News Release

植物で受精卵を活性化する機構の進化的起源を解明

雌雄の因子が出会って成長をスタートさせる

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: Egg cells of the liverwort Marchantia polymorpha before (left) or after (right) fertilization. Green and magenta colors indicate localization of MpKNOX1-GFP proteins and maternal tissues, respectively. Note that fertilization triggers enrichment of MpKNOX1-GFP in unfused male and female nuclei. view more 

Credit: Tetsuya Hisanaga and Keiji Nakajima

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科の中島 敬二教授と、京都大学(総長:湊 長博)大学院生命科学研究科の河内 孝之教授の研究グループは、グレゴール・メンデル研究所(オーストリア)との共同研究により、植物において受精卵の発生を開始させる機構の進化的起源を解明しました。コケ植物苔類のゼニゴケでは、卵細胞にあるKNOXという転写因子(遺伝子の発現を調節するタンパク質)が、精子由来のBELLという転写因子に助けられて核に移行し、受精卵の分裂を引き起こすことを突き止めたものです。

今回明らかとなったゼニゴケのKNOXとBELL転写因子の働きは、種子植物で知られていたKNOXとBELL転写因子の働きとは大きく異なっている一方で、進化上の分岐が古い緑藻類のKNOXとBELL転写因子の働きに酷似していました。このことから、受精卵の発生開始こそがKNOXとBELL転写因子の祖先的な機能であることが明らかとなりました。この成果は、植物における有性生殖の制御機構とその進化を理解する上で重要な意義を持つものであり、また植物の効率的な育種や繁殖技術の開発の基盤となる研究成果です。

この研究成果は、2021年9月28日で、eLifeのオンライン版に発表されました。

【解説】

受精卵の発生開始を精密に制御することは、有性生殖において非常に重要な意味を持ちます。万一、受精していない卵が分裂すると、染色体が1セットしかない半数体が出来てしまい、減数分裂で配偶子(卵や精子)を作ることが出来ないため子孫を残せなくなります。これを防ぐために、雌雄の配偶子に由来する因子が受精卵の中に揃った時にのみ、胚発生を開始させる仕組みが備えられています。

緑藻植物のクラミドモナスでは、転写因子であるKNOXとBELLが、オスとメスの配偶子でそれぞれ発現しています。受精卵の中で両者が結合し、核に移行して遺伝子発現を調節することで、受精卵の発生(クラミドモナスは単細胞緑藻のため分裂はしない)が活性化されます。KNOXとBELLは陸上植物にも広く保存されていますが、被子植物のシロイヌナズナでも、コケ植物蘚類のヒメツリガネゴケでも、配偶子や受精卵では働いておらず、植物個体の中で分裂組織の維持や器官形態の決定に働いています。シロイヌナズナの受精卵の活性化には、クラミドモナスとは全く異なる機構が働いていることから、植物において受精卵の発生を開始させる機構の進化的な起源は不明でした。

研究グループは、コケ植物苔類のゼニゴケにおいて、KNOX遺伝子の1つのMpKNOX1が、卵細胞のみで発現していることを突き止めました。驚くべきことに、MpKNOX1遺伝子の働きは、同じコケ植物のヒメツリガネゴケや被子植物のKNOX1遺伝子の機能とは全く異なっており、むしろ緑藻であるクラミドモナスのKNOX遺伝子の働きに酷似していました。さらにゼニゴケのBELL遺伝子(MpBELL)は、クラミドモナスのBELLと同様に受精卵におけるMpKNOX1の核移行に働いており、MpKNOX1とMpBELLが共同して、ゼニゴケの受精卵における雌雄の核の融合と、受精卵からの胚発生を促進していることが明らかとなりました。

このことから、植物において受精卵の発生を開始させる機構の進化的起源がKNOXとBELLによる受精卵の遺伝子発現制御にあることが明らかとなりました。KNOX/BELL転写因子は、コケ植物内の系統や維管束植物の系統が分岐した後に、分裂組織の維持や器官形態の決定に転用されたと考えられます。

【背景】

有性生殖においては、雌雄の配偶子(卵と精子)が受精し、二倍体の受精卵となって発生を開始する必要があります。植物におけるこの段階の制御機構に関しては、単細胞緑藻のクラミドモナスと、被子植物のシロイヌナズナにおいて一定の知見があるものの、それ以外の種においては、ほとんど明らかになっていません。またクラミドモナスとシロイヌナズナでの制御機構は互いに全く異なっており、受精卵活性化機構の進化的起源や、多様化の過程については全く分かっていませんでした。

研究グループは2016年にコケ植物のゼニゴケ(Marchantia polymorpha)で、生殖細胞の形成に中心的な役割を果たすMpRKD転写因子を発見しました。MpRKDの変異株では成熟した卵細胞ができないため、この変異株と野生株の生殖器官の遺伝子発現を比較することで、卵細胞で強く発現する遺伝子を探索しました。研究チームは、得られた候補遺伝子の中からMpKNOX1に注目しました。MpKNOX1はTALEホメオドメイン転写因子をコードしており、ゼニゴケ以外の陸上植物では、分裂組織の維持や器官形態の決定に機能しています。MpKNOX1遺伝子が植物器官ではなく卵細胞で発現していたことは非常に興味深く、またMpKNOX1遺伝子の機能を調べることで、植物の有性生殖や形態形成の進化過程を明らかにできるという期待のもと、MpKNOX1遺伝子の機能を調べることにしました。

