News Release

iPS細胞を用いてヒト分節時計のメカニズムを再現

生体の胚発生を模倣した実験系の確立と解析

Peer-Reviewed Publication

Kyoto University

Reconstituting human development in vivo

image: Graphical abstract of the current paper. Researchers reconstituted the human segmentation clock with iPS cells and analyzed the key genes involved view more 

Credit: Kyoto University/Cantas Alev/Misaki Ouchida

1.背景

体節とは、将来椎骨・肋骨・骨格筋・皮膚などに分化する細胞群です。一定時間ごとに、未分節中胚葉(PSM)と呼ばれる分化していない細胞がくびれて切れることによって形成されます。この体節形成は胚発生(多細胞生物が受精卵から成体になるまでの過程)における主要な発生プロセスであり、マウス、ニワトリ、ゼブラフィッシュ等のモデル生物で研究されてきました。現在では、モデル動物において、遺伝子の発現量が周期的に変化すること(時計遺伝子の振動)によって体節形成(分節)を制御する「分節時計」が存在することが明らかになっています。しかし、ヒトにおいては、体節形成期の胚の使用は制限されていることから、ほとんど何もわかっていませんでした。 本研究グループは、これまでにマウスやニワトリなどのモデル生物における中胚葉の分化とパターン形成について研究してきました。その成果を踏まえ、試験管内(in vitro)でヒトの中胚葉形成を再現できるのではないかと考えました。また、ヒトにおいても分節時計が機能しており、振動する時計遺伝子の可視化と定量が可能であると考えました。

2.研究手法・成果

本研究グループは、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて、胚発生を模した形で段階的にヒトPSMを誘導するin vitroの二次元/三次元分化系を確立しました。すでにモデル生物を用いた胚発生研究によって、分節時計におけるシグナル伝達経路の活性変化が明らかになっていました。この実験系では、その活性変化を模した培養系で、PSMおよびそこから分化する組織を誘導しました。

その結果、このin vitroのiPS細胞由来PSMにおいて、発現が大きく振動する遺伝子を複数同定しました。また、PSMにおいて振動する遺伝子の1つである、HES7のレポーター細胞を樹立しました。このレポーター細胞を用いて解析したところ、誘導したPSMにおいて、HES7遺伝子の発現が約5時間周期で振動することが確認できました。その際に、分節時計のメカニズムの重要な特徴である、遺伝子の発現が進行波の様に移動していく様子を観察できました。

また、この実験系でマウスの未分節中胚葉を誘導し、in vitroにおけるマウスの分節時計が、実際の胚における周期と同じ2~3時間である事を示しました。

さらに、確立した誘導法を用いてHES7を振動発現させたヒト及びマウスのin vitro PSMを用いたRNAシーケンシング解析により、約200個の新規の同位相/逆位相振動遺伝子を同定し、これまで分節時計との関連が報告されていないシグナル経路を見出すことに成功しました。これにより、分節時計のメカニズムについて新しい知見を提供することができました。

本研究ではまた、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いて、椎骨分節異常(SDV)や脊椎肋骨異骨症(SCD)などで報告されている原因遺伝子に、疾患特異的な変異を持つiPS細胞を樹立しました。これらの細胞株を、本研究で確立したin vitro誘導系を用いてPSMに誘導したところ、疾患に特異的な遺伝子変異が、分節時計の発現振動、振動の同調、分化へ与える影響を検証することができました。さらに、SDVやSCDの患者さんから樹立したiPS細胞を用いたPSM誘導でも、同様の分節時計の異常を検出することができました。CRISPR/Cas9を用いてこの疾患特異的な遺伝子変異を修正したところ、分節時計の異常な発現振動・周期・分化が一部正常に戻ることが確認できました。

3.波及効果、今後の予定

本研究で確立した分節時計のin vitroモデルの確立は、ヒトの体節形成や分節メカニズムの理解について、一つのターニングポイントとなる成果であると考えています。ヒトの主要な発生過程については、倫理的な制約からこれまで立ち入ることが出来ませんでしたが、この再現性の高いin vitroモデルによって、ヒトの中胚葉形成の研究のみならず、胚発生時期に関する疾患研究へ、多くの可能性が開かれたことを意味しています。

iPS細胞を活用した本研究グループの�人工発生学�的アプローチは、ヒトだけでなく、その他の哺乳類や爬虫類の発生過程(体節形成など)の研究への可能性をも開くものです。分節時計がなぜ、そしてどのように種特異的であるのかといった課題の解明に貢献することが期待されます。

また、このモデルは、発生時間がどのようにして実際の発生プロセスを制御しているか、また、疾患や進化において、発生時間の制御メカニズムにおける異常や変化がどのように分節過程に影響を与えるか、といった問題を解決する一助となると考えられます。

さらに、本研究はヒトの通常の胚発生のみならず、先天性疾患のような異常な胚発生に関して知見を加えるものだといえます。

本研究は、iPS細胞を用いることによって、基礎的な生物学の問題を解明できるだけではなく、複雑な先天性疾患の病因に対して新たな知見を与えることのできる好例です。本研究と今後の研究が、基礎的なヒト生物学の理解をさらに深めることを切に願います。

###


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.