News Release

腸管病原菌による宿主細胞死クロストーク抑制機構の解明

赤痢菌の新たな感染戦略を解明

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

The Shigella effectors prevent cell death crosstalk

image: Host cells recognize blockade of caspase-8 apoptosis signaling by bacterial pathogens, and triggers necroptosis as a backup form of host defense. To counteract this cell death crosstalk, Shigella flexneri delivers effectors via the type III secretion system and successfully prevent apoptosis and necroptosis, thereby maintaining its replicative niche. (i) When Shigella invades and multiplies within epithelial cells, PAMPS and DAMPs are released. Host cells detect these PAMPs and DAMPs, and subsequently trigger apoptosis as host defense to clear bacterial infection. (ii) To counteract this, Shigella delivers OspC1 effector, and directly or indirectly prevents caspase-8 activation and apoptotic cell death. (iii) On the contrary, host cells detect bacterial disturbance of caspase-8 activation, resulting in induction of necroptosis as a backup host defense. (iv) Again, Shigella subsequently delivers OspD3 effector, which targets RIPK1 and RIPK3 for degradation via its protease activity to prevent necroptosis. view more 

Credit: Department of Bacterial Pathogenesis,TMDU

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細菌感染制御学分野の芦田浩 准教授と鈴木敏彦 教授の研究グループは、千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋 特任教授との共同研究で、下痢症の主要な原因菌である赤痢菌※1が宿主細胞死アポトーシス※2とネクロプトーシス※3のクロストークを阻害することで感染を拡大させる生存戦略をつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに日本医療研究開発機構などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌EMBO Journalに、2020年7月13日午後0時(中央ヨーロッパ夏時間)にオンライン版で発表されます。

【研究の背景】

 生体は病原細菌の感染を感知し、細胞死を誘導することで感染の拡大を妨げます。細胞死はその形態や誘導機構により様々なタイプに分類されますが、感染により損傷を受けた細胞を病原細菌ごと取り除くため、感染防御機構として効果的です。これに対し、赤痢菌をはじめとする腸管病原菌はIII型分泌装置※4と呼ばれる病原因子輸送装置より複数の病原性タンパク(エフェクター※5)を宿主細胞に分泌し、上皮細胞の細胞死を抑制することで増殖の場を保持し、感染を成立させます。しかし、感染における宿主の細胞死誘導機構および赤痢菌による細胞死抑制戦略は多くが未解明のままです。

【研究成果の概要】  

病原細菌の感染に対し、生体は様々なタイプの細胞死(アポトーシス、ネクローシス、パイロプトーシス等)を誘導することで感染の拡大を妨げます。研究グループは、赤痢菌による細胞死抑制機構を解明するため、複数のエフェクター遺伝子欠損赤痢菌株を感染させた上皮細胞での細胞障害性を調べました。その結果、ospD3遺伝子欠損株感染細胞では野生株感染時に比べて細胞障害性が上昇することが示されました。さらにospD3遺伝子欠損株感染細胞で誘導される細胞死を解析したところ、ネクロプトーシスであることが分かりました。

 続いて、OspD3エフェクターの宿主標的因子を探索したところ、OspD3エフェクターは自身の有するプロテアーゼ活性により、ネクロプトーシス誘導に必要なシグナル因子であるRIPK1およびRIPK3を標的とし、切断することが明らかとなりました。この結果、ネクロプトーシス阻害により赤痢菌が増殖する足場が確保され、菌は細胞内で増殖を続けることが示唆されました。

 ネクロプトーシスはアポトーシス誘導に重要なcaspase-8※6の活性が阻害されている条件で誘導されることが知られています。多くの病原細菌はアポトーシスを阻害する感染戦略を有しており、実際に赤痢菌の腸管上皮細胞感染でもアポトーシスが阻害されています。そこで、研究グループは赤痢菌感染時のネクロプトーシス誘導が、赤痢菌によるcaspase-8依存的なアポトーシス阻害が原因ではないかと仮説を立てました。

 複数のエフェクター遺伝子欠損赤痢菌株を感染させた上皮細胞でのcaspase-8活性を測定したところ、ospC1遺伝子欠損株感染細胞では野生株感染時に比べてcaspase-8活性が上昇しており、アポトーシスも増加していることが認められました。実際にospC1遺伝子とospD3遺伝子の二重欠損株感染細胞ではospD3遺伝子欠損株感染で認められたネクロプトーシスの特徴であるMLKLのリン酸化および細胞障害性が消失していました。すなわち、赤痢菌OspC1エフェクターによるcaspase-8活性阻害がネクロプトーシス誘導の引き金となることが明らかとなりました。

 以上の結果をまとめると、宿主は赤痢菌感染を妨げるため、caspase-8の活性化を介したアポトーシスを誘導します。これに対し、赤痢菌はIII型分泌装置よりOspC1エフェクターを腸管上皮細胞に分泌し、caspase-8活性化を阻害することでアポトーシスを抑制します。しかし、宿主は赤痢菌によるcaspase-8阻害を危険信号として感知し、バックアップ機構として第2の細胞死ネクロプトーシスを誘導します(細胞死クロストーク)。一方、赤痢菌はさらにネクロプトーシスを阻害するため、OspD3エフェクターを分泌し、RIPK1およびRIPK3を分解することでネクロプトーシスを抑制します。この結果、赤痢菌は感染の場となる腸管上皮内で増殖を続け、感染を拡大させます。このように、宿主と病原細菌の攻防において、宿主は病原細菌の感染を感知し、細胞死クロストークを誘導しますが、赤痢菌はこの細胞死クロストークを抑制し、腸管上皮細胞で感染を拡大させる高度な生存戦略を明らかにしました。

【研究成果の意義】  

腸管病原菌による下痢症は国際的視野から重要な感染症ですが、いまだに有効なワクチンは存在しません。また、現行の抗生剤治療では多剤耐性菌の出現が問題となっていることからも、新たな治療法の確立が不可欠となっています。本研究成果は、赤痢菌による新たな感染戦略を解明したことで、それを標的としたワクチンおよび新規治療薬開発につながることが期待されます。また、本研究で解明されたエフェクター機能を利用し、細胞死に対する特異的阻害薬開発に大きく貢献することが期待されます。

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【用語解説】

 ※1 赤痢菌:細菌性赤痢の起因菌で、開発途上国を中心に多くの感染者、乳幼児死亡者を出す。経口的に腸管に感染することで発熱や粘血性の下痢を引き起こす。未だに有効なワクチンは確立しておらず、現行の抗生剤治療では多剤耐性菌の出現が問題になっている。  

※2 アポトーシス:細胞膜破壊を伴わない非炎症性のプログラム細胞死。caspaseの活性により制御される。

 ※3 ネクロプトーシス:細胞膜破壊を伴う炎症性のプログラム細胞死。RIPK1およびRIPK3により制御される。

 ※4 III型分泌装置:病原細菌が有するタンパク質分泌装置の一つ。注射針のような形状で、菌体から宿主細胞に病原性タンパク質を注入する。

 ※5 エフェクター:病原細菌が宿主細胞に分泌する病原性タンパク質。病原細菌が保有するIII型やIV型などの病原因子分泌装置を通じて分泌される。宿主標的分子に結合もしくは作用することで、その機能を制御する。  

※6 caspase-8:細胞死を制御するcaspaseファミリーの一つ。アポトーシス誘導に関与する。他のcaspaseファミリーには、アポトーシスを制御するcaspase-3, -7, -9やパイロプトーシスを制御するcaspase-1, -4, -11などが知られている。


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