News Release

テラヘルツ光がバイオマスプラスチックの新たな分析法を提供

吸収スペクトルの起源解明や新機能材料開発へ

Peer-Reviewed Publication

Toyohashi University of Technology (TUT)

サンプル作製から分光評価に至る一連の流れ

image: ポリ乳酸の化学組成式とサンプル(左) 結晶化温度の異なるポリ乳酸のテラヘルツ光吸収スペクトル(右) view more 

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<概要>

豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所と応用化学・生命工学系、および大阪工業大学の共同研究チームは、電波と光波の境界領域に位置する「テラヘルツ光」を観測プローブとし、高分子結晶構造の異なる「ポリ乳酸」の広帯域テラヘルツ分光分析を行いました。その結果、従来のX線回折などでは捉えにくい高次構造の変化をテラヘルツ光吸収ピークの変化として高精度に検出することに成功しました。この結果は、ポリ乳酸をはじめとするバイオマスプラスチックの複雑な高次構造の違いを、テラヘルツ光が検出できる可能性を秘めていることを示唆するものです。

本研究成果は、6月2日付のRoyal Society of Chemistry 『Materials Advances』誌にオンライン掲載され、7月21日付のInside Back Cover に選出されました。

【論文URL】https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/MA/D1MA00195G

【表紙URL】https://pubs.rsc.org/en/journals/journalissues/ma#!issueid=ma002014

<詳細>

高分子物質(プラスチック)が初めて合成されて以来、金属やガラス・木材で作られてきた製品に置き換わり、現代の社会生活は大量のプラスチック製品によって支えられています。一方で、近年マイクロプラスチックによる海洋汚染やプラスチック製造工程で生じる二酸化炭素(CO2)排出といった問題から、環境に配慮したプラスチックの利用が求められています。そこで注目されているのが、生分解性を有し、かつカーボンニュートラル性の高いバイオマスプラスチックです。元来、プラスチックの堅さやもろさ、加工性や粘性、生分解性といった機能性は、素材の化学組成だけではなく密度や分子量、分子構造や結晶化度などの高次構造によって決定付けられます。

しかし、広く普及した石油由来のプラスチックに比べてバイオマスプラスチックの歴史は浅く、高次構造と物性の関連といった基礎的知見は十分に蓄積されておらず、普及の妨げとなっているのが現状です。また、「バイオマスプラスチックの高次構造をどのように変えれば目的の機能が得られるのか?」という問いに応える非破壊・非侵襲の分析技術の確立が強く望まれています。従来の評価法としては、示差走査熱量測定(DSC)やX線回折測定(XRD)などがありますが、DSCでは試料の破壊を伴い、XRDでは長時間計測や人体に悪影響、熟達した解析知識が必要などの問題点がありました。

そこで本研究チームは、電波と光波の境界領域に位置するテラヘルツ光(1~10 THz)に着目し、プラスチックの構造と物性評価に適した手法として利用できるのではないかと考え、多種多様なプラスチック材料の分光分析を進めてきました。今回、バイオマスプラスチックのひとつであるL体ポリ乳酸の高次構造に起因する明瞭なテラヘルツ光吸収ピークの観測に成功しました。ポリ乳酸は結晶化温度を変えることで、α晶(110 ºC)やδ晶(80 ºC)などの異なる結晶構造を形成することが知られています。本研究チームはこの特徴に着目し、結晶化温度の異なるサンプルを詳細に作り分け、結晶構造と吸収スペクトルの比較を行った結果、α晶とδ晶では4~5 THz帯のピーク強度に明瞭な相関関係があることを初めて見出しました。本研究で提案する分光学的手法が確立すれば、吸収スペクトルによる高次構造の推定が容易になるだけではなく、多種多様なバイオマスプラスチックの高次構造の解明や制御、新機能発現といった物性研究の新たな未来を切り拓くことが期待されます。

<開発秘話>

本研究チームのリーダーである有吉誠一郎 准教授は、以前から測定対象としてバイオマスプラスチックに興味はありましたが、材料としての敷居の高さを感じていました。一方、当時学部3年(現:博士前期課程1年)の大西理志君はバイオマスプラスチックに興味があり、卒研配属の希望調査時にはポリ乳酸研究で有名な辻・荒川研究室が第一志望だったのですが、巡り合わせで有吉研究室に配属されました。それなら、「卒業研究としてポリ乳酸のテラヘルツ分光でもやってみようか?」というのが本研究を始めるきっかけでした。大西君が最初のスペクトルデータを取ってくれたので、辻秀人 教授や荒川優樹 助教、大阪工業大学の廣芝伸哉 准教授も巻き込んで本格的に取り組んだ結果、今回の成果に繋がりました。まだまだ調べるべきことは山ほどありますが、大西君が研究熱心なのでついつい大きな期待をしてしまいます。

<今後の展望>

上記ではL体のみについて紹介しましたが、一般にポリ乳酸は鏡像異性体(L体とD体)を混合することで共重合体(ステレオコンプレックス)を形成することが知られています。本研究チームはこれまでの知見を踏まえ、今後は観測対象を鏡像異性体へ拡げ、さらには微生物による生分解性や劣化の進行とテラヘルツ帯に現れる特異な吸収スペクトルとの比較により、バイオマスプラスチックの機能性の起源に迫ることが可能になると期待しています。

<論文情報>

Seiichiro Ariyoshi, Satoshi Ohnishi, Hikaru Mikami, Hideto Tsuji, Yuki Arakawa, Saburo Tanaka and Nobuya Hiroshiba, “Temperature dependent poly(l-lactide) crystallization investigated by Fourier transform terahertz spectroscopy”, Materials Advances, 2, 4630 (2021). DOI: 10.1039/d1ma00195g

本研究は日本学術振興会科学研究費(21H01340, 26600133)、および公益財団法人立松財団の助成を受けて行われています。


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