News Release

長時間蛍光イメージングを可能にする近赤外蛍光標識剤を開発

蛍光1分子追跡から生体深部イメージングまで生命科学・医療分野に幅広く応用可能

Peer-Reviewed Publication

Institute of Transformative Bio-Molecules (ITbM), Nagoya University

Molecular Structure of the New near Infrared Fluorescent Labeling Agent PREX 710 with a Linkage Site

image: Incorporation of the electron-withdrawing phosphine oxide (P=O) moiety into the xanthene framework enables red shift (increase in wavelength) of the excitation and emission wavelengths. The two methoxy (OMe) groups on the aromatic ring contribute to the enhancement in the chemical and photostability of PREX 710. Various biomolecules can be bound to PREX 710 at the R position via an amide linkage. view more 

Credit: ITbM, Nagoya University

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の山口 茂弘教授、多喜 正泰特任准教授、ガージボウスキー マレク(Grzybowski Marek)研究員らの研究チームは、理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)の岡田 康志チームリーダーおよび愛媛大学大学院医学研究科の今村 健志教授、川上 良介准教授らと共同で、蛍光イメージング技術において近赤外領域(可視光線の赤色よりも長い波長領域)で長時間にわたって、安定して光り続けることができる蛍光標識剤の開発に成功しました。

 これまでの可視光を用いた生体試料の蛍光イメージングでは、光照射による細胞の機能障害や、試料の自家蛍光注1)によるノイズの上昇に加え、体内の深い部位までは光が届かないため、血管や臓器などを観察することが困難でした。これらの問題は、可視光よりも波長の長い近赤外光を用いることで解決できます。しかし、近赤外蛍光色素は、化学的な安定性や光安定性に乏しいため、次第に発光しなくなり、対象となる生体試料を長時間にわたって観察し続けることができませんでした。

 今回、共同研究チームは、代表的な蛍光色素の一つであるローダミン色素にリン原子を導入し、これを酸化することによって、極めて高い化学的安定性と光安定性を併せもつ近赤外蛍光色素「PREX 710」の開発に成功しました。PREX 710は、生体分子と結合できる部位を有しているため、近赤外蛍光標識剤として利用することができます。これにより、蛍光1分子の長時間追跡や脳内血管の深部観察が可能になることから、生命科学や基礎医学分野などへの幅広い応用が期待されます。

 本研究成果は、ドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で公開されました。

ポイント

➢ 生体のありのままを長時間にわたって観察し続けることができる化学的安定性と光安 定性に優れた近赤外蛍光標識剤の開発が強く求められていた。
➢ 700 nm以上の近赤外光を放つ蛍光標識剤PREX 710を開発し、1分子蛍光イメージ ングから生体深部のイメージングにおける有用性を示した。
➢ 生理的条件で蛍光シグナルを長時間観察し続けられることから、生命科学研究や基礎 医学など幅広い分野への応用が期待される。

<研究の背景と経緯>

 

蛍光イメージングとは、特定のタンパク質や細胞器官に蛍光の目印をつけ(蛍光標識)、生体の機能や構造を蛍光顕微鏡によって可視化する技術です。現在に至るまで、蛍光タンパク質や低分子の有機蛍光色素などを基盤にした多種多様な蛍光標識剤が開発されていますが、その多くは可視領域の光を利用するものです。しかし、生きた試料で光エネルギーが高い青色や緑色を長時間用いると、観察対象が光によってダメージを受けることがあり、健全な状態を保つことができなくなります。また、可視光で励起した場合は、蛍光標識剤に由来するシグナルのほかに、生体の内在物質からの蛍光(自家蛍光)も同時に検出されてしまうため、良好な画質が得られないという問題がありました。さらに、可視光はヘモグロビンなどの身体を構成する物質によって吸収されてしまうため、体内の深い部位までは光が届かず、生きている状態で血管や臓器などを観察することは困難でした。

 上記の問題は、可視光よりも波長が長い近赤外光を用いることによって回避することができます。近赤外光を用いた蛍光イメージングでは、これまでシアニン色素注2)を骨格とした蛍光標識剤が最も利用されていますが、一般にシアニン色素は化学的な安定性や光に対する安定性に乏しいという問題を抱えています。そのため、対象となる生体試料を長時間にわたって観察していると、色素が次第に分解されて蛍光が検出できなくなってしまいます。このような背景から、生命科学や基礎医学研究に応用できる退色に強い近赤外蛍光標識剤の開発が強く望まれていました。

<研究の内容>

 