【実験の結果】

本研究では、まずゼニゴケにおいて受精のタイミングを正確にコントロールできる試験管内受精系を開発しました。この系を利用してゼニゴケ受精卵とそこから生じる胚の細胞内構造を詳細に観察した結果、棍棒状に凝縮した精子の核は、受精卵の中で脱凝縮して球状の精核(雄性前核)になるものの、受精後3日間は卵の核(雌性前核)とは融合せず、4日目にようやく融合した後に、受精卵の細胞分裂が開始されることがわかりました。

次に、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を用いてMpKNOX1の機能を欠損したオスまたはメスの変異株を作りました。これらの変異株は正常に成長し、野生株と同様の生殖器官や配偶子を形成しました。しかし興味深いことに、メスの変異株の卵にオスの野生株の精子を受精させたところ、受精後5日たっても雌雄の前核が融合せず、受精卵の分裂も始まりませんでした。反対にメスの野生株の卵に、オスの変異株の精子を受精させて得られた受精卵は正常に発生しました。このことから卵細胞に引き継がれた母方のMpKNOX1遺伝子が、受精卵での雌雄の前核の融合と、それに続く胚発生に必須である一方で、精子に引き継がれた父方のMpKNOX1は不要であることが明らかとなりました。

KNOX1転写因子は、別のTALEホメオドメイン転写因子であるBELL転写因子と結合し、二量体を形成して機能することが知られています。この知見を基に、研究グループはゼニゴケゲノムに存在する5つのBELL遺伝子(MpBELL1-MpBELL5)のうち、MpBELL3とMpBELL4の2つが精子で強く発現していることを見出し、これらを同時に破壊した変異株を作成しました。この変異株は正常に成長したものの、受精卵の発達が阻害されていたことから、MpBELL3/4遺伝子も受精卵の発生開始に必要であることが明らかになりました。

さらに研究グループは、KNOX1転写因子の受精前後の挙動を明らかにするため、MpKNOX1と緑色蛍光タンパク質(GFP)の融合タンパク質(MpKNOX1-GFP)を発現させたメス株の卵細胞を詳細に観察しました。その結果、受精前の卵細胞ではKNOX1-GFPが細胞質にのみ存在するのに対し、野生株の精子と受精させた12時間には雌雄の前核に濃縮することが分かりました。興味深いことに、受精24時間後には再び細胞質においてのみMpKNOX1-GFPの蛍光が観察されました。MpKNOX1が転写因子であることを考慮すると、MpKNOX1は受精後12-24時間のタイミングで一過的に核に移行して遺伝子の発現を調節することが考えられました。一方でMpBELL3/4が破壊された変異株の精子を受精させた場合には、MpKNOX1-GFP の核への濃縮が起りませんでした。以上の観察結果から、MpBELL3/4タンパク質がMpKNOX1の核移行に必要であることが明らかとなりました。

【まとめと今後の展望】

以上の実験から明らかとなったゼニゴケKNOX/BELL転写因子による受精卵の活性化機構は、緑藻植物のクラミドモナスで明らかとなっているKNOX/BELL転写因子の機能に酷似しており、種子植物のシロイヌナズナや、同じコケ植物であるヒメツリガネゴケのKNOX/BELL転写因子の機能とは大きく異なっていました。これにより、少なくとも陸上植物の2大系統(緑藻を含むChlorophytaと陸上植物を含むStreptophyta)が分岐した段階では、KNOX/BELL転写因子は受精卵の活性化に機能していたことが強く支持されます。

本研究により、被子植物においては茎頂分裂組織の維持や器官形態の決定因子として精力的に研究されて来たKNOX/BELL転写因子の祖先的機能が、受精卵の活性化であったことが明らかとなりました。これらの機能はヒメツリガネゴケやシロイヌナズナで明らかになっていたKNOX/BELL転写因子の機能とは一見全く異なっていますが、「二倍体世代(胞子体)の発生を制御する」という点では共通しており、KNOX/BELLが働くタイミングが、進化の過程で変化したことが示唆されます。今後は進化系統樹に沿った多くの植物種においてKNOX/BELL転写因子の機能を比較することで、この転写因子の働きの変遷過程を解明し、どのような標的遺伝子の制御を通じて異なる機能を発現させているのかを明示することで、植物発生の基本的な機構の解明に寄与することが出来ると期待されます。

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【掲載論文】

タイトル: Deep evolutionary origin of gamete-directed zygote activation by KNOX/BELL transcription factors in green plants

著者: Tetsuya Hisanaga, Shota Fujimoto, Yihui Cui, Katsutoshi Sato, Ryosuke Sano, Shohei Yamaoka, Takayuki Kohchi, Frédéric Berger & Keiji Nakajima

掲載誌: eLife

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/nakajima/index.html


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