News Release

生息地の土から侵害性アリの環境DNAを検出

―生息域などの特定による適切な防除への応用に期待―

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1 

image: (A)アルゼンチンアリ (B)表土サンプル採集地点 view more 

Credit: A. Prof. Mamiko Ozaki B. Minamoto et al. Scientific Reports, 2021.

神戸大学大学院人間発達環境学研究科の矢指本哲大学院生(当時)、源利文准教授らと、工学研究科の尾崎まみこ客員教授ら、元京都府保健環境研究所の中嶋智子の研究グループは、長年アルゼンチンアリ※1の被害に悩まされてきた神戸ポートアイランドと京都市伏見区の生息地の表土を試料として同アリ種の環境DNA※2の検出に成功しました。

今後、この技術を応用することにより、ヒアリなど世界各地に拡がり甚大な被害を及ぼす侵害性アリ※3について種ごとにその生息規模や活動領域を簡便かつ正確に把握することが可能になり、侵害性アリの防除計画にこの技術を組み入れることで的確な計画の策定と防除効果が期待されます。

この研究成果は、5月26日に、Scientific Reports に掲載される予定です。

ポイント

  • 世界中で深刻な被害を引き起こしている侵害性アリの防除には、侵入の早期発見と迅速な駆除が肝要である。
  • しかし、従来の防除は、視察、捕獲、分類、駆除、経過観察、評価などの一連の処置に直接的な方法をとってきたため、専門知識と労力と時間を必要とし、世界各地で被害の拡大を許してきた。
  • 根絶困難種の一つであるアルゼンチンアリを標的に、環境DNA分析技術が侵害性アリ全般の侵入・定着・繁殖を観察・評価するツールとして使えることを証明した。
  • アルゼンチンアリに特化した新しいリアルタイムPCRアッセイを設計し、侵入地の表層土壌からアルゼンチンアリ由来の環境DNAを信頼性高く検出することに成功。
  • 環境DNAの検出/非検出と10年来の防除履歴との関係を調べた結果、標的種の生息状況の調査のための環境DNA分析の有効性が示され、侵害アリ防除の確度と効率を飛躍的に向上させる可能性を初めて報告した。

研究の背景

グローバル化の中、国境を越えた物流が活発化し、それに乗じて侵害性アリの侵入、定着、繁殖拡大が全地球規模で進んでいます。わが国でも生息拡大が続くアルゼンチンアリに続き、毒性の強いヒアリの侵入・定着が報告されました。

本研究チームが研究フィールドに選んだ京都の伏見区と神戸のポートアイランドは長年アルゼンチンアリの被害を受けてきました。1)伏見では10 年近くの継続的な殺虫処置によって市街地における制圧に一定の成功がみられましたが、2)神戸では侵入から20年以上、状況は好転していません。

1)のような場合、長期にわたる殺虫剤の処置に対し、自然環境や生態系の保全の観点から問題を感じながらも、科学的根拠なく殺虫剤の使用をやめることはなかなかできません。2)のような場合は、生息拡大状況が容易に把握できないため、そもそも防除計画が立てられません。 

生態学や保全生物学の分野で2008年ごろから環境DNA分析技術が導入され、特に水系環境の生態調査に大きな変革をもたらしました。この技術を水サンプルではなく表層土壌サンプルに適用すれば、侵害性アリ防除の鍵を握る上述の課題解決のブレークスルーとなると期待できます。

アルゼンチンアリ(図1A)に特化したDNA検出アッセイの設計

アルゼンチンアリ以外の生物のDNA配列が増幅されないようデザインしたリアルタイムPCRによるアルゼンチンアリの検出系を設計し、アルゼンチンアリ以外のDNAが増幅されることがないことを実験で確認しました。これを用いて以下の実験を行いました。

表土サンプル採集地の選定と防除履歴

京都市伏見区においては図1Bに示すFM-1~4の4か所でアルゼンチンアリの環境DNA検出のための表土サンプルを採集しました。それぞれの採集地点における過去10年間のアルゼンチンアリ防除履歴には異なる特徴がみられます(図2)。

表土サンプルを用いたアルゼンチンアリ環境DNAの検出

トラップ調査によってアルゼンチンアリが確認されている地点、FM-1およびFM-2の表土サンプルからアルゼンチンアリの環境DNAが増幅されました。FM-3とFM-4で採集した表土サンプルからはアルゼンチンアリの環境DNAは検出されませんでした。この結果は、粘着トラップを用いた従来法の結果と矛盾せず、環境DNA分析は目視よりも正確だと考えられました(表1)。また、それぞれの調査地で観察された在来種は、アルゼンチンアリの環境DNAが検出されたFM-1、2で7種、3種、検出されなかったFM-3、4で15種、10種であり、侵害種が在来種を駆逐している可能性が示唆されました。

今後の展開

1. 2008 年から蓄積してきた京都市伏見区におけるアルゼンチンアリの侵入域およびその周辺のアリ類を含む土壌生物の生息状況データをもとに、アルゼンチンアリの生息状況と在来アリ相の年次変化の正確な情報を各種アリ類の環境 DNA 分析結果に照合して解析すれば、環境 DNA による定量的アリ類の生息推定法の実用化、従来の非効率的な防除法の再検討への科学的根拠の提供、防除の進行と根絶確認などの問題を一挙に解消することができます。

2. 環境DNA法は原理的に汎用技術なので、ヒアリや他のあらゆる侵害性アリ種についても同様の方向で研究を進めることができます。

3. SDGs の目標「陸上生態系の保護と回復ならびに生物多様性損失の阻止」に即した外来生物防除策のモデルをアルゼンチンアリやヒアリなどの侵害性アリ種を皮切りに実施・提案できます。

用語解説

※1 アルゼンチンアリ:Linepithema humileはハチ目アリ科カタアリ亜科アルゼンチンアリ属に分類される南米原産のアリ種。世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000)、日本の侵略的外来種ワースト100選定種で、特定外来生物に指定されている。日本には、1993年広島廿日市に最初に侵入し、現在、11都府県で繁殖が報告されている。多女王制の融合巣を拡張するため根絶が困難で一旦侵入を許すとこのうえなく厄介である。

※2 環境DNA(eDNA):水中や土壌などの環境中に存在する生物由来のDNA。環境DNAを解析することで、現在ないし過去にそこに生息していた生物種の網羅的な同定、標的種の生息状況の推定・把握ができる。環境DNA調査は、保全生物学、生態学、系統分類学、微生物学、古生物学などの広範な分野の研究に利用されている。

※3 侵害性アリ:原産地から世界各地に侵入、定着して生息域を拡げつつ、人や家畜の生活圏、在来生物の生息域に入り込んで、生活環境や健康の安全・安心を脅かし、先住者を撃退し時に絶滅させてしまうアリの総称。既存の生物多様性の喪失や生態系の崩壊を進める原因となる。

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論文情報

タイトル: “Environmental DNA detection of an invasive ant species (Linepithema humile) from soil samples” DOI:10.1038/s41598-021-89993-9

著者:  Tetsu Yasashimoto, Masayuki K. Sakata, Tomoya Sakita, Satoko Nakajima, Mamiko Ozaki, Toshifumi Minamoto

掲載誌: Scientific Reports


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