今回、研究チームは、色素骨格にリン元素を含む電子受容性の原子団(ホスフィンオキシド、P=O)を導入することにより、化学的な安定性や光に対する安定性に優れた近赤外蛍光標識剤「PREX 710 (Photo-Resistant Xanthene dye)」の開発に成功しました。実際に、PREX 710を用いて強い光照射を必要とする1分子蛍光イメージング注3)を行った結果、数秒程度で消失してしまうシアニン色素(Alexa Fluor® 647)に比べて、PREX 710からの1分子蛍光シグナルは、数分間も検出可能であることが明らかになりました。また、PREX 710は可視光の蛍光性色素との重なりがほとんどないため、生細胞マルチカラーイメージング注4)においても市販されている様々な蛍光染色剤と容易に組み合わせることができます。

 研究チームではさらに、多糖類の一種であるデキストラン注5)をPREX 710で標識し、これをマウスの静脈に投与することによって、脳血管の深部イメージングを行いました。PREX 710は、血液中においても長時間安定に存在することができ、さらにヘモグロビンの影響を受けにくい波長で励起可能であることから、蛍光断層撮影注6)によって脳血管の3次元画像を構築することにも成功しました。

 このようなイメージング環境では、退色防止剤を添加して光照射による色素の退色を抑える方法が一般的でしたが、PREX 710は添加剤を使用しない、通常の生理的環境でも高い安定性を示したことから、細胞や組織の機能を損ねることなく、「ありのまま」に近い状態で長時間観察できる有用なツールであるといえます。

<今後の展開>

 

今回開発したPREX 710のように、安定性に優れた近赤外蛍光色素は、生命科学や基礎医学分野で待望されており、細胞内のタンパク質輸送から組織深部における1細胞動態の追跡まで、幅広い応用が期待されます。

 

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<用語解説>

注1)自家蛍光:生体組織内に元から存在する物質が発する蛍光。

注2)シアニン色素:ポリメチン骨格の両末端に窒素を含む複素環をもつ合成染料。ポリメチン鎖(共役二重結合で結ぼれたメチン鎖)の長さに応じて、吸収および蛍光波長が異なる。

注3)1分子蛍光イメージング:観察したいタンパク質や生体分子を蛍光色素で標識し、1分子の軌跡を追跡するイメージング技術。

注4)細胞マルチカラーイメージング:発色が異なる複数の蛍光分子を細胞に導入し、種々の構造体を同時に可視化するイメージング技術。

注5)デキストラン:グルコースのみによって構成される多糖類。

注6)蛍光断層撮影:生体細胞や生体組織を対象とした蛍光観察において、深さを変えながらイメージング画像を取得し、断層画像を積み上げて3次元画像を再構築する手法。

<論文情報>

掲載雑誌: Angewandte Chemie International Edition
論文名: A Highly Photostable Near-infrared Labeling Agent Based on a Phospha-rhodamine Enables Long-term and Deep Imaging
著 者: Marek Grzybowski, Masayasu Taki, Kieko Senda, Yoshikatsu Sato, Tetsuro Ariyoshi, Yasushi Okada, Ryosuke Kawakami, Takeshi Imamura, and Shigehiro
Yamaguchi
DOI: 10.1002/anie.201804731

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

山口 茂弘(やまぐち・しげひろ)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 副拠点長/教授
TEL:052-789-2291
E-mail?a href="mailto:Fyamaguchi@chem.nagoya-u.ac.jp">Fyamaguchi@chem.nagoya-u.ac.jp

多喜 正泰(たき・まさやす)

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 特任准教授
TEL:052-789-5248
E-mail?a href="mailto:Ftaki@itbm.naogya-u.ac.jp">Ftaki@itbm.naogya-u.ac.jp

ITbMに関すること

宮? 亜矢子(みやざき・あやこ)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 
リサーチプロモーションディビジョン
TEL:052-789-4999 FAX:052-789-3240
E-mail?a href="mailto:Fayako.miyazaki@itbm.nagoya-u.ac.jp">Fayako.miyazaki@itbm.nagoya-u.ac.jp

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【WPI-ITbMについて】

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させ、新たな学問領域である植物ケミカルバイオロジー研究、化学時間生物学(ケミカルクロノバイオロジー)研究、化学駆動型ライブイメージング研究の3つのフラッグシップ研究を進めています。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせで研究し、融合研究を行うミックス・ラボという体制をとっています。「ミックス」をキーワードに、化学と生物学の融合領域に新たな研究分野を創出し、トランスフォーマティブ分子の発見と開発を通じて、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。


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