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「細胞-細胞間結合を強くする超分子バイオマテリアルの開発」 ―ポリロタキサンの分子可動性を活用した上皮組織修復に期待―

Peer-Reviewed Publication

_Tokyo Medical and Dental University

video: Bringing cells closer to form new tissues view more 

Credit: Professor Nobuhiko Yui, TMDU

 東京医科歯科大学生体材料工学研究所有機生体材料学分野の有坂慶紀助教・由井伸彦教授と、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の三神亮大学院生・岩田隆紀教授の研究グループは、上皮細胞※1の細胞-細胞間接着の亢進に有用なバイオマテリアル表面を設計しました。これまでに多数の環状分子の空洞部を直鎖状の高分子鎖が貫通したインターロックト構造の超分子ポリロタキサン※2を基盤とした細胞接着器材を開発しており、この環状分子の動きやすさ(分子可動性)を調節することによって様々な細胞種の機能が規定できることを明らかにしています。本研究では、上皮細胞の細胞間接着におけるポリロタキサン表面の分子可動性の効果を明らかにしました。上皮細胞はポリロタキサン表面の分子可動性を認識し、転写共役因子の細胞内局在が変化していました。特に分子可動性の高い表面は接着した細胞における転写共役因子Yes-associated protein(YAP)※3の細胞質局在の促進に伴って細胞間接着関連遺伝子の発現を増加させ、細胞-細胞間の接着を亢進しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとに行われたもので、その研究成果は国際科学誌Biomaterials Science(バイオマテリアルズ サイエンス)に2021年10月4日にオンライン版で発表されました。
 
【研究の背景】
 細胞-細胞間の接着は、隣接細胞間とのコミュニケーションを通じて増殖や分化などの発生現象の調節ならびに生体組織・器官の形成など細胞社会の構築に寄与しています。また上皮組織において細胞-細胞間接着は物理的なバリヤーとして機能しており、たとえば歯科領域では細菌感染によってこの細胞-細胞間接着が破壊されると歯肉炎や歯周炎を含む歯周病を引き起こす原因となることが知られています。近年、歯周病は歯槽骨の破壊や歯の喪失のみでなく、アルツハイマー病、心臓病、糖尿病に関連することが報告されており、歯周病の予防や治療がきわめて重要な課題となっています。そこで細胞-細胞間の接着を促すバイオマテリアルが開発できれば、生体組織の新たな構築と損傷した組織の修復を両輪とした組織再生が可能となり、様々な疾患治療への応用が期待できます。
 これまでに研究グループは、ポリロタキサンの超分子骨格に基づく分子可動性を活用した動的バイオ界面の構築を推進してきました。ポリロタキサンの特徴は線状高分子鎖が多数の環状分子の空洞部を貫通した機械的な連結様式にあり、環状分子が線状高分子鎖に沿って自由自在に可動する性質(分子可動性)が期待されます。具体的には、α-シクロデキストリン※4とポリエチレングリコール※5からなるポリロタキサンを被膜した細胞接着基材を設計し(図1)、表面の分子可動性調節が間葉系幹細胞の分化や免疫細胞の炎症応答に影響を与えることを報告しています。しかしながら、そのような分子可動性をもったポリロタキサン表面が上皮細胞※54における細胞-細胞間接着にどのような影響を与えるのかについて、ほとんど明らかにされていませんでした。

