News Release

ガス分子のサイズと形状を色の変化で見分け,安定に貯蔵できる新たな空間材料の開発に成功

Peer-Reviewed Publication

Kanazawa University

Figure 1: Chemical Constitution Formula and 3-D Structure of Pillar[N]arene

image: n signifies repetition number; herein pillar[5]arene is depicted. The bond to connect benzene rings is at para position (diagonal); hence, the molecular structure is like a pillar. view more 

Credit: Kanazawa University

【研究の背景と経緯】

 リング状分子は,その形状に基づく空孔を内部に有しています。ゲスト分子のサイズが空孔サイズにマッチしなければ空孔内に取り込まれません。一方,空孔サイズが適合したゲスト分子は選択的に空孔内に取り込まれ、いわば鍵と鍵穴のような関係にあります。  

しかし,この取り込みに関する研究は,リング状分子とゲスト分子の両方が溶解した溶液中での場合がほとんどであり,固体/液体または固体/気体界面での取り込み能力はほとんど調べられてきませんでした。実際に,物質の分離・精製が,液体から固体,気体から固体を取り出すといった手段で行われていることを考えると,溶液中よりもむしろ,固体/液体または固体/気体界面での分離能力が重要であるといえます。

 生越教授らが2008年に開発したリング状分子「ピラー[n]アレーン(図1,nは繰り返し数を表す,図1はピラー[5]アレーン)」も,溶液中において,空孔サイズに適合したゲスト分子を選択的に取り込む特性が見いだされてきました。ピラー[n]アレーンは,70%の高収率で簡単に再結晶から得ることができ,アルコキシ基を反応性の高いフェノール性水酸基に変換することで,さまざまな原子や原子団を置換することができるため,誘導体化が可能です。このような優れた特徴を有していることから,世界中の化学者から利用され,さまざまな応用展開が期待されています(参考文献1)。

 その中でも,ピラー[5]アレーンは,通常は取り込むことが困難である炭素-炭素と炭素-水素結合といった低極性基からなるアルカンガス分子も取り込むことができます。これはピラー[5]アレーンに特徴的なゲスト分子取り込み能力です。さらに,このゲスト分子の取り込みは,直鎖のアルカンガス分子は取り込むが,分岐・環状のアルカンガス分子は取り込まない(図2),すなわち分子サイズを見分けるという,独自のゲストサイズ認識取り込み能力を有していることも分かっています。

 しかしながら,これらの現象は液体中に限られたものでした。その中で,生越教授らは,固体/気体界面でのピラー[5]アレーンのゲスト分子取り込み能力を調べた結果,ピラー[5]アレーンの固体粉体は,気体のアルカンガス分子にさらすだけで,高効率にアルカンガス分子を取り込むこと,また,液体中と同じく,独自のゲストサイズ認識取り込み能力を有することが分かりました。さらに,一度取り込んだ直鎖アルカンガス分子は常温・大気圧下でも放出されないといった優れた貯蔵能力を有していることも発見しました(参考文献2)。

 しかし,「ピラー[5]アレーン」の固体粉体は,白色であるために,直鎖アルカンガス分子の取り込みを,色変化などで検知することは不可能でした。

【研究の内容】

 今回の研究では,ピラー[5]アレーンの分子構造に,電子受容性分子であるベンゾキノンを導入した空間材料を作製(図3)し,その材料を用いて,評価を行いました。

 この材料は,ゲスト分子を含んでいないときは,茶色でしたが,そこに直鎖アルカンガス分子を導入した場合は,茶色から赤色に色変化することが分かり(図3B),これまでは色変化で検知が困難であったアルカンガス分子を検知することに成功しました。

 また,分岐・環状構造のアルカンガス分子をさらした場合には,色変化をしないことも分かりました(図3C)。さらに,直鎖・環状・分岐アルカンガス分子の混合ガスを用いた場合では,選択的に直鎖アルカンガス分子を吸着し,色変化を示すことも分かりました。すなわち,混合アルカンガス中に直鎖アルカンガス分子が存在するかどうかを色変化で検知することも可能となりました。

