News Release

頭蓋冠の発生メカニズムの理解につながる新知見

マウス頭蓋冠形成初期における頭頂部細胞の発生が明らかに

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Early stage of calvarial development

image: Proposed regulatory molecular cascades in the initial layer of the calvarium (early migrating mesenchyme: EMM) at E11.5 in the wild-type mouse (a) and the mouse in which Dlx5 is overexpressed in NCC (NCCDlx5: b). ac, activator; in, inhibitor. view more 

Credit: Department of Molecular Craniofacial Embryology,TMDU

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子発生学分野の井関祥子教授と大学院生のVu Hoang Tri、顎顔面解剖学分野の武智正樹講師の研究グループは、東京大学医学系研究科の栗原裕基教授らとの共同研究で、マウスにおいてこれまで不明であった頭蓋冠形成初期に頭頂部に移動する細胞群の発生過程や分化能を明らかにすることに成功しました。この研究は主に文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2021年1月22日、オンライン版で発表されました。

【研究の背景】  

頭蓋冠は主に前頭骨や頭頂骨から成り、脳を保護し、脳の発育とともに成長していく骨です。胎生期における頭蓋冠の発生異常は、頭蓋冠縫合早期癒合症※1などの先天性疾患の原因となると考えられています。そのため、頭蓋冠の発生過程を分子レベルで理解することは重要な課題とされていますが、いまだに不明な部分が多く残っています。

 マウス頭蓋冠骨は、胎生期に眼球の直上にある細胞群(Supraorbital mesenchyme: SOM)が骨を形成する細胞となって頭頂部に成長拡大することで形成されます。このSOMの成長前に頭頂部に移動する細胞群(Early migrating mesenchyme: EMM)が知られており、SOMとは異なり真皮や髄膜※2を形成すると考えられています。頭蓋冠の形成にはSOMとEMMの協調的な相互作用が必要とされていますが、SOMに着目した頭蓋冠骨形成メカニズムについて多くの研究がなされてきた一方で、EMMの詳細な発生過程や分化能についてはこれまであまり検討されてきませんでした。

【研究成果の概要】

 研究グループはマウスの遺伝子組み換え技術を使って、骨・軟骨形成に関与する遺伝子をEMMで強制的に発現させ、正常な発生メカニズムを変化させることでEMMの発生過程や分化能を調べる研究を計画しました。ホメオボックス遺伝子※3の1つで骨・軟骨形成の誘導因子であるDistal-less homeobox 5 (Dlx5) をEMMを含む神経堤細胞※4全体で強制的に発現させたマウス(NCCDlx5マウス)の胎児における頭蓋冠発生を調べました。その結果、頭頂部に異所性の骨と軟骨が同時に形成されるという、これまでに報告されたことのない現象を発見しました。詳細な組織学的解析により、異所性軟骨は髄膜の硬膜内に、また異所性骨は真皮内に形成されていました。さらに研究グループは野生型マウスとNCCDlx5マウスのEMMの発生を分子レベルで比較しました。野生型マウスにおいてEMMは胎齢11.5日頃に髄膜層と真皮層の分子マーカーであるFoxc1※5とDermo1※6をそれぞれ発現する2つの細胞層に分化していると考えられました。一方、NCCDlx5マウスにおいてはDlx5の強制発現によってFoxc1を発現している髄膜層の中の硬膜形成領域においてPDGFRαシグナル※7が増加して異所性軟骨が形成されることがわかりました。また、野生型マウスのDermo1を発現する真皮層では別のホメオボックス遺伝子であるMsx2が発現することでEMMの骨分化が抑制されている一方、NCCDlx5マウスではDlx5の強制発現によって真皮層でのWnt/β‐カテニンシグナル※8やBmpシグナル※9等の骨分化誘導シグナルが増加して異所性骨が形成されることがわかりました。頭蓋冠形成初期段階である胎齢11.5日のマウスEMMにおいてDlx5の強制発現により異所性の軟骨と骨の形成誘導が開始されたことは、この時期のEMMがすでに異なる応答能を示す2つの細胞層に分化していることを強く示唆するものです。

【研究成果の意義】  

本研究では、これまであまり注目されてこなかったEMMに着目し、この細胞群が頭蓋冠形成初期に髄膜層と真皮層に分化し、異なる応答能を獲得することを明らかにした画期的なものです。頭蓋冠の骨はSOMから形成されますが、EMMから形成される髄膜との相互作用が極めて重要であることがわかっており、本研究結果より今後EMMにおける髄膜の形成メカニズムや骨を形成するSOMとの相互作用の詳細が明らかになってくると期待されます。また硬膜内に異所性に軟骨が形成される例はヒトの疾患や他の哺乳動物でも報告されています。さらにヒトの頭蓋骨で稀に見られる縫合骨※10がEMM由来である可能性が指摘されており、本研究結果は頭部における異所性の骨・軟骨の形成メカニズムの解明に貢献することも期待されます。

###

【用語解説】

※1頭蓋冠縫合早期癒合症 頭蓋冠の骨と骨の間にある縫合が早期に癒合することで頭蓋骨の発育が妨げられる疾患。2000-2500出生に1例の割合で生じる。代表的な疾患としてアペール症候群、クルーゾン症候群などが知られる。

※2髄膜 脳や脊髄を包む膜で、硬膜・クモ膜・軟膜の3つから成る。

※3ホメオボックス遺伝子 ホメオドメインと呼ばれる約60アミノ酸残基で形成されるDNA結合部位を有する転写調節因子の総称。生物の様々な器官の発生に深く関与する。

※4神経堤細胞 神経管の背側部から生じる細胞で、脳となる神経管領域から生じる神経堤細胞は、頭蓋冠や顎顔面骨、脳神経系の一部や筋膜など様々な組織を形成する。

※5Foxc1 フォークヘッドドメインと呼ばれるDNA結合部位を有する転写調節因子の1つ。頭部形成においては、髄膜、頭蓋冠や頭蓋底の骨の発生に関与する。

※6Dermo1 塩基性ヘリックスループヘリックス(bHLH)と呼ばれるモチーフによりDNAに結合する転写調節因子の1つ。真皮形成の分子マーカーとして広く知られる。

※7PDGFRαシグナル 血小板由来成長因子Platelet-derived growth factor (PDGF)の受容体PDGFrαが関与するシグナル伝達経路。胎生期には様々な器官の発生に関与する。

※8Wnt/β‐カテニンシグナル Wingless-Int (WNT)が細胞膜の受容体に結合し、β-カテニンを介して細胞核内で標的遺伝子の転写活性化を行う。様々な器官発生に関与する代表的なシグナル伝達経路の一つ。

※9Bmpシグナル Bone morphogenetic protein (骨形成タンパク質)が関与するシグナル伝達経路。Wnt/β‐カテニンシグナルなどと並び、骨形成のみならず様々な器官発生に関与する代表的なシグナル伝達経路の一つ。

※10縫合骨 頭蓋骨の縫合線に沿って見られる不規則で孤立した骨。


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.