【研究成果の概要】
 研究グループは、上皮細胞においてポリロタキサン表面の分子可動性が細胞-細胞間接着に与える影響について解析しました。ポリロタキサン表面上での上皮細胞の接着や増殖は表面の分子可動性の影響をほとんど受けませんでしたが、細胞伸展は分子可動性の低下に伴って促進する傾向がありました。細胞の伸展は細胞骨格系タンパク質の形成によって規定されており、この細胞骨格の発達によって転写共役因子であるYAPが細胞質から細胞核に移行することが知られています。実際、低い分子可動性表面に接着した上皮細胞は、細胞伸展の促進にともなってYAPの細胞核移行が促されていました。一方で、高い分子可動性表面はYAPの細胞質局在を促す傾向がありました(図2)。YAPの細胞内局在は細胞-細胞間接着の形成に影響を与えることが知られていますが、分子可動性の高い表面に接着した上皮細胞における細胞-細胞間接着タンパク質(例えばZO-2) ※6の遺伝子発現は分子可動性の低い表面に接着した上皮細胞よりも有意に高い値でした。詳細なメカニズムはまだ不明ですが、分子可動性の高い表面がYAPの細胞質局在を促すことによってYAPとZO-2との複合体形成が促進され、細胞-細胞間接着が安定化されたと推測しています(図3)。また本研究ではスクラッチアッセイ※7を応用した新たな手法によって、ポリロタキサン表面の分子可動性調節による細胞-細胞間接着の亢進を実証しました。分子可動性の低い表面に接着した上皮細胞は遊走可能なスペースがあると迅速に細胞遊走を開始しましたが、分子可動性の高い表面の上皮細胞は細胞遊走するまでに2時間程度の遅延を生じました。上皮細胞が遊走するためには細胞-細胞間の接着を弱め、細胞-細胞外マトリックス(ECM)※8間の接着を促進することが必要ですが、分子可動性の高い表面は細胞-細胞間接着を亢進するため遊走の遅延が生じたと考えられます(図4)。一方で分子可動性の低い表面は、細胞-ECM間の接着を亢進することによって細胞遊走を促したと考えらえます。すなわち、ポリロタキサン表面の分子可動性は、上皮細胞における細胞-細胞間の相互作用と細胞-ECM間の相互作用を任意に調節するパラメーターとなり得ることが明らかになりました。
 

【研究成果の意義】
 従来のバイオマテリアル研究では幹細胞の分化系統を規定するなどによる生体組織の新たな構築を目指していましたが、細胞-細胞間の接着を亢進できるポリロタキサン表面は歯周病など疾患によって損傷を受けた組織の修復に応用することが期待できます。機能障害や機能不全に陥った生体組織を再生する上で組織の構築と修復は表裏一体の関係にあり、その両方を実現し得るポリロタキサンは他のバイオマテリアルとは一線を画す重要な機能を発現しうると考えています。

【用語解説】
※1上皮細胞
皮膚や粘膜などを形成する細胞である。
※2ポリロタキサン
直鎖状の軸高分子鎖が多数の環状分子の空洞部を貫通し、その軸の両末端に嵩高い分子を結合することで軸上に環状分子が束縛された分子集合体である。従来の高分子は共有結合によって分子同士が連結した構造を有しているが、ポリロタキサンを構成する環状分子と軸高分子鎖は機械的に連結しているため、環状分子は軸高分子鎖に沿って可動できる特徴がある。このような機械的に連結した分子の設計は2016年にノーベル化学賞に選ばれ、分子可動性を活かした分子マシンの開発や材料の強靭化が期待されている。ポリロタキサンを用いたバイオマテリアル設計は、本研究グループが世界で最初に実施してきた研究実績がある。
※3yes-associated protein(YAP)
核内で転写共役因子と結合して様々な遺伝子発を誘導して、細胞増殖や細胞死の調節に関与している。近年では、細胞が接触する細胞外基質や隣接する細胞との接着によって 細胞内のシグナル伝達を制御していることが明かになりつつある。
※4α-シクロデキストリン
6分子のD-グルコースがα-1,4グリコシド結合によって結合し環状構造をとった環状オリゴ糖であり、食品添加物として使用されている。
※5ポリエチレングリコール
-(CH2-CH2-O)-を繰り返し単位とした合成高分子であり、界面活性剤、潤滑剤、医薬製剤、化粧品などに利用されている。
※6ZO-2
上皮や内皮の細胞間接合部の構成するタンパク質ドメインの一成分である。
※7スクラッチアッセイ
細胞の遊走能を定量的に評価するために簡便で広く用いられている手法であり、完全に細胞で覆われた材料器材の表面にひっかき傷をつけて細胞の無い領域をつくり、細胞の遊走や増殖によってその領域が埋められていく様子を観察する。
※8細胞外マトリックス
組織や臓器中に存在する非細胞性の構成成分で、その主成分はコラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、ラミニンなどのタンパク質である。
 


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