News Release

ARID1A欠失は胆管癌の悪性化を促し、ヒストン修飾を介して幹細胞遺伝子の発現亢進に働く

肝内胆管癌治療薬の新しい標的を発見

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Cancer Stemness Upregulated in ARID1A-Mutated Cholangiocarcinoma

image: ARID1A binds to HDAC1 and downregulates the expression of stemness genes such as ALDH1A1. In the absence of ARID1A,H3K27 acetylation and stemness genes expression are upregulated. view more 

Credit: Department of Molecular Oncology,TMDU

 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 分子腫瘍医学分野の田中真二教授、秋山好光講師、島田周助教、吉野潤大学院生の研究グループは、同ウイルス制御学の山岡昇司教授、同肝胆膵外科学分野の田邉稔教授との共同研究により、胆管癌においてARID1Aの欠失が、幹細胞遺伝子のALDH1A1の発現を亢進し、胆管癌の悪性度に関連していることを世界で初めて明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん医療創生研究事業」(P-CREATE)、高松宮妃癌研究基金研究助成金等のもとにおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Carcinogenesis(カルシノジェネシス)に2019年10月30日(英国時間)にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 胆道癌は世界的に増加傾向で、特に日本を含むアジアで発症頻度が高い悪性腫瘍です。発生部位により肝内胆管癌、肝外胆管癌、胆嚢癌に分けられ、それぞれ異なった遺伝学的背景や臨床経過を呈します。肝内胆管癌は胆道癌の約10%を占め、その悪性度は高く、切除後5年生存率は25-35%です。現在、胆道癌に対して有効な薬剤は少なく、新たな治療薬の開発が待ち望まれています。

 胆道癌の大規模遺伝子解析の結果、エピジェネティック制御遺伝子の異常が高頻度に認められており、特にARID1A変異の割合は約11%を占め、TP53, KRAS続いて3番目に頻度が高いことが報告されています(Nakamura et al. Nat Genet, 2015)。しかしながら、胆道癌におけるARID1A欠失による分子機構はよくわかっていません。  本研究グループは胆道癌におけるARID1Aの発現異常と臨床病理学的諸性状との関連を調べ、ARID1A発現低下は肝内胆管癌患者の予後に関与していることを明らかにしました。さらに、ARID1Aノックアウト胆管がん細胞株を用いた機能解析から、ARID1Aがヒストン脱アセチル化酵素と複合体を作り、ヒストン修飾を介して幹細胞遺伝子の発現調節に働いていることを見出しました。

【研究成果の概要】

 本研究では、胆道癌の臨床症例を用いた解析でARID1A発現の陰性症例が胆道癌120例中21例(17.5%)で認められ、その内訳は肝内胆管癌が15/69例 (21.7%)、肝外胆管癌が4/34例 (11.8%)、胆嚢癌は2/17例(11.8%)であり、ARID1A発現欠失は肝内胆管癌で最も多くみられました。ARID1A発現と臨床病理学的諸性状との関連を検討した結果、予後因子のみに有意差が認められ、ARID1A陰性胆管癌群は陽性群に比べて予後が不良でした(P=0.005)。 

 胆管癌におけるARID1A欠失の生物学的意義を調査するため、ゲノム編集法を用いてARID1Aノックアウト胆管癌細胞株を作成しました。ARID1Aノックアウト株の遊走能、浸潤能とスフェア形成能はARID1A野生型細胞に比べて有意に高く、ARID1A欠失は胆管癌の悪性度亢進に関与することが明らかになりました。さらに網羅的遺伝子発現およびシグナル経路解析により、ARID1Aノックアウト細胞では幹細胞性や浸潤亢進に関わる複数の遺伝子群が同定され、その中でも幹細胞遺伝子であるALDH1A1*4の発現亢進が最も大きな変化でした。

 ARID1Aノックアウト細胞では、ALDH1A1遺伝子のプロモーター領域のヒストンH3の27番目リジン(K27)のアセチル化 (H3K27ac)レベルが野生型細胞に比べて強く、ALDH1A1の発現亢進にはヒストンアセチル化*5の増強が関与することが分かりました。一方、ARID1A存在下では、ARID1Aはヒストン脱アセチル化酵素HDAC1と結合して複合体を作りました。さらにARID1A・HDAC1複合体によるヒストン脱アセチル化の促進により、ALDH1A1遺伝子のプロモーター領域のH3K27acレベルが減少することが示唆されました。臨床検体を用いた解析でも同様にALDH1A1とARID1Aとの発現は逆の関係であり(P=0.018)、ARID1A陰性かつALDH1A1陽性群はそれ以外の症例群に比べて有意に予後不良でした。(P=0.002)。

【研究成果の意義】

 本研究では、肝内胆管癌においてARID1Aの発現低下が悪性化に関与していることを見出しました。そして、ARID1AはHDAC1と結合してヒストン脱アセチル化を促進させ、ALDH1A1発現を抑制していることが明らかになりました。ARID1Aが欠失した胆管癌ではヒストンアセチル化レベルが高く、ALDH1A1の発現亢進によって幹細胞性が増強するという機序が示唆されました。本研究成果により、ARID1Aによるヒストン修飾異常を標的とした新規治療法の開発が今後期待されます。

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【用語解説】

*1エピジェネティック制御遺伝子

 エピジェネティクスはDNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現の制御機構を示す。この機構はDNAメチル化、ヒストン修飾およびクロマチンリモデリングの3つが主要な因子であり、複数の制御遺伝子によって構成されている。胆道癌ではARID1A, BAP1, ARID2, PBRM1などのエピジェネティック制御遺伝子が報告されている。

*2ヒストン修飾

 ヒストン修飾は、ヒストン分子のN末側のヒストンテールと呼ばれる突出した領域内の特定のアミノ酸残基がメチル化、アセチル化、リン酸化などの様々な翻訳後化学修飾を受けることを示し、遺伝子発現制御、染色体・クロマチンの構造維持など多岐に渡って重要な役割を果たしている。また、遺伝子プロモーター領域のヒストン修飾状態は遺伝子発現に強く関与している。

*3幹細胞遺伝子

 幹細胞は自己複製能と様々な細胞に分化できる能力(多分化能)を持つ細胞で、発生や再生などの根幹を担う。このような幹細胞では、特異的に発現するALDH1A1, CD133などの遺伝子群(幹細胞遺伝子)が同定されている。近年、癌細胞集団の中に幹細胞性を持つ特殊な細胞、いわゆる”癌幹細胞”が存在することが報告されており、発癌、再発、転移、治療抵抗性などにおける重要性が示唆されている。

*4ALDH1A1遺伝子

 ALDH1Aはレチナールの酸化によってレチノイン酸を作り出すアルデヒド脱水素酵素の1つであり、様々な組織の分化に関わる幹細胞マーカーの一つと言われている。ALDH1AはALDH1A1、ALDH1A2、ALDH1A3の種類に分けられる。最近の研究では、ALDH1A1は幹細胞マーカーだけでなく、他の癌ではALDH1A1発現が幹細胞性亢進に働くことも報告されている (Ciccone et al. Clin Cancer Res, 2018)。

*5ヒストンアセチル化

 ヒストンのアセチル化状態はヒストンアセチル基転移酵素またはヒストン脱アセチル化酵素(HDAC1など)によって触媒・維持されている。ヒストンアセチル化として、ヒストンH3の27番目のリジン残基のアセチル化修飾(H3K27ac)が代表的であり、活性化している遺伝子領域ではH3K27acレベルが高い。一方、ヒストン脱アセチル化は修飾されたアセチル基を取り去るため、アセチル化レベルが低下する。


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