News Release

絶滅種の光合成をやめた植物を30年ぶりに再発見

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1. 今回新たに発見されたコウベタヌキノショクダイ

image: 「妖精のランプ」の名にたがわず暗い林床を照らす灯火のようにみえる。 view more 

Credit: 撮影:末次健司

―妖精のランプ「タヌキノショクダイ」の謎の包まれた進化史に重要な示唆―

タヌキノショクダイの仲間は、植物の本懐である光合成をやめた植物の一群で、キノコと見紛うばかりの奇妙な花をつける特殊な植物です。神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)らの研究グループは、コウベタヌキノショクダイ(タヌキノショクダイ科)を30年以上の時を経て兵庫県三田市で再発見しました。コウベタヌキノショクダイはこれまで花の一部が欠けている標本1個体が採取されているだけで、しかもその発見場所は既に開発により消失してしまっています。このためコウベタヌキノショクダイは既に絶滅したと考えられていました。タヌキノショクダイの仲間は、海外では「fairy lantern(=妖精のランプ)」と呼ばれていますが、コウベタヌキノショクダイの生きた姿は、まさに暗い林床を照らす「妖精のランプ」のようでした。コウベタヌキノショクダイは、アジア産のタヌキノショクダイ科で最北端に分布する植物で、その実体の解明が望まれていました。今回、コウベタヌキノショクダイが再発見され詳細な研究が可能になったことで、植物界で最も不思議な植物と評されるタヌキノショクダイの仲間の謎に包まれた分布パターンや進化史に重要なヒントを得ることができました。
本研究成果は、2月28日に、国際誌「Phytotaxa」にオンライン掲載される予定です。

研究のポイント

  • 絶滅したと考えられてきた光合成をやめた植物「コウベタヌキノショクダイ」を再発見。ガラス細工のような美しい花は幻想的でまさに「妖精のランプ」のようであった。
  • 日本には約6000種の維管束植物が自生するが、日本固有種で絶滅したとされる被子植物は6種のみで、絶滅種の再発見は学術的にも重要である。
  • 植物界で最も不思議な植物と評されるタヌキノショクダイの仲間の進化史に重要な示唆を与えた。

研究の背景
タヌキノショクダイの仲間は、光合成をせずに土中の菌類から栄養を奪って生活する植物で、菌類と見紛うばかりの奇妙な花をつけることが特徴です。キノコの1種のように見えますがれっきとした植物で、長芋などのヤマノイモの仲間に近縁なことが知られています。普段は落ち葉に隠れており、開花期間のわずかな期間のみガラス細工のような鮮やかな美しい花を咲かせます。この様子から、タヌキノショクダイの仲間は海外では 「fairy lantern(= 妖精のランプ)」と呼ばれており、日本名のタヌキノショクダイも「狸が燭台(= ロウソク立て)として利用した」と見立てられて名づけられました。
タヌキノショクダイの仲間は、その不思議な形だけではなく、希少性の面でも特別な存在です。これまで、世界では90種の植物がタヌキノショクダイ属として記載されていますが、その半分以上が最初の発見場所以外からは見つかっていません。このような状況は、世界で最も植物の戸籍調べが進んでいる日本でも例外ではありません。日本産のタヌキノショクダイ属としては、タヌキノショクダイ、キリシマタヌキノショクダイ、コウベタヌキノショクダイの3種が報告されていますが、このうち現存しているのはタヌキノショクダイのみで、キリシマタヌキノショクダイとコウベタヌキノショクダイはすでに絶滅が宣言されていました。特に、コウベタヌキノショクダイは、1992年に1個体が発見されただけで、その後、1993年~1999年の間に行われた追加調査では新たな個体は発見されませんでした。また自生地自体が1999年に複合産業団地建設のため消滅しており、2010年に兵庫県により絶滅が宣言されていました※1

研究の詳しい内容
そのような中、神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)らの研究グループは、消滅してしまった最初の発見地から約30 km離れた兵庫県三田市の森林で、30年以上の時を経てコウベタヌキノショクダイを偶然再発見しました(図1)。コウベタヌキノショクダイは、茎の高さはわずか1 mmほどで、花の大きさも1 cmに満たない小さな植物ですが、その生きた姿は幻想的で「妖精のランプ」の名にふさわしく光り輝いてみえました。日本には約6000種の維管束植物が自生していますが、日本固有種で絶滅してしまった被子植物はこれまで6種2しか報告されておらず、そのような絶滅種が再発見されたという点でも重要な成果といえるでしょう。

なおタヌキノショクダイ属は、光合成を行う必要がないため、その植物体のほとんどが花と根から構成されています。このため、この仲間を分類するのには花の形質が重要となります。一方で、残念なことに1992年に採取された唯一のコウベタヌキノショクダイの標本は花の一部が欠けた状態で発見され、その形態の調査には限界がありました。今回コウベタヌキノショクダイが新たに発見されたことで、他の種との差異をさらに詳細に比較できるようになりました。その結果、これまでの推測通り、コウベタヌキノショクダイに最も近縁な種は、台湾に生息する Thismia huangii であることが改めて確かめられました。一方で、① コウベタヌキノショクダイは花筒上部のリング状の構造の高さが低く幅が広いのに対し、T. huangii では同じ構造の高さが高く幅は狭い点、② コウベタヌキノショクダイは雌しべの柱頭に多くの短い毛が生えるのに対し、T. huangii では長い毛が3本しか生えないといった点で区別できることがわかりました(図2)。また、DNAを用いた解析で、コウベタヌキノショクダイと T. huangii 間の遺伝的差異は、他の近縁種同士の遺伝的距離と同程度以上であることが証明されました。これらのことから、コウベタヌキノショクダイが、他のどの種類とも独立した存在であることが確かめられました。

