News Release

未診断のギッテルマン症候群が日本人に多い可能性が判明

― ゲノムデータベースから民族別の有病率を推算 ―

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

image: Frequencies of carriers of SLC12A3 mutations and prevalence of Gitelman syndrome in each ethnicity and database. view more 

Credit: Modified version of A. Kondo et al. Sci Rep. 2021.

神戸大学大学院医学研究科の近藤淳医員、野津寛大教授らは、ゲノムデータベースを用いて各民族におけるギッテルマン症候群の有病率を推算しました。その結果、日本人では他民族より多く、約1000人に1.7人と既報(約4万人に1人)よりもはるかに多くの患者が存在する可能性が示唆されました。

本疾患は基本的には命に関わるような重篤な症状は認めないものの、日常生活に支障をきたす倦怠感など、生活の質を著しく低下させ、まれに不整脈を含む腎外合併症を伴う可能性のある疾患です。血液検査を行わないと診断できないため、症状があるにもかかわらず正しく診断されていない患者が多数存在する可能性が示されました。

この研究成果は、8月9日に、Scientific Reports誌に掲載されました。

ポイント

  • ギッテルマン症候群は、易疲労感や筋力低下、夜尿、塩分嗜好などをきたす遺伝性の尿細管*1疾患であり、症状は非特異的ながらQOL*2の低下をきたし、時に致死的な不整脈を含む腎外合併症を伴う。
  • 有病率*3は約4万人に1人、保因者*5頻度は少なくとも約1%と言われるが正確な疫学は不明であった。
  • 今回、複数のゲノムデータベースを用いて民族ごとの有病率を推算したところ、多くの民族で既報よりも有病率が高く、特に日本人では約1000人に1.7人と他民族よりはるかに高いことが示された。
  • この結果より、日常生活に支障をきたすような症状を認めるにもかかわらず、正確な診断がなされず適切な治療を受けられていない患者が多く存在する可能性が示唆された。

研究の背景

ギッテルマン症候群はSLC12A3遺伝子異常による常染色体劣性遺伝性疾患*4である遺伝性塩類喪失性尿細管機能異常症です。保因者頻度は1%、有病率は約4万人に1人といわれていますが、これまで正確な有病率は不明でした。

生命予後は良好とされますが、血液中のカリウムなどの電解質のバランスが取れなくなることで、易疲労感や筋力低下、夜尿、塩分嗜好などによるQOL低下をきたし、致死的不整脈を呈する場合もあります。しかし特異的な症状がなく、本疾患を疑って血液検査を行わなければ正確に診断がなされないため、適切な治療を受けられていない患者が多いことが予想されました。

実際、本研究チームの経験においても、精神疾患などと誤診されている症例や、著明な倦怠感を自覚しているにもかかわらず患者本人が病気による症状と自覚していなかった症例など、長年症状に苦しみながらも適切な診断および治療が行われていない症例が多く認められました。ギッテルマン症候群の真の有病率が既報よりも高く、より身近な疾患であると判明すれば、それを啓発することで早期の診断や治療開始の一助になるのではないかと考え、本研究を行いました。

研究の内容

【方法】

HGMD®Professional(ヒト遺伝子変異データベース)に病原性を有する遺伝子変異として登録されたSLC12A3遺伝子の全てのミスセンス*6またはナンセンス変異*7(247変異)を対象とし、そのうちインターネット上に公開されている複数の遺伝子データベース(HGVD、jMorp、gnomAD)において各民族におけるアレル頻度*8が報告されている変異(140変異)について、それらの総アレル頻度を計上しました。ハーディ・ワインベルグの法則*9が成立すると仮定すると、常染色体劣性遺伝形式をとることから、上記の総アレル頻度をqとすると、ギッテルマン症候群の保因者頻度は2q、有病率はq2となると推定され、この理論に基づき民族別の割合を算出しました。

【結果】

①推定保因者頻度は日本人で約9%、その他の民族で0.7~5.8%でした。また、1000人あたりの推定有病率は日本人で約2人、その他の民族で0.012~0.8人でした(表1)。

②日本人の推定有病率が他民族より高かった原因として、日本人で特にアレル頻度が高い9変異(アレル頻度≧0.001)の影響が考えられました。これらの変異について、病原性の有無が確定していない3変異を除外した場合においても、日本人での推定保因者頻度は約8%、有病率は1000人に約1.7人でした(表2)。

③上記の研究結果が妥当であるかを確かめるために、電子カルテデータを用いた後方視的研究を行いました。対象は2010年1月1日~2020年12月31日の間に神戸大学医学部附属病院の外来で血液検査を施行した16歳以上30歳以下、かつ血清カリウム値を含む血液検査を施行した患者、14335人としました。そのうち血清カリウム値が3.1mEq/L以下の低カリウム血症の患者は143人であり、ギッテルマン症候群以外の明らかな原因が同定されていない患者は13人でした。

以上から、同院外来患者においてギッテルマン症候群である可能性がある患者は1000人に約0.9人でした。これは上記の研究結果と比較すると少ないですが、対象の年齢および血清カリウム値の基準を緩和すればさらに多くの患者が存在することが予想され、大きく矛盾はしないと判断しました。

今後の展開

本研究はデータベースの正確性が重要であり、さらなる遺伝子情報の蓄積が望まれます。ギッテルマン症候群は疑って検査を行わないと診断に至ることは困難であるため、日常生活に支障をきたすような倦怠感などの症状を呈するにも関わらず見逃されがちであり、患者本人も病気による症状と自覚していない場合もあります。本研究結果からそのような患者が潜在的に多く存在する可能性が示唆されました。今後、適切な検査と治療が行われ、患者のQOL改善につながることが期待されます。

用語解説
*1 尿細管

腎臓で血液から最初にろ過された尿(原尿)から水分やミネラル、糖分などの体にとって必要な成分を再吸収することにより、体内の水分量を一定に保ったり、ミネラルのバランスを調整したりする器官。
*2 QOL
Quality of lifeの略語。「生活の質」あるいは「生命の質」などと訳され、患者の身体的あるいは精神的側面や、社会的活動を含めた総合的な満足度を指す。
*3 有病率
ある一時点において、疾病を有している人の割合。
*4 常染色体劣性遺伝性疾患
病気の原因となる遺伝子が常染色体の上にあり、一対の遺伝子の両方に異常があると発病する遺伝形式を呈する疾患のこと。
*5 保因者
遺伝子変異をもっているが、発症していないひと。ギッテルマン症候群では1対ある遺伝子のうち片方にのみ変異を有するひとを指す。
*6 ミスセンス変異
遺伝子上の塩基配列の異常(遺伝子変異)により一つのアミノ酸が別のアミノ酸へと置換される変異。
*7 ナンセンス変異
遺伝子変異により以降のタンパク合成が停止してしまう変異。
*8 アレル
相同な遺伝子座を占める遺伝子に複数の種類がある場合にその個々の遺伝子を意味する。ヒトでは、1つの遺伝子につき、それぞれ父母に由来する2つのアレルを有している。
*9 ハーディ・ワインベルグの法則
有性生殖を行う種において十分大きな個体群で自由交配が行われ次世代集団を作るとき、対立遺伝子の頻度は世代が移り変わっても変化しないこと。

謝辞

本研究は、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業「小児腎領域の希少・難治性疾患群の診療・研究体制の発展」(20FC1028)、および JSPS科研費(JP19K08726) の助成を受けて実施されました。


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