News Release

脂質代謝を調節する薬剤を脳実質細胞内部に送達するナノマシンの開発

Peer-Reviewed Publication

Innovation Center of NanoMedicine

ポリイオン複合体(PIC)ミセルが、C75-CoAを効果的に脳細胞内へ送達し脂質代謝を制御する仕組み

image: 上: ポリイオン複合体(PIC)ミセルが、C75-CoAを効果的に脳細胞内へ送達し脂質代謝を制御する仕組み。 左下: GT1-7神経細胞における脂肪酸β酸化の阻害。 右下: GT1-7神経細胞の3D培養組織におけるFluor-CoA透過性。 view more 

Credit: 2021 Innovation Center of NanoMedicine

Summary:

  1. カルニチンパルミトイル基転移酵素1A(CPT1A)は脂質代謝の中心的な役割を果たし、脂肪酸をカルニチンと結合させ、脂肪酸の燃焼サイクルであるβ酸化(FAO)が行われるミトコンドリアに運搬することを助長します。特に脳でCPT1Aを阻害すると、肥満や脳腫瘍などに対して、いくつかの薬理学的効能が得られることが知られています
  2. C75-CoAは、CPT1Aに対する強力な競合的阻害剤です。しかしながら負に帯電しているため、細胞膜の透過性が悪く細胞内に届かないという課題があります。(CoA: コエンザイムA)
  3. ポリエチレングリコールとポリアスパラギン酸の結合体(DET: PEG-PAsp)からなる正電荷側鎖をもつナノミセルは、C75-CoAの電荷を中和しながら形成され、直径55〜65nmのナノ粒子が合成できました。
  4. ナノミセルに内含されたCPT1A阻害剤は、薬物単体で用いた場合と比較してFAOに基づくATP合成を最大5分の1まで減少させました。また、ナノミセル製剤の使用により、14Cで標識したパルミチン酸の酸化により生じる二酸化炭素および酸可溶性代謝物の減少が定量的に観察されました。
  5. CoA結合体を内含したナノミセルの細胞内取り込み量を測定するために、蛍光CoA誘導体およびそれを内含したナノミセルを合成しました。2Dおよび3D培養モデルの両方において、後者の脳細胞内への取り込みが顕著に観察され、特に神経細胞においては、ナノミセルに内含することで細胞内への薬剤取り込み量が最大3倍高まりました。
  6. 本発表は、iCONMとカタルーニャ国際大学(スペイン)が協働で進める肥満とがんの治療を目指した脳実質細胞へのCPT関連薬物送達プロジェクト(COnCorD: Cpt Obesity Cancer Drug Delivery)による初めての学術論文に関するものです。論文の詳細は以下のサイトをご覧ください。

W. K. D. Paraiso, J. Garcia-Chica, X. Ariza, S. Zagmutt, S. Fukushima, J. Garcia Gomez, Y. Mochida, D. Serra, L. Herrero, H. Kinoh, N. Casals, K. Kataoka, R. Rodriguez-Rodriguez and S. Quader, Biomater. Sci., 2021.

DOI: https://doi.org/10.1039/D1BM00689D

 

平素は大変お世話になっております。

公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(センター長:片岡一則、所在地:川崎市川崎区、略称:iCONM)は、カタルーニャ国際大学・医療健康科学部・基礎科学科(所在地:スペイン・バルセロナ、略称:UIC Barcelona)と共同で、「ポリイオン複合体 (PIC) ミセルが、コエンザイムAに結合した CPT1A 阻害剤を効果的に脳細胞内へ送達し脂質代謝を制御する」と題した論文が 7/27発行の国際的学術誌 Biomaterials Science (IF: 6.843, 2021年) に掲載されたことをご報告申し上げます。本論文は、CPT1A阻害剤と結合した PICミセルが効果的に脳神経細胞やグリオーマ細胞といった脳細胞内部に入り、そこで薬剤を放出することで脂肪酸のβ酸化が効果的に阻害されることを記したもので、サビーナ・カデール博士(iCONM主任研究員)と ロザリア・ロドリゲス博士(UIC Barcelona 准教授)両名がリーダーを務めるiCONMとUIC Barcelona の共同研究から生まれたものです。また、バルセロナ大学からも何名か研究に関わっています。

 

近年の研究報告によると脂肪酸の代謝が肥満とがんの進行と密接な関係があることが分かっています。脂肪酸はエネルギー代謝の源であり、脂質の構成成分としても重要な役割を担っています。また、脳内の中間脂質代謝が全身代謝の調節に大きく寄与することも更に明らかになっています。 脳内の脂質代謝は、神経細胞の構造と機能を維持して末梢組織を調節するように厳密に調節されており、マロニルCoAの脳内レベルが、栄養状態を伝える分子メッセンジャーとして機能することが知られています。 したがって、脳内のマロニルCoA量の薬理学的調節は、食物摂取量とエネルギー消費量に変化をもたらします。 さらに、神経膠腫細胞を含む多くの種類の腫瘍細胞では、FA代謝に変化が生じます。 特に膠芽腫(GBM)は、CPT1の発現増加と関連しています。 腫瘍分子の不均一性が腫瘍学における重大な懸念として浮上している一方で、GBMにおいて均一に発現が上昇するCPTは治療上魅力的な分子標的となります。 したがって、脳内のFA代謝は、肥満と神経膠芽腫治療において、中枢調節の魅力的なターゲットです。

 

