News Release

ミドリムシのメタボ診断法を開発

~地球温暖化対策、藻類利用の拡大に期待~

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢 直和) 生体プロセス工学研究室の細川陽一郎教授・前野貴則研究員らは、理化学研究所 鵜澤尊規(うざわ たかのり) 専任研究員ら、と共同で、藻類の一種のEuglena gracilis(ミドリムシ)が光合成により細胞内に蓄積する「パラミロン」という多糖を蛍光標識し、短時間で定量できる技術を開発した。本研究成果を利用する事で、パラミロンを生産する仕組みの解明や、パラミロン高生産株を作出する事ができる。またこの方法論は、さまざまな藻類の蓄積物質に適用できることから、幅広く有用物質の測定に応用でき、急速に高まっている藻類産業(スマートセル産業)への展開が期待される。

 近年、地球温暖化対策を産業に結びつけるため、環境に排出される二酸化炭素を使い、植物や微生物が行う光合成により有用物質をつくる研究が進んでいる。なかでもミドリムシのつくる特徴的な多糖であるパラミロンは、健康食品、医薬、バイオプラスチック、バイオ燃料の原料として注目されている。工場が排出する高濃度な二酸化炭素を処理できる細胞株の選別や培養条件の検討には、一つ一つの細胞に含まれるパラミロンの量を知る、いわばミドリムシのメタボ診断が必要となる。しかし、パラミロンを簡便に検出する試薬が無く、細胞内の蓄積量を評価することは困難であった。

 本研究成果では、パラミロンに結合すると蛍光を発するペプチドを新たに開発し、フェムト秒レーザーにより細胞に穴を開けて、ペプチドを細胞の中に入れることで、ミドリムシに含まれるパラミロン量を個別診断し、その個々の個性を見分けることに成功した。本研究成果で用いた方法論は、パラミロン以外にもさまざまな藻類の有用物質に展開できるため、藻類の基礎研究から地球温暖化対策としての藻類利用までを幅広く加速する有望な技術になると期待される。

 今回の研究成果は、内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造;セレンディピターのための細胞計測技術および細胞分取技術の開発」(プログラム・マネージャー:合田圭介東大教授)で得られた。本成果は、2018年5月29日にScientific Reports誌 (Nature Publishing Group, UK)にインターネット掲載された。

【解説】

 待ったなしの状況と言われている地球温暖化の対策として、藻類を用いて工場廃棄ガスや大気中の二酸化炭素から有用物質を生産する事が検討されている。藻類は二酸化炭素と水から光合成で糖を作り、細胞内に蓄積する。これは米やジャガイモがデンプンを蓄積するのと同じ仕組みであるが、藻類は増速が速く、物質生産を制御しやすいため、工業生産に向いていると言われている。また、藻類が作った物質をバイオディーゼル燃料に変換したり、医薬品、食品や化粧品のサプリメントに利用したりする研究も盛んである。中でもミドリムシは、生物界でも稀な構造を持つ顆粒状の多糖であるパラミロンを蓄積する。さらに、培養条件を整えると、細胞内に貯蔵したパラミロンをオイルに変換する事が知られており、このオイルをディーゼル燃料やジェット燃料として利用する実証試験が進んでいる。今後の社会の持続的発展には、地球温暖化対策と有用物質生産の両立が重要で、工場排ガスのような高濃度二酸化炭素を利用してたくさん糖を貯め込むメタボな藻類の選別が望まれている。

【今までの問題点】

 メタボなミドリムシを探し出すには、細胞内でのパラミロンの蓄積量を調べる必要があるが、今までは、パラミロンを見分ける試薬がないため細胞内の量を調べる事が困難であった。

【本研究の目的と得られた解決方法

 以下の2つの方法を組み合わせる事で、ミドリムシの体内に蓄積している特徴的な多糖類であるパラミロンを簡便に可視化して定量する方法の開発に成功した。

1) パラミロンを検出する方法の開発:

 パラミロンはグルコースという糖が特殊な結合で連なった顆粒状の多糖であるが、これまで、パラミロンを特異的に検出する試薬は知られていなかった。本研究グループは、蛍光分子を含む様々なアミノ酸配列のペプチド混合物を遺伝子工学的に作り、その中からパラミロンに結合するペプチドを分離する事で、パラミロンを検出する蛍光ペプチド試薬を得ることに成功した。この蛍光ペプチドは、普段はほとんど蛍光を発しないが、パラミロンと結合すると強く蛍光する工夫がしてある。

2) 蛍光ペプチド試薬をミドリムシの細胞内に入れる方法の開発:

 上述の蛍光ペプチド試薬は培養液中から細胞内に取り込まれないため、水中で熱を発生せずに加工する事が可能なフェムト秒パルスレーザーをミドリムシの近くに集光する事で、細胞内に蛍光ペプチドを送り込む事に成功した。また、水中を泳ぎ回るミドリムシを確実に処理するため、マンニトールという糖アルコールを高濃度で加えて一時的にミドリムシの動きを止める方法を開発した。

【本研究の意義】

 有用物質の検出はすべての研究や産業の基礎である。ここで開発した目的の有用物質に結合して検出できる蛍光ペプチド試薬の創出と、細胞にフェムト秒レーザーでこのペプチドを入れて目的物質を検出する方法論を幅広い藻類に応用する事で、今後、利用の拡大が期待されている藻類による物質生産を研究と産業化の両面から後押しする技術に育てたいと考えている。

【補足説明】

ミドリムシ:鞭毛を持ち、光に向かって水中を泳ぎ回る単細胞生物で、体内に多数の葉緑体を持ち、光合成で水と二酸化炭素からグルコースを産生する。このグルコースから多糖であるパラミロンを作り、顆粒として体内に貯め込む。高酸素環境にするとパラミロンからオイルをつくる。淡水のみならず汚れた水や、塩を含む水でも生育できる。

パラミロンに結合するペプチド:専門的にはペプチドアプタマーと呼ばれる分子で、数十のアミノ酸が連なった構造からなる。あらかじめ蛍光分子が入るように遺伝子を操作し、パラミロン顆粒により強く結合する蛍光ペプチドを選抜する進化工学的な手法で得られる。一旦配列が確定すれば、化学合成でこのペプチドを多量に作ることができる。ポイントは、最初から蛍光分子を入れたペプチド配列を用いることである。ペプチドのみで同じ進化工学的に結合するものを得ても最後の合成のときに蛍光分子をいれると、構造が変わってしまい有効な蛍光ペプチドが得られない。

フェムト秒パルスレーザー:光エネルギーを10兆分の1秒(100フェムト秒)の時間に集中させた超短パルスレーザーで、このレーザーを生体材料に照射すると、熱発生よりも短い時間で材料が加工される。顕微鏡を用いてこのレーザーを集光して細胞に照射することにより、細胞に熱損傷を与えることなくナノレベルで加工することが可能で、いわば細胞手術を実現することができる。本研究ではミドリムシの殻に穴を開けるために用いた。フェムト秒レーザーにより開けられた穴は十分小さく短時間で塞がり、また細胞への熱と光によるダメージを軽減することができたため、本手法は実現したと考えられている。

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【掲載論文】

Title: Targeted delivery of fluorogenic peptide aptamers into live microalgae by femtosecond laser photoporation at single-cell resolution

Authors: Takanori Maeno, Takanori Uzawa, Izumi Kono, Kazunori Okano, Takanori Iino, Keisuke Fukita, Yuki Oshikawa, Taro Ogawa, Osamu Iwata, Takuro Ito, Kengo Suzuki, Keisuke Goda & Yoichiroh Hosokawa

Publication: Scientific Reports, 8, 8271

DOI: 10.1038/s41598-018-26565-4

研究室ホームページ:http://mswebs.naist.jp/LABs/env_photo_greenbio/Index/index.html


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