もともとコウベタヌキノショクダイが発見されていた神戸市は、アジアにおけるタヌキノショクダイの仲間の分布の北限地点でしたが、今回の三田市での発見は、その北限を20 km程度更新したことも特筆すべき点です。さらに興味深いことに、コウベタヌキノショクダイの外見は、タヌキノショクダイの仲間でも最も謎めいた種である T. americana を想起させます。T. americana は北アメリカで発見された唯一のタヌキノショクダイ属であり、その発見場所であるシカゴは、タヌキノショクダイ科の分布地点としては最北端です。しかしながら最後に見つかってから100年以上再発見されていないことや、主に原始林に分布するタヌキノショクダイの仲間にあって草地で発見されたことなどから、その実体は謎に包まれていました。そのような利用できる情報が限られている状況の中、今日まで T. americana はオーストラリアやニュージーランドに分布する T. rodwayi と外見が似ており近縁と考えられていました。但し、本当にオーストラリアと北米に近縁種が分布しているとした場合、その分布パターンは、多くの植物学者をして、大きな謎と言わしめるものでした。一方で今回、コウベタヌキノショクダイが再発見されたことで、両者の特徴を比較したところ、この北米産のタヌキノショクダイのルーツについて、新しいヒントが得られました。

具体的には、コウベタヌキノショクダイは T. americana にも外見のみならず、雄しべに蜜腺がない点や雌しべの柱頭に多くの短い毛が生える点で、極めてよく似ていることが明らかになりました3(図3B & D)。一方で、T. rodwayi は、雄しべには蜜腺があり花の内部構造は、T. americana と大きく異なることが分かりました。最近タヌキノショクダイ属の分類においては、花の内部構造が重要であることがわかってきたため、T. americana T. rodwayi の外見上の類似は「他人の空似」であり、実際にはそれほど近縁ではない可能性が強く示唆されました。一方、T. americana とコウベタヌキノショクダイは、花の内部形態も含め驚くほど良く似ており近縁であると考えられます。この形態情報と、T. americana とコウベタヌキノショクダイが、アメリカ大陸とアジアでそれぞれ最北端に分布することを併せて考えると、どのようにしてタヌキノショクダイの仲間が北米に分布を広げたのかについて重要な示唆が得られました。なぜならば、東アジアと北米間ではベーリング地峡4を介し、様々な生物種が移動しており、近縁種がこれらの地域にまたがって隔離分布することは珍しいことではないからです。つまりタヌキノショクダイの仲間も、東アジアからベーリング地峡を通って北アメリカへと分布を広げていったと考えることができるでしょう(図4)。

タヌキノショクダイ属は小さく目立ちませんが、その奇妙な見た目と生活様式から植物界で最も不思議で並外れた植物と評されていました。今回30年ぶりにアジアで最北端に分布する種を再発見できたことによって、謎に包まれたタヌキノショクダイの仲間の全体に対する理解を大きく前進させることができました。一方で、タヌキノショクダイの仲間は、菌類から養分をもらって生活していることから周囲の環境に影響されやすく、ほぼすべての種が絶滅の危機に瀕しています。今回再発見されたコウベタヌキノショクダイも例外ではなく、極めて狭い範囲に少数の個体が現存しているにすぎません。コウベタヌキノショクダイは、奇花ぞろいのタヌキノショクダイ属の中でもとりわけ美しく、まさに暗い林床を照らす「妖精のランプ」のようにみえました。今回の発見が契機となり当該自生地に保護策が講じられることと、さらなる自生地の発見が期待されます5

脚注
※1 日本固有種の被子植物で絶滅が報告されている他の種は、サガミメドハギ、トヨシマアザミ、ヒメソクシンラン、キリシマタヌキノショクダイ、タカノホシクサの5種。この他に、クモイコゴメグサなど母種は残存しているものの種内分類群としては絶滅しまったものや、海外には産するが日本では絶滅したと考えられる分類群も存在する。近年では、ネパール、タイ、中国などに広く分布しているものの、国内では絶滅したと考えられていたホソバノキミズが再発見され、話題となった。

※2 2010年当時は、新種と判明しておらず、「ヒナノボンボリ」として絶滅が宣言された。その後の研究の進展により2020年に改めてコウベタヌキノショクダイとして絶滅が報告された。新種発表の詳報については、2018年9月13日付けの神戸大学のプレスリリース「博物館の植物標本から新種を発見するも既に絶滅 「コウベタヌキノショクダイ」と命名(URL: https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2018_09_13_01.html)」で確認できる。

※3 Thismia americana については100年以上再発見されていないことから、今回DNAを用いた解析を行うことは不可能であった。しかしながらコウベタヌキノショクダイの花色は、白~淡いオレンジであるのに対し、Thismia americana の花色は青緑であるなど、両者の形態には明確に異なる点があり、近縁であるものの同種ではないことは確実である。

※4 現在のベーリング海峡付近にかつて存在していた陸地で、ベーリング陸橋またはベーリンジアとも呼称される。ベーリング地峡を介し移動したと考えられる生物には、マンモス、イヌ、ウマ、ラクダなどが存在し、人類がアメリカ大陸へ進出する際にたどった経路としても有力視されている。

※5 なお今回新たに発見された個体の証拠標本は、1992年に発見された個体も収蔵されている兵庫県立人と自然の博物館に寄贈した。人と自然の博物館では、近日中に標本展示が予定されている。


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.