神戸大学大学院農学研究科の土佐幸雄教授ら研究グループは、岩手生物工学研究センター、京都大学、岡山大学、オハイオ州立大学、カンザス州立大学、ケンタッキー大学との共同研究によって、コムギ生産に大被害を与えている植物病原体「コムギいもち病菌」の進化機構を解明しました。
この研究成果は、7月7日に米科学誌サイエンスに掲載されました。
コムギいもち病菌(コムギ菌)
- 人類の食料生産の脅威となりつつある植物病原体。
- 1985年ブラジルで出現。南米の病害と思われていたが、2016年にバングラデシュ、2017年には世界第2位のコムギ生産国であるインドに伝播し、大被害を与えている。
研究の背景
コムギいもち病菌(以下、コムギ菌)はコムギに特異的病原性を有する糸状菌(カビ)で、ホストジャンプ※1によって出現し、現在、人類の食料生産の脅威となりつつある植物病原体です。1985年にブラジルで出現した後、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチンなどの周辺諸国に広がり、南米におけるコムギ生産に大きな被害を与えるようになりました。コムギいもち病は最近まで「南米の病害」と思われていましたが、2016年突如ユーラシア大陸に飛び火。バングラデシュで発生した後、2017年には世界第2位のコムギ生産国である隣国インドに範囲を拡大し、大被害を与えています。
このように、本病はパンデミック化の様相を呈しており、その進化・伝播機構の解明と防除方法の確立が急務となっています。
研究の内容
まず、コムギ菌に近縁のライグラス菌※2がコムギに寄生できないのは、ライグラス菌がPWT3という「非病原力遺伝子※3」を保有し、その遺伝子産物がコムギの抵抗性遺伝子Rwt3に認識されるためであることを解明しました。PWT3を破壊するとライグラス菌はコムギに病原性を獲得することから、単一の非病原力遺伝子の機能欠失によってライグラスからコムギへのホストジャンプが起こることが明らかとなりました。実際、コムギ菌のPWT3には、トランスポゾンの挿入や塩基置換などさまざまな変異が起こっていました。
一方、コムギ集団におけるRwt3の保有状況を調査した結果、一般的にコムギはRwt3を保有しているが、1980年代初頭のブラジルにおいて、Rwt3を保有しない品種が奨励品種となり、広く栽培されたことが判明しました。このことから、このRwt3非保有品種にライグラス菌が寄生し、増殖する中でPWT3に機能欠失変異が起こってRwt3保有品種に対する病原性をも獲得し、最終的に全コムギ品種に病原性を示すコムギ菌が成立したと考えました。このモデルは、Rwt3非保有品種がホストジャンプの springboard(跳躍板)になったことを示しています。換言すれば、Rwt3非保有品種の栽培という人間の行為が、コムギいもち病菌の出現を促したということができます。
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用語解説
※1 ホストジャンプ: 病原体がそれまで宿主でなかった動物・植物に寄生性を獲得すること。
※2 ライグラス菌: イネ科のペレニアルライグラス・イタリアンライグラスを宿主とするいもち病菌菌群。
※3 非病原力遺伝子: 植物病原菌の持つ遺伝子。植物はこの遺伝子の産物を認識し、抵抗性を発現させる。
Journal
Science