News Release

アフリカに生息するサルから分離されたサル免疫不全ウイルスのVpuタンパク質は ヒトの抗ウイルスタンパク質BST-2の機能を妨害する

今後起こり得る世界的規模の新規感染症発生のリスク評価への応用

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Figure1

image: Origin of HIV-1 and viral proteins used for antagonizing host BST-2 view more 

Credit: Department of Molecular Virology,TMDU

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科ウイルス制御学分野の芳田剛助教と山岡昇司教授の研究グループは、米国衛生研究所(NIH)との共同研究で、野生動物から単離されたウイルス由来のタンパク質がヒトの防御機構を克服する機能を持っていたことを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、ならびに一般財団法人中辻創智社等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Journal of Virologyに、2020年1月6日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 動物のタンパク質BST-2(別名Tetherin) は、ウイルス感染に対して防御的に働くタンパク質の1つで、ウイルス粒子を感染細胞の表面につなぎ止めることにより、ウイルスの放出を抑制します。しかし、ヒト免疫不全ウイルス1型 (HIV-1)は、ウイルスタンパク質Vpu※3を用いて、ヒトのBST-2機能を妨害して効率的に増殖します。一方、HIV-1の祖先ウイルスと考えられているサル、ゴリラ、チンパンジーに感染する免疫不全ウイルスがVpuタンパク質を発現することが知られていますが、HIV-1の直近の祖先と考えられているチンパンジー免疫不全ウイルス(SIVcpz)※4のVpuは、ヒトのBST-2機能を妨害しないことが、他の研究グループより報告されています。そのため、HIV-1がヒトBST-2妨害機能を獲得した経緯に関する不明な点が多く存在していました。

【研究成果の概要】

 本研究グループは、HIV-1以外のウイルスのVpuの中でヒトBST-2を妨害するものが存在するかを明らかにするために、最初に、HIV-1の祖先ウイルスと疑われているチンパンジー免疫不全ウイルス(SIVcpz)、さらに、SIVcpzの祖先であると疑われているサル免疫不全ウイルス(SIVgsn, SIVmon, SIVmus)※5のVpuが、ヒトBST-2を妨害するのかを評価しました。SIVcpzのVpuは3株試しましたが、他のグループの報告通り、全てがヒトのBST-2を妨害しませんでした。さらに、サルのウイルス3株のVpuについても、妨害機能は観察されませんでした。しかし、アフリカに生息するグレータースポットノーズドモンキー(greater spot-nosed monkey:以降サルと呼称)から単離されたウイルスSIVgsnの99CM71株が発現するVpuタンパク質だけは、ヒトのBST2の機能を妨害し、ウイルスの放出を促進することが判明しました。  

しかも、このVpuがヒトBST-2を妨害する分子メカニズムは、HIV-1のVpuによる妨害メカニズムとは異なる可能性が示されました。さらに、このVpuが自然宿主(サル)のBST-2を妨害する際と、ヒトBST-2の妨害では、一部異なるアミノ酸を使用することが示唆され、サルBST-2とヒトBST-2では妨害される分子メカニズムが異なる可能性が示されました。

【研究成果の意義】  

第1に、野生動物から単離されたウイルス由来タンパク質がヒトの防御機構を克服できたという事実は、野生動物からヒトへと病原ウイルスが伝播する可能性(危険性)を示すものです。

 第2に、SIVgsn99CM71株のVpuがヒトBST-2を妨害する分子メカニズムは、HIV-1のVpuによる妨害メカニズムとは異なる可能性が示されたことで、ウイルスは増殖に対する障壁(ヒトの防御機構)をあの手この手で克服する可能性が示されました。そのため、私たち人類は「ヒトの防御機構の現状認識とその対策」が必要であることがわかり、本結果は、今後起こり得る世界的規模の新規感染症発生のリスク評価に貢献するものと期待されます。

 最後に、サルとヒト(ホモ・サピエンス)は霊長類動物の共通祖先から進化※6してきたことを考え合わせると、現在のサルとヒトとの違いは全て、進化における分岐の後に、それぞれの動物種が進化したために生じたと考えることが出来ます。その点、サルとヒトのBST-2が異なるメカニズムで妨害される可能性が示されたことは、ヒトの抗ウイルスタンパク質(BST-2)遺伝子が進化の過程で、ウイルスが妨害メカニズムを変えざるをえなくなるような進化を遂げてきた可能性を示すものです。今後、ヒトの抗ウイルス遺伝子がどのように進化してきたのかを解明していきたいと考えています。

【用語解説】

※1 BST-2

 Bone marrow stromal antigen 2。別名Tetherin、CD317。HIV-1以外の種々のウイルス(エンベロープタンパク質を持つウイルス群)に対して、ウイルス放出の抑制効果を発揮することが知られています。ウイルス感染により誘導されるタンパク質インターフェロンに依存して発現することも知られています。

※2 ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)  

後天性免疫不全症候群(エイズ)の原因ウイルスです。チンパンジーに感染するウイルスがヒトに伝染したことを機に、150年前頃に発生したと考えられています。

※3 Vpuタンパク質  

ウイルスが発現する膜タンパク質です。ウイルスによりタンパク質の長さが異なりますが、77から86アミノ酸の長さであり、小さなタンパク質であることが知られています。HIV-1はこのVpuタンパク質を発現しますが、サル免疫不全ウイルス(SIV)には発現するウイルス株と、しない株の両方が存在します。

※4 サル免疫不全ウイルス(SIV)  

SIVの後の小文字3文字は、ウイルスが単離された霊長類動物の名前の略称をあらわす決まりがあります(例えば、チンパンジーから単離されたウイルスはSIVcpzと命名されましたし、グレータースポットノーズドモンキーから単離されたウイルスはSIVgsnと名付けられています)。

※5 SIVgsn, SIVmon, SIVmus  

それぞれアフリカに生息する野生のサル、グレータースポットノーズドモンキー、モナモンキー、マスタッシュドモンキーから単離されたウイルスで、vpu遺伝子を持ちます。HIV-1の直近の祖先ウイルスは、チンパンジーから単離されたウイルスSIVcpzと考えられています。しかし、その先の祖先ウイルスは不明で、SIVcpzのvpu遺伝子はこれら3種のウイルスのうちのどれかから派生したものであると考えられています。

※6ヒトの進化  

他の生物種と異なる独立種としてのヒト(ホモ・サピエンス)が誕生するまでの生物学的進化の過程です。アフリカに生息するサル(グレータースポットノーズドモンキーを含むオナガザル上科)とは2800万年から2400万年前に、チンパンジーとは800万年から700万年前に分岐したと考えられています。

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