この論文では、CPT1A阻害剤(±)-、(+)-、または(–)-C75-CoAを内含したポリイオン複合体(PIC)ナノミセルを合成し使用しました。 CoA付加物の化学構造は、小さく、極性があり、帯電した代謝物であるため、細胞内への取り込みに課題をもたらします。 それらは細胞膜透過性が低く、その結果、細胞内への送達システムを必要とします。 CoAの負電荷状態は、その長鎖脂肪族側鎖とともに、静電相互作用と疎水性相互作用の組み合わせを通じて、CoAが正電荷結合ポリマーと相互作用することを可能にします。 したがって、C75-CoAのラセミ体(光学活性体の同量混合物)またはそのエナンチオマー(+または-の光学活性体)とポリイオン複合体(PIC)ミセルを形成することは、細胞への侵入を妨げる全体的な負電荷を中和するため、薬物送達システムを設計する上で適切なアプローチとなります。

 

正電荷を帯びたブロック共重合体PEG-PAsp(DET)は、送達物質の負電荷を中和し、最適な物理化学的特性(55〜65 nmのサイズ範囲)を持つミセルを生成することで、本研究における基盤技術をもたらせました。 CPT1Aを標的とすることにより、U87MG神経膠腫細胞とGT1-7視床下部ニューロンの両方で脂肪酸酸化(FAO)が効果的に阻害され、放射性標識パルミチン酸の二酸化炭素および酸可溶性生成物への代謝が全体的に低下しました。 また、FA代謝の最終生成物であるアデノシン三リン酸(ATP)も、薬剤単体を用いた場合より、ナノミセル化によって最大5分の1の量まで効果的に減少しました。

 

蛍光色素を内含するモデル粒子として合成したFluor-CoAミセルは、上述した両方の脳細胞において細胞内濃度の上昇を統計学的有意に示しました。このことよりPICミセルを介した薬物送達が内含物質の細胞内濃度の上昇をもたらし、それがさらに生物活性の増加をもたらしたというFAO阻害の結果を裏付けました。 Fluor-CoAミセルの効果的な細胞内移行は、3Dスフェロイド(細胞が立体的に凝集したもの)において、特に神経細胞においては遊離色素と比べて最大3倍に達することが確認されました。さらにin vitroでの標準的な2Dスフェロイド(細胞が平面的に並んだもの)から動物実験での病変組織に至るまでの移行期にある複雑な生物学的モデルにおいてもPICミセルに内含されたときのCoA付加物の優れた効果が期待されます。これらのPICミセルのサイズ範囲は、3Dスフェロイドへの効率的な浸透性と併せて、この基盤技術が脳実質をナビゲートするために理想的であることを意味します。これは、その後の研究におけるその in vivo評価および効果的な脳治療へのさらなる展開、特に脂質代謝の調節が重要となる新たな治療戦略としてCPT1A阻害剤および他の負に帯電した分子の細胞内送達への応用が期待できます。

 

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公益財団法人川崎市産業振興財団について

 産業の空洞化と需要構造の変化に対処する目的で、川崎市の100%出捐により昭和63年に設立されました。市場開拓、研究開発型企業への脱皮、それを支える技術力の養成、人材の育成、市場ニーズの把握等をより高次に実現するため、川崎市産業振興会館の機能を活用し、地域産業情報の交流促進、研究開発機構の創設による技術の高度化と企業交流、研修会等による創造性豊かな人材の育成、展示事業による販路拡大等の事業を推進し、地域経済の活性化に寄与しています。

https://www.kawasaki-net.ne.jp/

 

 ナノ医療イノベーションセンターについて

 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、公益財団法人川崎市産業振興財団が、事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始しました。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の設備と実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。

 iCONMのホームページ:https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/

 片岡・喜納ラボのホームページ:

 https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/laboratory_kataoka.html

 

カタルーニャ国際大学について

カタルーニャ国際大学 (UIC Barcelona) は、優れた大学教育を提供し、社会に役立つ研究を促進することを目的として1997年に設立されました。 健康、ビジネスの世界との強い結びつきと非常に国際的なプロファイルを備えたこの機関は、バルセロナとサン・クガ・デル・バリェスにあるキャンパスで、16の学士号、8つのダブルディグリー、約30の国際ダブルディグリー、および幅広い大学院プログラムを提供しています。

UIC Barcelona: https://www.uic.es/en

R. Rodríguez’s Lab:

https://www.uic.es/en/research/research/research-groups/health-sciences/grc-research-group-regulation-lipid-metabolism-0

 

 肥満とがん治療を目的とした CPT関連薬物送達に関する研究プロジェクト (COnCorD)について

 COnCorDは、日本とスペインの若手研究者からの「ナノ医療」に関する共同プロジェクト提案の中から、スペイン国家研究機関(AEI)と日本の国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が 2018年に採択した3つの二国間プロジェクトの1つです。 このプロジェクトの主な目的は、脳の特定の細胞を対象とし、脳脂質代謝の主要酵素CPT1に焦点を当てて、肥満や脳腫瘍と戦うための新しいナノ医療ベースの治療アプローチを開発し実用化させることです。 このプロジェクトは、特定の脳細胞への薬物送達がまだ徹底的に調査されていないため、主にナノ医療の領域では途方もないバイオメディカルの挑戦を意味します。 この二国間における協働は、両国間の協力関係を促進させ、日本のナノ医療イノベーションセンター(iCONM)とスペインのUIC Barcelonaにおける研究の国際性を大幅に強化します。


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