News Release

「 統合失調症でシナプスを障害する自己抗体を発見 」 ― 統合失調症の原因解明と新しい治療法へ ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: NCAM1 is induced only in green cells (HeLa cells). Serum from patients with anti-NCAM1 autoantibody react only to green cells (framed in red). view more 

Credit: Department of Psychiatry and Behavioral Sciences, TMDU

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野の塩飽裕紀助教と髙橋英彦教授の研究グループは、統合失調症患者さんの一部にシナプス分子NCAM1に対するこれまでに報告のない自己抗体が存在することを発見しました。患者さんから精製した抗NCAM1自己抗体は、NCAM1の分子機能を阻害し、マウスに投与するとシナプス減少や統合失調症関連行動を誘発することを示しました。この成果は、統合失調症で新しい治療ターゲットを見つけたことになり、新しい治療戦略の創出につながることが期待されます。この研究は文部科学省科学研究費補助金、公益財団法人東京生化学研究会、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益財団法人薬力学研究会、および東京医科歯科大学次世代研究育成ユニットなどの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、Cell Pressの国際医学雑誌 Cell Reports Medicineに、2022年4月19日にオンライン版で発表されました。

 

【研究の背景】

 統合失調症は幻覚・妄想などの陽性症状、うつや感情の平板化などの陰性症状、認知機能の低下などを呈し、約100人に1人が発症する比較的頻度の高い精神疾患です。現在の治療薬は統合失調症のドパミン病態※2に対するもので、ドパミン受容体の阻害薬やそれに類するものが主体です。一方で、これらの薬物では十分に治療効果が得られない場合も少なくなく、薬物療法が無効であったり、一部の症状が残存したりすることはしばしばあります。そのため十分な社会復帰ができないことがあり、さらなる病態解明と治療法の開発が必要です。統合失調症は遺伝学的にも症候学的にも多種多様で、様々な病態背景を持った患者さんがいると考えられています。しかし、どの患者さんが、どのようなタイプの病態を持つ患者さんなのかを判定するバイオマーカ―が十分に開発されていないことも大きな研究課題でした。

 2007年にシナプス分子のNMDA受容体※3に対する自己抗体が脳炎患者さんから発見され(Dalmal et al. 2007)、この脳炎は抗NMDA受容体抗体脳炎と名付けられ、日本でも「8年越しの花嫁」の映画で取り上げられました。この脳炎は統合失調症と似た幻覚や妄想を呈することから、統合失調症と抗NMDA受容体抗体脳炎を見分けることが重要ですが、抗NMDA受容体抗体が高い力価で存在するかどうかが重要な鑑別のポイントとなります。この自己抗体の発見により難治性の統合失調症とされていた人の中に、脳炎として治療可能な一群が存在することが分かってきました。

 その後、脳炎に至らないまでも抗NMDA受容体抗体が少しでも存在すれば精神症状を呈するかもしれないという概念ができて、明らかな脳炎がない統合失調症での抗NMDA受容体抗体を探索する研究が積み重ねられてきました(Steiner et al. 2013; Jézéquel et al. 2018)。しかし、統合失調症とNMDA受容体以外のシナプス分子に着目した研究はほとんど行われていませんでした。

 

【研究成果の概要】

 塩飽裕紀助教の研究グループは、上述の概念を広げて、シナプス分子に対する新規の自己抗体が統合失調症の患者さんに存在し、もしそれが病態を形成するようなものであったならば、その自己抗体は除去すべき治療ターゲットになり、また、そのような治療を行うべきかどうかを判定するバイオマーカーにもなると考えました。その仮説のもとで行った本研究で、統合失調症の約5%の患者さんの血清・髄液中にシナプス分子NCAM1に対する新規自己抗体を発見しました。NCAM1はシナプス前終末とシナプス後膜の両方に存在し、NCAM1同士が向かい合って結合をすることによりシナプス結合を強固なものにしていますが、統合失調症で見つかった抗NCAM1自己抗体はこの結合を阻害しました。さらに、この自己抗体が本当に統合失調症の病態を形成するかを明らかにするために、マウスの髄液中に患者さんから精製した自己抗体を投与したところ、NCAM1の下流のリン酸化シグナルが阻害されること、シナプスが減少すること、またプレパルス抑制の低下や認知機能低下が起こることが分かり、統合失調症でみられるシナプス変化や行動変化に該当するものが誘発されることが確認されました。

【研究成果の意義】

 本研究によって、統合失調症で見つかった抗NCAM1自己抗体がシナプス病態・精神行動病態を形成することが分かりました。これは、統合失調症で抗NCAM抗体が陽性であった場合、これを除去するような治療法が必要であることを示唆しており、新しい治療戦略の創出につながります。また抗NCAM1抗体はそのような治療を試すかどうかの統合失調症の異種性を検出するバイオマーカーとも言えます。本研究では明らかな脳炎ではない統合失調症で抗NCAM1抗体を発見しましたが、理論的には髄液内のこの自己抗体の量がさらに増えれば脳炎を起こす可能性があります。そのため、近い将来には統合失調症だけではなく、原因不明の脳炎の原因として本研究で発見した抗NCAM1抗体が確認される可能性があります。そのため、本研究は、精神医学・神経学・免疫学がクロストークする病態を明らかにし、診断・治療につながる自己抗体を発見したと考えられます。

 

【用語解説】

※1 NCAM1

Neural Cell Adhesion Molecule 1の略で、神経細胞のシナプス接着分子で、膜分子である。全身でも特に脳での発現が高い。NCAM1の変異は統合失調症に関わることを示す研究がある。また、NCAM1の変異マウスでも統合失調症関連行動がみられるという報告もある。

 

※2 ドパミン病態

現在の統合失調症の主たる薬物治療薬は全てドパミンD2受容体の阻害作用を有している。また、アンフェタミンなどドパミンシグナルを亢進させる薬物は統合失調症に似た幻覚や妄想を誘発する。これらから、ドパミンが統合失調症の重要な病態であるとされている。一方で、統合失調症の陰性症状や認知機能低下、また一部の患者さんの幻覚・妄想はドパミン受容体阻害薬による治療に抵抗性であり、統合失調症の全ての症状がドパミン病態で説明できるわけではないとされている。

 

※3 NMDA受容体

脳内の主要な神経伝達物質の一つであるグルタミン酸の受容体の一つ。グルタミン酸が結合することでCaイオンなどが細胞内に流入するイオンチャネルの側面を持ち、イオンチャネル型受容体である。NMDA受容体の機能不全は統合失調症の病態とも関連が指摘されており、抗NMDA受容体抗体脳炎が統合失調症に類似した症状を呈することとも関係している。

 

※4 プレパルス抑制

大きな音のような強い刺激を動物に与えると驚愕反応が起こるが、その強い刺激の直前に弱い刺激を与えておくと、驚愕反応が抑制される現象。統合失調症ではプレパルス抑制が低下していることが報告されている。


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