News Release

先天性サイトメガロウイルス感染症の発生に妊娠中の発熱・感冒様症状と切迫流・早産が関連

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

神戸大学医学研究科の山田秀人教授(産科婦人科学分野)、日本大学医学部の森岡一朗教授(小児科学系小児科学分野)、および、愛泉会日南病院疾病制御研究所の峰松俊夫所長らの研究グループは、一般的な分娩施設で健診を受け、分娩した4125人の妊婦を対象とした臨床研究によって、妊娠中の発熱・感冒様症状(咳・のど痛・鼻水などかぜの症状)と妊娠第2三半期(妊娠14週から27週まで)の切迫流・早産※1の症状が、生まれた赤ちゃんの先天性サイトメガロウイルス感染の発生に関係していることを世界で初めて明らかにしました。

本研究チームなどの最近の研究により、これまで先天性サイトメガロウイルス感染児の発生を予測するために臨床現場で妊婦を対象として行われてきた血液検査は、役に立たない可能性が指摘されていました。血液検査を使わない出産前予測に有用なリスク因子を明らかにした今回の成果をもとに、先天性サイトメガロウイルス感染が発生するリスクを持ったお母さんを見つけ出し、その赤ちゃんを詳しく検査し、必要に応じて治療することで、本疾患に苦しむ子供たちを減らせることが期待されます。

この研究成果は、1月14日(現地時間)に、米国の科学雑誌Clinical Infectious Diseases(クリニカル インフェクシャス ディージーズ)に掲載されました。

ポイント

>サイトメガロウイルスは胎児感染を起こし、乳幼児に難聴、精神や運動の発達障害などの後遺症を残す原因となる。

>最近、早期に抗ウイルス薬を投与することで難聴や精神発達の遅れが改善できることが相次いで報告され、先天性感染児を出生早期に見つけ出すことの重要性が見直されるようになった。

>先天性感染児は、ほとんどが妊娠中に初感染を起こした母親から出生すると考えられていたため、これまで血液検査(抗体検査など)がスクリーニング※2法として用いられてきた。しかし、初感染を起こした母親よりも過去に感染を起こし、ウイルスが潜伏状態にある慢性感染の母親から多く発生し、さらに、後遺症の重症度も変わらないことが分かってきた。そのため、従来の血清学的検査は役に立たない可能性がある。

>血液検査を用いずに先天性サイトメガロウイルス感染の発生を予測するために有用な妊娠中の臨床症状などを調べた。

研究の背景

サイトメガロウイルス(CMV)は胎児に感染を起こして乳幼児に難聴、精神や運動の発達障害といった重い後遺症を残す原因となるとして注目されています。日本でも年間1,000人の先天性感染症児が生まれていると推定されており、大きな問題となっています。

現在のところ有効なワクチンや胎児・新生児に対する治療法がないため、全妊婦を対象とする血液検査などによる先天性CMV感染のスクリーニングは推奨されてきませんでした。しかし、最近になって先天性CMV感染による症状を持って生まれた新生児(症候性感染症児)に対して早期に抗ウイルス薬で治療を行うことで、難聴や精神発達の遅れが改善できることが分かってきました。したがって、出産時に先天性感染児を正確に見つけ出すことの重要性が再認識されるようになりました。

これまで、先天性感染はCMVに対する抗体を持たない妊婦が、妊娠中に初めてCMVに感染(初感染)した場合に発生すると考えられてきました。そのため、妊娠中の母体初感染を診断する検査である抗CMV免疫グロブリン(Ig)M抗体※3、IgG抗体検査※4やCMV IgGアビディティー検査※5などが先天性CMV感染児発生のハイリスク妊娠を選び出す目的で用いられてきました。

しかし、2017年に米国科学雑誌『Clinical Infectious Diseases』に掲載された本研究グループの成果をはじめ、世界中の多くの研究者たちが、先天性CMV感染児は妊娠中の初感染よりも妊娠前に感染を起こした慢性感染状態の妊婦から多く発生し、しかも、重症度も変わらないことを相次いで報告しています。このことから、妊娠中の初感染妊婦を見つけ出そうとするこれまでの血清学的検査によるスクリーニングは役に立たない危険性があることが分かります。

先天性感染児を漏れなく見つけ出すためには、全ての新生児を対象とした尿のPCR検査※6の実施が理想的ですが、世界的にみても実施している国はありません。全新生児対象検査を迅速に普及させることは難しいため、出産前から先天性感染のリスクの高い赤ちゃんを見つけておき、その新生児に対して尿を用いたCMVのPCR検査を行う手法が現実的です。

そこで、今回の研究では、一般的な産科施設で分娩した妊婦を対象として、血液検査を用いずに、先天性CMV感染児の発生を予測するために有用な妊娠中の妊婦の臨床症状などがあるか否かを調べました。

