News Release

1/16(16分の1)の作り分けを可能にする有機分子触媒

複雑なアミノ酸誘導体の新たな合成手法

Peer-Reviewed Publication

Institute of Transformative Bio-Molecules (ITbM), Nagoya University

Novel organocatalytic system to selectively generate diastereomers in high yield and selectivity.

image: A slight change in the structure of the organocatalyst generates the other diastereomer in high efficiency. view more 

Credit: ITbM, Nagoya University

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)・大学院工学研究科の大井 貴史(おおい たかし)教授、浦口 大輔(うらぐち だいすけ)准教授、吉岡 謙(よしおか けん)(大学院生)らの研究グループは、一般的な反応条件では16種類の形の異なった化合物(異性体)の混合物を与える反応において、2種類の異性体だけをそれぞれ別々に、ほぼ純粋な形で合成できるアミノ酸由来の触媒システムを開発しました。

 医薬品などの生物活性を示す有機化合物はしばしば複雑な構造をしており、これらを効率的に合成できる手法が強く求められています。特に、反応できる炭素を複数もつ化合物同士を思いどおりの位置でつなぎ、分子の性質を決定づける三次元的な形も同時に規定できる触媒の開発は重要です。今回、ひとつの異性体の合成につきひとつの触媒システムが必要とされてきたこれまでの常識を打ち破り、ひとつの基本骨格をもつ触媒を使ってふたつの異性体を作り分けられる手法を開発したことで、アミノ酸誘導体をはじめとする望みの機能をもった多様な分子を供給するための全く新しい戦略を提供し得ると期待されます。

 本研究成果は、Nature Communicationsのオンライン版で公開されました。

【研究の背景と内容】  

有機分子は炭素がつながってできた分子であり、それぞれのつながりの方向を決めることで、分子全体の三次元な形を規定することがとても大切である。これは、分子の形がその性質に決定的な影響を与えるためであり、正しい形を持った分子でなければ望みの機能を発現しない。必要な機能を備えた分子を得るためには、精密に形をデザインしそれをいかに効率よくつくるかがカギとなり、そのために有効な手法の開発が競われている。特に、しばしば右手と左手に例えられる鏡写しの関係にある二つの分子(鏡像異性体、エナンチオマー)をつくり分ける方法として不斉合成用の触媒開発は重要であり、2001年の野依先生らのノーベル化学賞にもつながった。これは、アミノ酸や糖などからなるキラルな分子が働く生体内では、エナンチオマーが全く異なる分子のように振る舞うためである。従って、多くの薬は本来期待した薬効のみが発現するように、純粋なエナンチオマーとして供給されることが望ましい。一般に、それぞれのエナンチオマーが右手型か左手型かを決めるのは、四つの異なるユニットをつなぐ点に位置する炭素原子(キラル炭素)である。現在、このようなキラル炭素をつくる方法は大きく進歩したが、キラル炭素を複数もった分子をつくるときには、三次元的な形の可能性が指数関数的に増えるため、決まった形の分子をひとつだけ選んで得ることは難しい。さらに、有効な触媒を見つけたとしても、目的分子に複数あるキラル炭素のひとつが右手型から左手型に反転した形の分子(ジアステレオマー)をつくるためには、通常全く新しい触媒システムが必要とされる。すなわち、形が似ているジアステレオマーをつくり分け、各々の性質をきちんと調べるためには、高い性能を持った触媒を複数同時に開発しなければならず、これが創薬などを効率的に進めるうえで障害となってきた。

 ある分子の炭素原子同士をつなぎ新たな分子をつくるとき、それぞれの炭素にあらかじめつながった三つのユニットが互いに異なると、生成物はキラルになる。新たにできてくるキラル炭素が右手型になるか左手型になるかは分子同士がつながる方向によって決まり、それぞれの炭素原子の右手側と左手側のいずれから反応するかによって、4種類の化合物が生成し得る。この原理は、ヒト型モデルを使って模式的に表すことができ、反応点となる炭素原子A、Bをつないでひとつの分子をつくるとき、それぞれの右手側・左手側のいずれでつながるかによって実際に4種類の分子ができる様子を以下に示した。望みの性質をもった分子を得るためには、これらを自在に作り分けなければいけないことから、そのための触媒が必要とされている。従来の不斉合成法では、鏡写しの関係にあり重ね合わせることのできないふたつのエナンチオマー(青色の矢印)をそれぞれ独立に得ることが容易である一方で、分子の形が異なるジアステレオマー(赤色の矢印)をつくり分けるためには、それぞれに適した触媒システムを独立に探す必要があるとされている。

