News Release

新手法で植物の持つ強靭な環境適応力の物理に光

~原子間力顕微鏡によるミクロな物理計測に建築学のマクロな構造理論を適用~

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: Contribution of turgor pressure to the cell wall stiffness was probed by atomic force microscopy (AFM) and laser perforation, and analyzed by elastic shell theory. view more 

Credit: Yoichiroh Hosokawa

【概要】

植物細胞は、硬い細胞壁が浸透圧に起因する内圧(膨圧)による膨らみを抑えることで形作られています。植物は水の取り込みによって内圧を巧みに制御することで、雨風などに立ち向かう直立姿勢を維持する強靭な環境適応力を持っていると考えられています。そのため、細胞内圧と細胞壁の性質の関係を理解することが植物科学の重要な課題でした。

細胞の形や細胞壁の性質を詳細に測定する方法として原子間力顕微鏡(AFM)が知られています。しかし、AFMで測定される値には細胞壁自身の持つ外力に対する抵抗力(曲げ剛性、いわゆる硬さ)と膨圧に依存する諸々の成分(膨圧、張力)が含まれており、物理量として分離することが具体的な課題でした。

秋田県立大学、奈良先端科学技術大学院大学、東京大学生産技術研究所の共同研究グループは、タマネギ表皮細胞のAFM実験によるミクロな解析に建築構造学で用いられるマクロな構造理論で知られる「弾性シェル理論」による力学モデルと、レーザー穿孔による膨圧解放を組み合わせて、AFM計測で細胞壁弾性成分と内圧成分を分けて推定することに初めて成功しました。

この知見を利用することにより、表皮細胞をはじめとする植物の花、葉、根、茎などの様々な器官の細胞壁弾性とその内部の内圧を同時推定することができ、植物の力学的性質を明らかにする革新的な手法になる可能性があります。

本研究成果は、2022年8月1日に米科学誌Scientific Reportsに掲載されました。

【研究の背景】

植物形態の柔軟性と多様性を理解するためには、細胞壁の力学特性とその膨圧に対する応答性を知ることが重要な課題です。しかし、細胞壁の力学特性は、植物体の水の含有率や細胞壁材料特性などの物性要因の他に、細胞の形状やサイズなどの幾何要因にも依存するため、それらひとつひとつの寄与を分解して理解する必要があります。タマネギ表皮細胞は、膨圧や細胞壁の配向性などの実測実験が進んでおり、特に、原子間力顕微鏡( Atomic Force Microscopy; AFM)を用いて表皮細胞の正確な形状を計測できることから植物細胞の力学特性を調査するモデル植物として研究が進んでいます。

AFM は、従来、カンチレバー先端を試験体に押し込んだ際のくぼみの深さと、加えられた力の傾き(計測弾性)により、細胞壁弾性(ヤング率)を評価する有望な方法の 1 つとされてきました。しかし、従来の推定手法であるヘルツモデルでは植物試験体を半無限の固体とみなし微小ひずみを仮定しているため、植物内部に存在している膨圧(水の吸水力と浸透圧の差圧)とそれに起因する初期張力の影響を考慮していないことが問題でした。そこで、AFM のカンチレ バー押込みによる反力には、主に細胞壁弾性成分と内圧成分の 2 つが含まれていることを仮定し、 AFM 実験によって得られる押込み変位と押込み力の曲線(フォースカーブ)からこれら 2 つを分解することを試みました。

【本研究の成果】

先行研究では、微小ひずみを仮定したヘルツモデルの代替モデルとして、大ひずみを仮定した弾性シェル理論に基づく細胞壁のたわみ推定が行われてきました。弾性シェル理論は構造工学や建築構造学で用いられる手法で、多くの公園にあるふわふわドーム遊具の安全性計算にも用いられています。

弾性シェル理論は物体の弾性と内圧(と表面張力)の関係を明確にすることができるため、この理論を援用し、タマネギ表皮細胞について実験で計測される細胞表面の詳細な幾何情報を用いることで、計測弾性を細胞壁弾性成分と内圧成分に分解しました。その理論的な予測結果が妥当であるかを評価するために、有限要素法(Finite element method; FEM)のシミュレーションで検証を行いました。

推定結果の信頼性を確保するために、レーザー穿孔によって細胞の内圧を変更した場合も実験を行い、整合性を確かめることができました。

実際のタマネギ表皮細胞の細胞壁弾性(ヤング率)はおよそ450 MPa程度であることが推定され、同時に、膨圧は0.1 MPa程度であることが推定されました。

本研究の成果をまとめると、 AFM実験で推定される物理量は、微小ひずみ領域や半無限固体ではヘルツモデルによる「細胞壁弾性(ヤング率)」と考えられていますが、大ひずみ領域や膨圧下にある生きた植物細胞では弾性シェル理論による「細胞壁弾性(ヤング率)+膨圧」であることを明らかにしました。

【今後の期待】

本研究は、植物細胞壁を専門とするバイオロジー研究グループと建築構造学を専門とする建築構造研究グループが強力なタッグを組むことにより実現しました。特に、植物細胞壁を弾性シェルに置き換える発想の転換は、従来型の細胞レベルのミクロな動態を調べるバイオロジーに新しい見方を与える画期的な研究成果です。

この推定手法が確立すれば、表皮細胞をはじめとする植物の花、葉、根、茎などの様々な器官の細胞壁弾性とその内部の内圧を同時推定することができ、植物の力学的性質を明らかにする革新的な手法になる可能性があります。また、内圧を測定する技術は侵襲的なものや技術的に困難であるものが多いため、AFM実験のみで内圧を推定することができれば、植物の水理学的な基礎研究の促進にも繋がると期待されます。

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【掲載論文】

タイトル: Elastic shell theory for plant cell wall stiffness reveals contributions of cell wall elasticity and turgor pressure in AFM measurement

著者: Satoru Tsugawa, Yuki Yamasaki, Shota Horiguchi, Tianhao Zhang, Takara Muto, Yosuke Nakaso, Kenshiro Ito, Ryu Takebayashi, Kazunori Okano, Eri Akita, Ryohei Yasukuni, Taku Demura, Tetsuro Mimura, Ken’ichi Kawaguchi & Yoichiroh Hosokawa

掲載誌: Scientific Reports

DOI: 10.1038/s41598-022-16880-2

【研究室ホームページ】

https://mswebs.naist.jp/courses/list/labo_11.html

【用語解説】

植物細胞壁:植物の細胞膜の外側にある力学的に強固な構造。細胞壁は植物のからだを支えるのに役立っている。

フォースカーブ:AFM探針を上下動させて試料に押し込み、探針・試料間の押込み変位とカンチレバーの押込み力の関係をプロットした曲線。

シェル構造:貝殻のような曲面を持った建築構造のこと。曲面状の薄い板を用いており、球体や曲面にかかる外圧に対する力を逃がす構造を利用している。荷重は全般に分散できるため、軽くても強い構造物を作り上げることが可能。

有限要素法:主に時空間的な変動を予測する数値解析手法である。解析的に解くことが難しい微分方程式の近似解を数値的に得る方法として知られる。


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