3  F-BAR ファミリー

F-BARドメインはアクチン細胞骨格の制御に関与するタンパク質群に高度に保存されており、細胞膜の形状変化とアクチン細胞骨格の動きを結び付ける役割を果たしている。

※4 NRF2

酸化ストレス応答の鍵となる役割を担う転写因子で、定常状態では細胞質内に局在するが、酸化ストレス下で核内に移行することで生理活性を発揮する。

※5 エラスターゼ誘導性COPDモデル

マウスのCOPD実験モデルであり、タンパク質分解酵素であるエラスターゼをマウスの肺の気管内に投与すると肺の組織が破壊され、ヒトのCOPDに見られるような病態を示す。


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