 さらに、つなぎ合わせる分子それぞれが四つの手を持っている場合、できてくる可能性のある形の異なった分子(異性体)の種類は指数関数的に増え、以下の例では24(16)種類となってしまう。従って、このような原料分子の組み合わせから構造が規定されたひとつの分子だけがつくりたい場合、それぞれの原料分子の反応点を選び、きちんとつなぎ合わせるための戦略が要求される。

 今回大井らは、アミノ酸から数段階を経て合成できる触媒1を使って、それぞれ反応できる炭素をふたつもつ求核種と求電子種から16種類の異性体混合物ができ得る反応において、狙ったひとつの異性体だけをつくるシステムを構築した。さらに、原料となるアミノ酸を替えた触媒2により、ジアステレオマーの関係にある別の異性体のひとつがほぼ純粋に得られることを見出した。これらふたつの触媒は全く同じ母核をもち、アミノ酸由来の枝部がわずかに違うだけの非常に似通った形をしており、ジアステレオマーの作り分け(ジアステレオ分岐型合成)には形と働きが全く異なる二種類の触媒システムが必要とされてきた常識を打ち破る成果と言える。

 このようなジアステレオ分岐型反応からは、少しずつ形の異なる多様な分子がシリーズで得られるため、創薬シーズの探索を強力に後押しすると期待される。実際、今回の手法が有用物質の生産プロセスに寄与し得ることは、合成されたふたつの異性体からそれぞれ生物活性に興味が持たれる非天然型環状アミノ酸類が容易に得られることで実証されている。

【まとめと今後の展望】  

従来、分子と分子をつなぐ方向を規定するときは、ひとつの異性体に対してひとつの触媒を用意する必要があるとされてきた常識を打ち破り、ほんのわずかに形が違うほぼ同一の触媒によってふたつの異性体をつくり分け得ることを実験的に示した。本法は、複雑な形をもった医薬などの生物活性化合物の網羅的な供給を可能にするため、多様性を与えるプロセスの設計に新たな戦略を提供し、効率化に寄与できると期待される。

【用語説明】

  • 有機分子触媒:金属元素を含まず、触媒作用を持つ小分子化合物。

  • 異性体:同じ数、同じ種類の原子からできているが、違う形をしている分子。特に、原子のつながりは同じだが、原子の幾何的配置が異なるものを立体異性体と呼ぶ。

  • キラル:その鏡像と重ね合わすことができない性質をもつこと。

  • エナンチオマー:キラルな分子は鏡写しの関係にある一対の立体異性体を持ち、それぞれを互いにエナンチオマーという。

  • ジアステレオマー:立体異性体の内、エナンチオマーの関係に無いものを互いにジアステレオマーという。

  • 求核種:電子密度が低い原子に電子を与え、結合を作る化学種。

  • 求電子種:電子密度が高い原子から電子を受け取り、結合を作る化学種。

  • ジアステレオ分岐型合成:それぞれ異なったジアステレオマーを優先して得るための一組の合成法。

【掲載雑誌、論文名、著者】

掲載雑誌: Nature Communications

論文名: Complete diastereodivergence in asymmetric 1,6-addition reactions enabled by minimal modification of a chiral catalyst

(触媒構造のわずかな違いが実現する完全なジアステレオ分岐型不斉1,6−付加反応)

著者: Daisuke Uraguchi(准教授:浦口 大輔), Ken Yoshioka(大学院生:吉岡 謙), Takashi Ooi(教授:大井 貴史)

DOI: 10.1038/ncomms14793 (http://pcp.oxfordjournals.org/content/57/11/2255.long)

WPI-ITbMについて

文科省の世界トップレベル拠点プログラム(WPI)の一つとして採択された、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、従来から名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させることで研究を進めております。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ全く新しい生命機能の開発を目指しております。ITbMにおける研究は、化学者と生物学者が隣り合わせで研究し、融合研究を行うミックス・ラボという体制をとっております。このような「ミックス」をキーワードに、化学と生物学の融合領域に新たな研究分野を創出し、トランスフォーマティブ分子を通じて、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といった様々な議題に取り組んでおります。

【本件お問い合わせ先】

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM)

ホームページ: http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp

<研究内容>

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所
名古屋大学大学院工学研究科
教授 大井 貴史
TEL: 052-789-4501, 5534, 3338
E-mail: tooi@apchem.nagoya-u.ac.jp

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