研究の内容

本研究では、神戸大学の関連病院のひとつでローリスク妊婦の分娩のみを扱う一般的な産科施設(なでしこレディースホスピタル)で、2009年3月から2017年11月の間に妊婦健診を受け、分娩した4125人を解析対象としました。この研究期間に生まれた全新生児に対して尿のCMV PCR検査を行ったところ、9人(0.2%)に先天性CMV感染が発生し、うち1人に聴力異常を認めました。血液検査を用いずに先天性CMV感染の発生を予測するための因子として、今回の研究で検討した項目のうち、妊婦に関するものは、①妊娠時の年齢、②妊娠分娩回数、③妊娠前のBody Mass Index(BMI)、④妊婦の職業、⑤喫煙歴の有無、⑥不妊治療の有無、⑦妊娠中の発熱・感冒様症状の有無、⑧切迫流・早産、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などの妊娠中の合併症の有無、⑨分娩中の胎児機能不全※7の有無、⑩帝王切開による分娩か否か、⑪分娩週数で、一方、新生児に関するものは、①出生体重、②性別、③聴力スクリーニング検査での異常の有無などです。

先天性感染が発生した群と発生しなかった群で、先述のすべての検討項目について、統計を用いて比較した結果、先天性感染が発生した妊婦では、発生しなかった妊婦と比べて、妊娠中に発熱・感冒様症状を認めた妊婦の割合が高く、また、妊娠第2三半期(妊娠14週から妊娠27週まで)に切迫流・早産の症状を認めた妊婦の割合が高いことが分かりました。さらに、多変量解析を用いることで、妊娠中の発熱・感冒様症状と妊娠第2三半期の切迫流・早産の症状は、統計学的にも赤ちゃんの先天性感染発生に関連していることが証明されました。

また、先天性感染の発生予測における妊娠中に発熱・感冒様症状を認めた場合の感度※8は78%、特異度※9は85%で、妊娠第2三半期に切迫流・早産の症状を認めた場合の感度は78%、特異度は61%でした。妊娠中に発熱・感冒様症状、もしくは、妊娠第2三半期に切迫流・早産のいずれかの症状を認めた場合の感度は100%、特異度は53%でした。

以上のことから、一般的なローリスク妊婦では、妊娠中に発熱・感冒様症状、もしくは、切迫流・早産の症状を認めた場合には、その新生児に対して、尿のCMV PCR検査を考慮した方がよいと考えられます。

今後の展開

これまで行われてきた妊婦の血液検査(抗体検査など)によって、妊娠中のCMV初感染を診断し、先天性CMV感染のハイリスク妊婦を同定しようとするスクリーニング法では、慢性感染状態にある母体から生まれる多数の先天性感染児を見落としてしまうことになり、限界があります。

そこで本研究では、血液検査を用いずに、妊娠中の妊婦の臨床症状などから先天性CMV感染の発生を予測できないかを検討しました。その結果、妊娠中の妊婦の発熱・感冒様症状と第2三半期(妊娠14週から妊娠27週)における切迫流・早産症状の2つが先天性CMV感染の発生に関係していることが分かりました。

今後、妊娠中にこれらの症状を認めた妊婦から出生した赤ちゃんに対して尿を用いたCMVのPCR検査を行うことで罹患児を早期に発見・治療することが可能になり、本疾患に苦しむ子供たちを減らせることが期待されます。

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用語解説

※1 切迫流・早産 性器出血、子宮収縮による下腹痛、子宮口の開大といった症状を認め、さらに悪くなった場合には流産(妊娠21週以下の分娩)や早産(妊娠36週以下の分娩)にいたってしまう恐れのある状態。

※2 スクリーニング ふるいわけ。特に健康な人も含めた集団から、目的とする疾患に関する発症者や発症が予測される人を選別する医学的手法をいう。

※3 CMV IgM抗体 CMVに初感染後、1~2週間程度で産生が開始され、2~3ヶ月で消失する。したがって、IgM陽性の場合には、3ヶ月以内の初感染が示唆される。しかし、初感染後、数年間IgMが陽性となる場合がある。

※4 CMV IgG抗体 CMVに初感染後、IgM抗体に遅れて産生され、終生、陽性となる。CMV IgG抗体が陰性から陽性に変化した場合(陽転化)には、初感染と診断できる。CMV IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性であれば、慢性感染と判断される。

※5 CMV IgGアビディティー検査 CMV IgG抗体のCMVに対する結合力が感染成立後の時間経過に伴って強くなることを利用した検査。感染初期には結合力が弱いために、結合力を示すアビディティー・インデックス(AI)は低値となる。逆に慢性感染では、IgG抗体のウイルス抗原に対する結合力が増すためにAIは高値となる。IgM抗体検査で陽性となった場合に、初感染を診断するための補助検査として使用される。

※6 PCR検査 ごく微量のDNAを増幅させて、病原体などを検出する検査方法をいう。

※7 胎児機能不全 お産の途中でさまざまな原因によって胎児が低酸素状態になること。

※8 感度 検査などにおいて、その検査が診断しようとする疾患を正しく「陽性」と判定する割合。

※9 特異度 検査などにおいて、その検査が診断しようとする疾患が無い場合に正しく「陰性」と判定する割合。


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