News Release

心血管リスク因子と低体力は社会的認知機能の低下と関わる

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1. 心血管リスク因子および体力と社会的認知中の脳活動の関係

image: 左:心血管リスク因子および体力の各項目と脳活動との関係の強さ。中央:各脳領域の脳活動と心血管リスク因子および体力との関係の強さ。右:中央の図から心血管リスク因子および体力との関係が強い領域のみをマップしたもの。正の値(暖色)同士または負の値(寒色)同士には正の相関関係、正の値(暖色)と負の値(寒色)の間には負の相関関係があることを意味する。BMIおよび血圧と社会脳ネットワークの脳活動(右の図の黄色の領域)には負の相関関係が認められ、体力と社会脳ネットワークの脳活動には正の相関関係が認められた。 view more 

Credit: Ishihara, Toru et al., Association of Cardiovascular Risk Markers and Fitness with Task-related Neural Activity during Animacy Perception, Medicine & Science in Sports & Exercise (2022).

神戸大学大学院人間発達環境学研究科の石原暢助教と玉川大学脳科学研究所の松田哲也教授らの研究グループは、心血管リスク因子(肥満、高血圧)と低体力が社会脳ネットワーク1に関係する脳活動の低下を介し、社会的認知機能2の低下と関わることを明らかにしました。健康的なライフスタイルは、疾病予防だけでなく社会性の維持・増進にも効果があると考えられます。今後、心血管リスク因子や体力をターゲットにした介入(運動、食事など)が社会的認知機能に与える効果の検証、効果的な介入方法の提案に向けた研究に発展することが期待されます。この研究成果は、2022年6月6日に、米国スポーツ医学会機関紙であるMedicine & Science in Sports & Exerciseに掲載されました。

ポイント

  • 心血管リスク因子(肥満、高血圧)および体力(持久力、歩行速度、手指巧緻性、筋力)と社会的認知機能の関係を、機能的磁気共鳴画像法を用いて調べました。
  • 心血管リスク因子と低体力は、社会脳ネットワークに関係する脳活動の低下を介し、社会的認知機能の低下と関わっていました。
  • 特に、肥満、持久力、手指巧緻性が社会脳ネットワークの脳活動および社会的認知機能と強く関わっていました。

研究の背景
過去40年で肥満の割合が3倍に増加するなど、心血管リスク因子を持つ人の増加は公衆衛生上の懸念事項となっています(WHO, 2021)。また、ここ40年で人々の心肺持久力が低下していることを示すデータもあります(Lamoureux et al., 2019, Sports Med)。このような中、心血管リスク因子と低体力が記憶や注意力などの認知機能の低下と関わることが示されてきました(Yang et al., 2018, Neurosci Biobehav Rev; Colcombe & Kramer, 2003, Psychol Sci)。しかしながら、社会的相互作用の基盤となる社会的認知機能に焦点を当てた研究はこれまで行われてきませんでした。社会的認知機能は、私たちの社会生活や精神的健康に極めて重要な役割を果たしていることを考えると、心血管リスク因子を持つ人や低体力者が増加する現状において、このような人々が社会的認知機能低下のリスクを抱えているのかを明らかにすることは重要な課題であると考えられます。そこで私たちは、心血管リスク因子および体力と社会的認知機能の関係を、機能的磁気共鳴画像法※3を用いて調べました。

研究の内容
研究の方法
本研究では、米国Human Connectome Project※4のデータベースに登録されている1,027名のデータをを用いて分析を行いました。心血管リスク因子として、身長と体重から算出したBody Mass Index(BMI)および収縮期と拡張期の血圧データを使用しました。体力の指標として、NIH Toolboxで測定された持久力、歩行速度、手指巧緻性、筋力のデータを用いました。社会的認知機能の指標として、アニマシー知覚※5の正確性と表情認知課題※6の反応時間と正答率を用いました。機能的磁気共鳴画像法を用い、社会的認知中(アニマシー知覚中)の脳活動が計測されました。これらのデータを用い、心血管リスク因子および体力と社会的認知中の脳活動の関係を調べました。その後、心血管リスク因子および体力が、社会的認知中の脳活動を介して社会的認知機能とどのように関わるかについて分析しました。

研究の結果
BMIと血圧が高く、体力が低いほど、社会的認知中の社会脳ネットワークに関わる領域(側頭頭頂接合部、側頭葉、下前頭回、後帯状皮質)の脳活動が低いことがわかりました(図1)。これらの関係は、特にBMI、持久力、手指巧緻性において強いことがわかりました。また、心血管リスク因子と体力は、社会的認知中の脳活動を介し、アニマシー知覚の正確性と表情認知課題の成績と関わっていました(図2)。この結果は、BMIと血圧が高く、体力が低いことは、社会脳ネットワークに関係する脳活動の低下を介し、社会的認知機能の低下と関わることを意味しています。

今後の展開
今回の研究では、因果の方向(心血管リスク因子と低体力が社会的認知機能低下の原因なのか、社会的認知機能が低いことが心血管リスク因子や低体力の原因なのか)は明らかにできていません。運動や食事などの健康的なライフスタイルが社会的認知機能を向上させることができるのかを調べるためには、実際に介入を行って効果を検証する必要があります。社会的認知機能との関係は特にBMI、持久力、手指巧緻性で強く認められたため、体重の減少と持久力および手指巧緻性の向上に効果が高い介入法は社会的認知機能の向上に効果的である可能性があります。

用語解説
1社会脳ネットワーク
社会的認知中に活動する脳領域から成るネットワーク。内側前頭葉、側頭頭頂接合部、側頭葉、後帯状皮質、下前頭回などが含まれる。
2社会的認知機能
他者の意図、性質、行動に対する知覚、解釈、反応の生成など、社会的相互作用の基盤となる認知機能。
3機能的磁気共鳴画像法
酸化型・還元型ヘモグロビンの磁化率の差異を利用することで、脳血流量の変化を推定・画像化する技術。得られた画像を解析することで、各脳部位の活動レベルを推定することができる。
4米国Human Connectome Project
ヒトコネクトームの解明に向け、北米で2012年に開始された大規模研究プロジェクト。およそ1,200名の被験者から収集された脳画像データが公開され、広くデータの共有がなされている。
5アニマシー知覚
対象物に意図や生物性を感じること。本研究では、丸や三角などの幾何学図形の動きから意図や生物性の有無を判断する課題が用いられた。
6表情認知課題
顔写真からその人の感情を読み取る社会的認知機能を評価する課題。

論文情報
タイトル:

“Association of cardiovascular risk markers and fitness with task-related neural activity during animacy perception”
DOI: 10.1249/MSS.0000000000002963

著者:
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 助教 石原 暢 (いしはら とおる)
早稲田大学グローバルエデュケーションセンター 助教 宮崎 淳 (みやざき あつし)
玉川大学脳科学研究所 特任助教 田中 大貴(たなか ひろき)
玉川大学脳科学研究所 教授 松田 哲也(まつだ てつや)

掲載誌:
Medicine & Science in Sports & Exercise


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