News Release

ヒト赤血球変形の時間スケールを解明

ロボットポンプが新たな細胞機能の解明・診断の糸口に

Peer-Reviewed Publication

Osaka University

図1:ロボットポンプを接続したマイクロ流路

image: Feedback loop between high-speed vision and actuator enables real-time on-chip manipulation of a red blood cell (RBC). RBC deforms inside the narrow path for a specified time. view more 

Credit: Hiroaki Ito

・マイクロ流路[1] の中で細胞を超高速・超精密に操作し、ヒト赤血球の細胞変形能を担う細胞骨格[2] が緩和する時定数[3] を発見。敗血症[4] による細胞変形能の異常との関わりも明らかに ・これまでマイクロ流路内での自由な細胞操作は難しく、細胞の変形時間に対する応答を網羅的に調べることは不可能であったが、ロボットポンプを活用して変形負荷の制御と変形の高速計測を実現 ・細胞骨格再構築の機序への理解が深まったとともに、血液疾患の迅速な物理学的診断が可能に

概要

大阪大学大学院工学研究科の金子真教授、名古屋大学マイクロ・ナノメカトロニクス研究センター新井史人センター長、独国ハイデルベルグ大学物理化学研究所・京都大学物質-細胞統合システム拠点の田中求教授らの研究グループは、ヒト赤血球細胞への変形負荷の時間を精密制御することで、細胞内部の細胞骨格が負荷に応じて再構成する新たな時間スケールを発見しました。マイクロ流路の中で超高速・超精密な細胞操作を可能にしたのは、独自開発のロボットポンプ。変形負荷を制御し、計測する手法を確立したことで敗血症因子による細胞応答の異常化を力学的に診断できる可能性を示しました。

赤血球は毛細血管や臓器の中で無数の変形を繰り返しながら全身を巡ります。これまでに毛細血管を模したマイクロ流路を用いてその変形能を評価する試みは数多くありましたが、微小な流路トンネルの内部で赤血球への変形負荷強度を制御することは技術的に難しい課題でした。今回、金子・新井・田中教授らの研究グループは、独自のロボットポンプをマイクロ流路と組み合わせてこの課題を解決し、これまでアプローチが難しかった時間スケールで劇的な変形能の変化が起こっていること、およびその変化と敗血症との関連を発見しました。これにより、新たな時間スケールの細胞動作原理が明らかになっただけでなく、血液の関わる病気の“力学的診断法”の確立に向けた新展開が期待されます。

本研究成果は、イギリス科学誌「Scientific Reports」に、平成29年2月24日(金)午後7時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

赤血球は、血流に乗って全身を巡り、自身の直径より細い毛細血管などを通過し、全身に酸素を運んでいます。血流や血管壁など周囲の環境に応じて大きく変形する赤血球の「変形に対する動的応答」を調べることは、細胞の生命機能を解明するだけでなく、健康な血液循環を診断するためにも重要な研究対象でした。ナノ・マイクロ加工技術が発展し、高速計測も可能なことから、近年はマイクロ流路を用いた変形試験が盛んに行われていますが、従来の手法では「計測を素早く行うほど得られる情報は少ない」というジレンマに悩まされてきました。

研究の内容

金子・新井・田中教授らの研究グループは、マイクロ流路にロボットポンプを接続したシステム(図1) を用いて変形時間を自在に制御することで、高速な計測を行いながら、新たな変形能の特性を引き出すことに成功しました。「変形負荷がかかっている時間」に関する網羅的な評価は世界初で、10 msから300,000 msの極めて広い時間範囲でさまざまな変形負荷を与え、従来知られていた(1)100 ms程度の速い形状回復と(2)数10 min程度の極端に遅い形状回復の間に位置する、(3)10 s程度の遅い形状回復が存在することを発見しました。3つ目の時定数であるこの遅い形状回復は180 s程度の変形負荷時間をかけたときに得られ、細胞の変形能を激変させます(図2) 。この変形負荷時間は、内部構造である細胞骨格の働きに特徴的なATP[5] 依存性を示すことから、変形している一つの細胞内での細胞骨格の組み換わりに由来する時間スケールだと分かりました。さらに、この時定数が敗血症因子を作用させた赤血球では異常化し、健康な赤血球とは異なる時定数へとシフトすることを発見しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、赤血球細胞の変形能を担う細胞骨格の再構成メカニズムと、健康な血液循環を維持している生命原理・機構の一端が明らかになりました。今後は、敗血症をはじめ血液の関係するさまざまな病気で見られる赤血球の変形能異常を、高速かつ定量的に検出できる新しい力学的診断法に応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、平成29年2月24日(金)午後7時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金などの支援を受け行われました。また、大阪大学大学院医学系研究科の坂田泰史教授の協力を得て行われました。

用語解説

※1 マイクロ流路

近年発展が著しいナノ・マイクロ加工技術を用いて、マイクロメートルの長さスケールで作製された微細な人工流路。1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1の長さ。本研究では、毛細血管を模した3マイクロメートル程度の幅や高さを持つ流路を用いた。

※2 細胞骨格

特定のタンパク質で構築される、細胞の骨組み構造。細胞に機械的強度を与えるだけでなく、化学エネルギーを消費しながら自発的または周囲の環境に応答して構造が組み換わり、細胞形状の変形にも寄与する。

※3 時定数

注目している現象に特徴的な時間スケール。

※4 敗血症

細菌が血液中に感染することに起因する重篤な全身性炎症。本研究では特に、グラム陰性菌の表面に存在する内毒素(エンドトキシン)と呼ばれる分子による敗血症に注目し、精製した内毒素分子を赤血球に作用させた系を取り扱った。

※5 ATP

アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate)分子の略称。分子内部のリン酸結合に高い化学エネルギーを保持しており、ほとんどあらゆる細胞で「エネルギー通貨」のように利用される。細胞骨格タンパク質やその関連タンパク質も、ATP を分解しエネルギーを取り出して消費しながら、それらの生理的な機能を発現する。

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