 一方,水酸基を有したメタノールガス分子を吸着させた場合には,茶色から黒色へと色変化を示すことが分かりました(図3A)。吸着ガス分子の官能基を,変化する色の違いによって見分けることができました。

 また,上記の色変化については,ピラー[5]アレーンの骨格を形成する「1,4-ジアルコキシベンゼン」は電子供与性分子であるために,ベンゾキノンへ電荷を供与することで電荷移動錯体(※3)を形成し,それにより着色することが分かりました。

 茶色から赤色への色変化(図3B)については,蒸気を含まない粉体に直鎖アルカンガス分子が吸着すると,結晶構造転移が起こり,ベンゾキノンと1,4-ジアルコキシベンゼンが配向した構造へと変化するためです。また,茶色から黒色への色変化(図3A)については,メタノールガス分子が,ベンゾキノンと1,4-ジアルコキシベンゼンが配向した構造を形成しないためです。

 また,鎖長が中程度の直鎖アルカンガス分子は,常温・大気圧下では気体となりますが,この物質の空間に取り込まれた直鎖アルカンガス分子は,常温・大気圧下に放置しても,放出されないことが分かりました。一方で,80度の加熱真空条件では,放出させることができました。

 なお,放出させると,色は赤色から蒸気吸着前の茶色へと変化し,再度,直鎖アルカンガス分子を吸着させると,茶色から赤色への色変化を示しました。このことから,この材料が,放出を色変化で検知できることと,リサイクル可能であることも分かりました。

【今後の展開】

 本研究で開発した空間材料は,通常は取り込むことが難しい低極性のアルカンガス分子を取り込むことができ,色変化で検知することができます。また,鍵と鍵穴のような高選択性を有しているため,分岐・環状・直鎖構造の混合アルカンガスの中に,直鎖アルカンガス分子が存在しているかを色変化により検知し,検知したその直鎖アルカンガス分子のみを選択的に取り込む能力を有しています。蒸気圧を有するアルカンガス分子は,ガソリンのような内燃機関の燃料に用いられています。ガソリンは,アルカンガス分子の直鎖・分岐構造によって燃焼効率が異なるために,この空間材料は,ガソリンの純度を見分けるセンサーとしての応用展開が期待されます。

 また,引火性の高いガソリンのような内燃機関の燃料を安定に閉じ込めることができる貯蔵材料への応用展開が期待されます。

 さらに,本研究では,アルカンガス分子をターゲットに絞っていますが,有機化合物のほとんどが,炭素-炭素と炭素-水素結合を有していることを考えると,ピラー[n]アレーンはさまざまな有機化合物の蒸気を取り込むことが期待できます。そのため,爆発物や毒物などを検知するセンサーなどへの応用展開も期待されます。

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【用語解説】

※1 ピラー[n]アレーン

 本研究グループが開発した分子。上下対称であり,非常に美しい柱状の形状であることから,パルテノン神殿の柱(ピラー)を取って,ピラー[n]アレーン(アレーンはベンゼン環の意味)と名付けられた。容易に合成ができ,繰り返し数(n)を変えることで,空孔サイズをオングストローム(1mの100億分の1)レベルで自在に変化させることができ,そのサイズに合った分子を選択的に取り込む機能がある。2014年には東京化成工業株式会社から,試薬として販売が開始された。

※2 アルカンガス分子

 炭素-炭素結合と炭素-水素結合からなる飽和炭化水素である。化学工業における原料物質として広く利用されている。炭素数5–8のものは揮発性の高い液体である。エンジンなどの内燃機関の燃料に使われる。

※3 電荷移動錯体

 電子供与性分子から電子受容性分子に部分的な電荷移動が起こり,その結果として電荷を帯びた分子同士が軌道相互作用や静電相互作用などの引力によって形成するもの。電子供与性分子から電子受容性分子の距離や配向によって色が変わるため,溶媒の極性の計測などに用いられている。


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